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ナノ粒子の着地点はどこ? 〜動力学と細胞アッセイ〜


藤谷 雄二

図1 :気液界面細胞曝露装置の
気液界面細胞曝露部分の模式図
「気液界面細胞曝露装置の気液界面細胞曝露部分の模式図」

 空気中には思いのほか多くの粒子状物質(PM)が含まれています。空気中のPMは、吸気とともに体内に取り込まれて、その一部が体内に沈着し、健康に影響を及ぼす可能性が懸念されています。わが国では、PMの健康影響を未然に予防する観点から、粒径10μm以下の粒子成分(浮遊粒子状物質(■注1))と2.5μm以下の粒子成分(PM2.5(■注2))について、大気中の重量濃度が規定されています。また、より粒径が小さい100 nm以下のナノ粒子についても、ヒトが吸入すると肺の奥にある肺胞領域に沈着しやすいため、その健康影響が注目されています。このナノ粒子は、重量濃度は極めて低いものですが、個数濃度としては存在量が大変に多く、個数としてみたナノ粒子の曝露量は、100nm以上のPMに比べて圧倒的に多くなります。環境中でのナノ粒子の主な発生源は自動車ですが、特に冬季の汚染がひどい幹線道路沿いでは、一時間当たりに肺胞に沈着するPM個数は1011個にもなります。このような知見が明らかになったことから、従来は自動車のPM排出規制は重量濃度を基準として行われてきましたが、新たに欧州では、2011年から粒子個数濃度を基準とした排出規制も加わりました。さらに、ナノサイズの粒径を持つ工業ナノ材料も、非意図的に労働環境中に飛散し、作業者が吸入曝露される可能性があり、その健康影響を明らかにする必要があります。


図2:気液界面細胞曝露装置内の流体速度(右のカラースケール)、
空気の流線(白色の線)、粒径100 nm球形粒子の
軌跡の一例(赤色の線)[クリック拡大]
「気液界面細胞曝露装置内の流体速度、空気の流線、粒径100 nm球形粒子の軌跡」図

 曝露される個数が多いというナノ粒子の特徴を考えると、ナノ粒子の影響評価も曝露個数や表面積を基準として行う必要があります。ナノ粒子の影響を評価するには、その毒性をまず明らかにする必要があります。毒性を評価する方法の一つとして、細胞を用いた毒性スクリーニングが考えられますが、空気中に存在するナノ粒子を培養液中の細胞に曝露することは、なかなかに難しいものです。この困難を克服する手段として、気液境界においてナノ粒子を細胞に曝露し、細胞への影響を評価することができる気液界面細胞曝露手法が開発されています。この方法では、気相中におけるナノ粒子の個数濃度を計測・制御することが可能なので、個数濃度や曝露時間を変化させれば、細胞に対する曝露用量を制御することができる利点があります。その一方で、細胞に対するナノ粒子の沈着効率が定量的に明らかになっていないため、曝露用量が不明であるという問題がありました。そこで「曝露形態別毒性学的知見に基づく有害化学物質の健康リスク評価手法の開発」では、コンピュータを用いたシミュレーションと実測の両面から気液界面細胞曝露内の細胞へのナノ粒子の沈着効率を評価する研究を進めています。


図3 :メンブレン上に沈着した粒径100 nmの真球粒子の透過型電子顕微鏡写真 黒い影が3箇所で確認できますが、それらが真球粒子です。[クリック拡大]
「真球粒子の透過型電子顕微鏡写真」写真

 図1に気液界面細胞曝露部分の模式図を示します。ナノ粒子を含んだ空気はノズル内を通り上部から噴出され、多孔質の膜上に培養された細胞をかすめて脇から抜けていくように設計されています。図2は気液界面細胞曝露装置の中心から半分の領域を対象としたシミュレーションの結果です。気液界面細胞曝露装置内の空気の流速分布、空気の流線(白色の線)、および初期条件において流線上からスタートした粒径100 nm球形粒子の軌跡の一例(赤色の線)を示しています。ナノ粒子は平均的には流線に沿って移動しますが、ナノ粒子自体にも重力、気体の抗力、ブラウン運動(■注3)など様々な力が働きますので、ランダムに動きながら移動し(拡大図A)、最終的には流線から外れた r = 0.004 m付近でこのナノ粒子は膜に沈着すると予測されます(拡大図B)。このように、様々な初期位置のナノ粒子について同様に軌跡を予測し、膜に到達するのかどうか評価し、沈着効率を算出します。


 一方、実測からの沈着効率の算出は、気相中に飛散させた既知の粒径の真球粒子を気液細胞曝露装置に導入し、膜上に沈着したナノ粒子の個数を透過型電子顕微鏡を用いて数え(図3)、さらに、気相中の個数濃度を基に膜上への粒子の沈着効率をを算出することにより行います。いくつかの条件について実測しますが、シミュレーション結果の検証を行うため重要なデータです。


 PMに働く力の大きさは粒径により異なるため、沈着効率は粒径別に評価する必要があります。また、PMは球形の形状以外にも、例えばディーゼル粒子の葡萄の房状の粒子やカーボンナノチューブの繊維状の粒子のように、非球形の粒子がありますが、そのようなPMについても評価法を開発していく必要があります。



 

■注1  浮遊粒子状物質 : Suspended Particulate Matter (SPM)とも言う。粒径10μm以下の大気中粒子のことを指す。SPMの環境基準は、1時間値の1日平均値が0.10 mg/m3以下であり、かつ、1時間値が0.20 mg/m3以下であること。

■注2  PM2.5 : 粒径2.5μmより小さい粒子と粒径2.5μmを質量比で50%含まれるように捕集される大気中粒子のことを指す。PM2.5の環境基準は、1年平均値が15 μg/m3以下であり、かつ、1日平均値が35 μg/m3以下であること。

■注3  ブラウン運動 : 水に浮かべられた花粉や静止空気中のPMは、ジグザグな軌道を描いて絶え間なく不規則に動き回っている。このような不規則な運動をブラウン運動という。これは花粉やPMに加えられる水分子や気体分子による絶え間ない衝撃が、不規則に変化するために起きる。


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