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2012年12月28日

エアロゾルの化学組成とその気候変動への影響

●特集 大気汚染と気候変化● 【研究ノート】

高見 昭憲

 エアロゾルは大気中を浮遊するマイクロメータサイズの粒子です。1μm(1マイクロメータ)は1mmの千分の一の長さです。おもなエアロゾルには硫酸塩、硝酸塩、有機エアロゾル、黒色炭素(Black Carbon; BC)など直径が1μm程度の微小粒子と、土壌粒子(黄砂)、海塩粒子など直径が数μm程度の粗大粒子があり、大気中を浮遊しています。工場や自動車あるいは砂漠や海などから直接放出されるBC、土壌粒子、海塩粒子などを一次粒子、大気中で化学反応により生成する硫酸塩、硝酸塩、二次有機エアロゾル(Secondary Organic Aerosol; SOA)などを二次粒子として区別しています。二次粒子は二酸化硫黄、窒素酸化物、揮発性有機化合物など(これをエアロゾルの前駆体と呼ぶ)が大気中で酸化されて生成します。

 大気中の物質がもたらす環境への影響には大きく分けて、健康影響、生態影響、気候影響の三つが考えられます。このうち、エアロゾルが気候変動に及ぼす影響としては、直接効果と間接効果の二種類があります。(以下の直接、間接効果の説明は「エアロゾル用語集」温暖化とエアロゾル、日本エアロゾル学会編、京都大学出版会、2004年を参考にしました。)直接効果というのは、エアロゾルの光学特性、すなわち、エアロゾルがどの程度太陽の光を吸収あるいは散乱するかで地球の放射収支に影響を及ぼすことです。硫酸塩や有機物のエアロゾルは透明でり光を散乱しますので大気も地表面も冷却します。一方で、BCは黒色であり光を吸収しますので地表面に到達する太陽光は減りますが、大気自体は加熱します。直接効果に対して間接効果もあります。大気中で水蒸気しかない清浄な状態では水滴(雲)ができるためには相対湿度で400%という過大な飽和状態(過飽和状態)が必要です。しかし、硫酸塩などのエアロゾルがあるところでは100%を少し超えるくらいの過飽和状態になると水滴(雲)が生成します。これをエアロゾルが雲凝結核としての作用を持つと言います。間接効果とは、エアロゾルがあることで雲の生成、分布、特性が変化し、その結果、雲の放射収支や降水のパターンが変化することで、間接的に気候への影響を及ぼすことです。

 このようにエアロゾルは気候変動に大きな影響を及ぼすと考えられていますが、その影響の不確実性は大きいと考えられています。Intergovernmental Panel on Climate Change(IPCC)の2007年の報告書では二酸化炭素は1.66Wm-2の正の放射強制力を持ち、その幅は1.49から1.83Wm-2とされていますが、エアロゾルの直接効果は-0.5Wm-2の負の放射強制力を持ち、その幅は-0.9から-0.1Wm-2とされています。エアロゾルの直接効果の数値の幅は二酸化炭素に比べて大きいです。また科学的理解のレベルは二酸化炭素では高いですが、エアロゾルの直接効果は中くらいか低いと記載されています。このようにエアロゾルは未だわからないことも多く、気候変動への影響を見積もるためには科学的な知見の集積が必要です。(放射強制力とは温室効果気体やエアロゾルの増加による放射への擾乱のことです。詳しくは、大気化学入門、D.J.ジェイコブ著、近藤豊訳、東京大学出版会、2002年、p.133を読んでください。)

 エアロゾルの直接効果や間接効果にかかわる光学特性や雲凝結核としての作用は、エアロゾルの化学組成に依存すると考えられています。たとえば、BCと硫酸塩粒子が混合し1個の粒子になった場合に、光吸収性と散乱性の物質を含みますので、その粒子の光学特性がどのようになるのかを解明することが、地球の放射収支を計算するために非常に重要です。また、粒子の中では硫酸塩や酸化された有機物の粒子は親水性と考えられ、雲凝結核として作用すると考えられます。

 東アジア域では経済発展に伴い、二酸化硫黄、窒素酸化物、揮発性有機化合物などエアロゾルの前駆体となる物質が多く排出されています。それら前駆体は大気中で光化学反応などにより酸化されエアロゾルになります。冬から春にかけて大陸から日本に向かって季節風が吹きますので、その風下にあたる日本には大気汚染物質やエアロゾルが移流してきます。黄砂はその代表的な例です。国立環境研究所では、エアロゾルの輸送パターンや化学組成、粒子の変質と混合についての知見を得ることを目的に、長崎県や沖縄県でエアロゾルの化学組成分析を推進してきました。図1に長崎と沖縄でエアロゾル質量分析計という装置で測定した、微小粒子の典型的な化学組成の例を示します。長崎では硫酸塩、有機物、硝酸塩、アンモニウムイオンが観測され、沖縄では硫酸塩がより多く観測されています。

図1
図1 エアロゾル(微小粒子)のエアロゾル質量分析計で測定した化学組成の割合

 2007年春季には、長崎県においてSingle Particle Soot Photometer(SP2)を用いたBCの質量濃度の測定とその被覆状態の観測を行いました。SP2はBCを含む粒子にレーザ光を照射し、BCが発する白熱光の強度からBCを定量的に測定します。2007年春の長崎での観測によると、大陸から移流してくる場合にはBCの重量濃度は0.5μgm-3程度でした。硫酸塩の質量濃度(5μgm-3程度)の十分の一です。SP2を用いてBCと混合している物質の割合を推定しました。BCの周りを他の物質が被覆しているとすると、大陸から移流してくる場合、粒子の直径はBCの直径の1.6倍程度であることが観測されました。被覆物質の主要成分は、エアロゾルの化学組成分析により主として硫酸塩や有機物と推定されました。さらに、BCが硫酸塩などに被覆(内部混合)していると、BCの吸収は1.5倍程度大きくなることが計算から示されました。このようにBCと硫酸塩や有機物が混合するとその光学特性が大きく変化することが、解析から明らかになりました。

 2008年春季に沖縄でエアロゾルを捕集し、透析法により水溶性成分を取り除いた後で、電子顕微鏡を用いてBCの形態観察を行いました。その結果によると、小さなBC粒子が凝集しており、数百nmの凝集体になっている様子が観察されました。ここで、1nm(1ナノメータ)は1μmの千分の一の長さです。凝集体の形態は球形や棒状など様々で直径500nm(=0.5μm)程度の大きさのBC凝集体も観測されました。このようなBCの形状も光学特性に影響を及ぼすと考えられています。

 2008年春季には沖縄において、雲になるエアロゾル(雲凝結核として作用するエアロゾル)の割合も測定しました。エアロゾルの化学組成分析では、図1のように主成分は硫酸塩であり、質量濃度にして硫酸塩が約50-60%の割合を占めました。また、カルボキシル基に対応するシグナルも強く出ており水溶性であることが示唆されました。このような化学組成を持つ粒子に対して、過飽和度を変えてエアロゾルの個数に対する雲凝結核として作用するエアロゾルの個数の割合を測定しました。過飽和度0.1%(相対湿度100.1%)ではエアロゾルの直径が130nmの粒子で約50%が雲凝結核として作用していました。沖縄など遠隔地では直径が100-200nmのエアロゾルが多く観察されていますので、多くのエアロゾルが雲凝結核、すなわち雲を生成するエアロゾルとして作用すると考えられます。最近では、東アジア域でも、実際の雲を対象とした航空機観測を行い、雲の下にあるエアロゾルの個数と雲粒の個数を測定し、エアロゾルと雲の相互関係を明らかにしようとしています。

 気候変動シミュレーションに不確実性をもたらす鍵となっているのがエアロゾルです。我々の観測結果に基づいて、エアロゾルの光学特性や雲凝結核としての特性が、エアロゾルの種類やその場の様々な条件に依存してどのように変化するかを解明することによって、気候変動のシミュレーションに適切なエアロゾルのモデルが導入され、より確度の高い将来予測が可能となると考えています。

(たかみ あきのり、地域環境研究センター広域大気環境研究室長)

執筆者プロフィール:

専門は大気化学です。主にエアロゾルの化学組成をエアロゾル質量分析計で測定しています。いろいろな専門家の話を聞きながら、エアロゾルが果たす役割をうまく表現できるモデルを知りたいと思って長崎や沖縄の観測を続けています。

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