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2016年12月28日

サンゴの将来を予測し、変化に備える

特集 生物多様性の保全から自然共生へ
【シリーズ研究プログラムの紹介:「自然共生研究プログラム」から】

山野 博哉

1.サンゴと気候変動

 2016年の夏、平年より高い水温が続き沖縄でサンゴが白化している(表紙写真)ということが新聞やニュースで大きく採り上げられました。サンゴに共生している褐虫藻が高温などのストレスで失われてしまうとサンゴ骨格の白い色が目立つ「白化」が起こり、白化が数週間以上続くとサンゴは褐虫藻からの光合成生産物を受け取れず死んでしまいます。

表紙写真
表紙写真 2016年夏の高水温により白化したサンゴ
沖縄県宮古島にて平本明彦氏撮影。日本全国みんなで作るサンゴマップ提供。

 こうした大規模な白化は今年だけのものではありません。1998年の夏にも水温が上昇し、全世界でサンゴの白化現象が起こり、気候変動との関連が議論されるようになりました。その後も沖縄では2001年、2007年、2013年に高水温による白化が起こっています。一方で、日本の九州から本州にかけてはサンゴ分布の北限域にあたり、過去からの水温の上昇にともなって南に生息しているサンゴが九州や本州へと分布を北上しています。つまり、日本においては水温の上昇にともなって南から北へとサンゴの分布域が変化しつつあると言えるのではないかと思います。

 サンゴと気候変動との関わりは水温上昇だけではありません。大気中に放出された二酸化炭素は海中に溶け込んで海洋酸性化を引き起こし、サンゴの骨格の形成に負の影響を与えます。サンゴの骨格はアラゴナイトと呼ばれる炭酸カルシウムの一種から形成されており、骨格の形成には海水中の炭酸イオンとカルシウムイオンの存在が重要です。これらが海水中にどれだけあるかを示す指標がアラゴナイト飽和度で、サンゴへの海洋酸性化影響の指標としてよく使われます。海水中のカルシウムイオンの濃度はおおむね一定なので、炭酸イオン濃度がアラゴナイト飽和度を規定しています。二酸化炭素が海水中に溶け込むことにより、図1に示された化学反応によって、水素イオンが増え海水が酸性化すること、それによって炭酸カルシウムのサンゴの骨格を形成するのに必要な炭酸イオンが減少、すなわちアラゴナイト飽和度が低下することがわかります。日本近海では、アラゴナイト飽和度が1994年から2008年の間に3.6から3.4へ低下しており、海洋酸性化も水温上昇と同じく現在進行中の現象であることがわかります。サンゴの生存に必要なアラゴナイト飽和度は2.3と言われており、現在のところ、海洋酸性化が顕著にサンゴに影響を与えるということは無さそうですが、いったん溶け込んだ二酸化炭素を除去するのは困難ですので、将来の影響を評価することは重要です。

図1 二酸化炭素濃度増加、海洋酸性化とサンゴ骨格形成の関係
図1 二酸化炭素濃度増加、海洋酸性化とサンゴ骨格形成の関係

 サンゴは一次生産を行って他の生物の餌を提供するとともに、立体的な構造を持ち他の生物の棲み場所を提供する(写真1)、生態系の基盤となる生物です。また、サンゴは積み重なってサンゴ礁という地形を形成し、台風や高波の軽減に役立っています。今年の夏のサンゴ白化に象徴されるようにサンゴの変化は現在進行中の現象であり、それを評価・予測し、対策を立てることが必要とされています。

写真 1
写真1 サンゴとサンゴを利用している魚。
長崎県五島列島で筆者撮影。

2.将来を予測する

 将来の気候変動を予測するために、さまざまな気候モデルが開発されています。モニタリングや水槽での実験に基づくサンゴの環境応答と、水温や二酸化炭素濃度など気候モデルの出力結果を用いて将来のサンゴの変化を予測することができます。

 2011年度から2015年度までの第3期中期計画で行った生物多様性重点プログラムで、我々はサンゴの将来予測に着手しました。日本は南北に長くサンゴの北限域にあたるため、日本周辺のサンゴ分布情報を収集することにより、サンゴの生息に必要な水温とアラゴナイト飽和度の値を得ることができます。これらの値と気候モデル出力結果を用いて将来予測を行ったところ、このまま二酸化炭素の排出が続くと、沖縄では白化が起こり、九州から本州にかけては水温上昇によって潜在的にサンゴ分布が北上できるものの、海洋酸性化の影響がそれを上回り、結果として2070年代にサンゴが生息できる海域が無くなってしまうというショッキングな結果が得られました。一方で、二酸化炭素の排出を抑えると、白化は起こらず、また海洋酸性化の影響は限定的で、サンゴの生息が可能となることが示されました。

 これらの結果は二酸化炭素の排出がサンゴの将来にとって非常に重要であることを示しています。しかし、予測結果を地域での取組につなげるためにはまだ予測の精度は充分とは言えません。2016年度から始まった自然共生研究プログラムでは、様々な組織や人々と協力して予測の精度を向上して地域での取組につなげることを目指しています。例えば、ダウンスケーリングという技術を活用し、100 km四方程度の粗い気候モデルの予測結果を、より細かくして沿岸環境を適切に表現すること、地球環境研究センターで行っているサンゴの種ごとのモニタリング結果や市民の方々からのサンゴ白化情報を予測へ活用すること、水温と海洋酸性化だけでなく、サンゴの卵を運ぶ海流、地域的に影響を与える赤土の流入など他の要因も考慮した多変量での解析を行うことなどです。また、サンゴだけでなく大型藻類など他の生物の変化も考慮し、沿岸生態系全体の変化を検出し予測することや、さらには上で述べたようなサンゴの機能を含め、沿岸生態系から人間が受ける恵み(生態系サービス)を評価し予測することにも着手しています。

3.変化に備える

 予測の精度を向上させるとともに、その結果を活用して変化に備える必要があります。気候変動の影響による被害を最小化あるいは回避し、迅速に回復できる、安全・安心で持続可能な社会の構築を目指すために「気候変動の影響への適応計画」が平成27年11月27日に閣議決定されました。その中では、「農業・林業・水産業」、「水環境・水資源」、「自然災害・沿岸域」、「自然生態系」、「健康」、「国民生活・都市生活」の7つの分野において評価が行われ、自然生態系分野では「生物多様性分野における気候変動への適応についての基本的考え方」が平成27年7月に環境省自然環境局により示されました。表1に、気候変動による変化を把握し、変化に備えるための適応計画に必要な項目と、それらに対する自然共生研究プログラムでの我々の取組を示します。気候変動はまさに今進みつつある現象です。過去から現在にかけて起こっている影響を明らかにして変化を認識すること、予測結果を向上すること、そしてその予測結果に基づいて変化に対する対策を考えることが必要です。

表1 「生物多様性分野における気候変動への適応についての基本的考え方」に示された施策の種類、方針とそれらに対する
        自然共生研究プログラムでの取組

施策の種類 方 針 自然共生研究プログラムでの取組
モニタリングの拡充と評価 気候変動の影響の把握 サンゴ以外に、大型藻類など沿岸生態系全般を対象とし、過去から現在までの生物分布データを収集して変化を検出する
研究と技術開発の推進 市民参加型サンゴ分布・白化情報の収集システムを構築する(http://www.sangomap.jp
気候モデル出力結果の空間解像度の向上、モニタリング結果の活用や海流の考慮などにより、予測の高度化を行う
生態系サービスへの影響の把握 サンゴや大型海藻など、沿岸生態系の機能に基づき、人間が受ける恵み(生態系サービス)の評価とその将来予測を行う
気候変動に順応性の高い健全な生態系の保全・再生 気候変動の影響が少ない地域の特定と優先的な保全 気候変動予測を行うことにより、水温上昇の少ない海域など、健全な生態系や気候変動の影響の少ない地域を特定し、保護区の立案に貢献する
候変動以外のストレス低減 予測モデルを、水温、海洋酸性化以外の要因(陸域からの流入など)を含めた多変量で構築することにより、気候変動以外の要因の重要性や保全のための削減目標を提示する
移動・分散経路の確保 海流の変化予測を行うことにより、サンゴ卵などの移動・分散経路と卵の供給源となる海域を特定し、保護区の立案に貢献する
生態系ネットワークの形成 同上

(やまの ひろや、生物・生態系環境研究センター長)

執筆者プロフィール:

山野 博哉

サンゴ礁の研究で多くのフィールドワークを行ってきました。この原稿はキリバスで書きました。キリバスは環礁で、国土のすべてがサンゴ礁起源の砂からなり、それはサンゴの将来が国の将来と直接つながっていることを意味します。サンゴの将来予測を行い適応計画につなげることの重要性を改めて感じています。

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