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「カエルツボカビを追え!−国環研におけるPCR検査−」

【環境問題基礎知識】

今藤 夏子

 両生類の大量死を引き起こすカエルツボカビ症が,日本でも次々と発見され,新聞等で大きく報道されています。現在,日本国内におけるカエルツボカビ症検査は,国立環境研究所を中心として行われています。カエルツボカビ症とその検査法を紹介し,外来寄生生物がもたらす問題についてふれたいと思います。

両生類の大量死を招くカエルツボカビ症

 現在,世界中の様々な生物が絶滅・減少の危機にあります。中でも,カエルやサンショウウオなどを含む両生類の絶滅はとても深刻です。国際自然保護連合(IUCN)は,全世界の両生類5918種のうち,実に32.9%の種がすでに絶滅したか,絶滅の危機に瀕しているという調査結果を2004年に報告しています。その原因として,気候変動,生息地の破壊や汚染などが挙げられますが,最近になってカエルツボカビという真菌による感染症であるカエルツボカビ症も大きな要因の1つとして考えられるようになりました(図1)。

カエルツボカビ症にかかったカエルの画像(クリックで拡大表示)
図1 カエルツボカビとカエルツボカビ症(麻布大学・宇根有美博士提供)
(左)ベルツノガエル・健全個体,(中央)ベルツノガエル・発症個体,(右)発症個体の皮膚組織切片(矢印:カエルツボカビの遊走子嚢)

 カエルツボカビは真菌・ツボカビ門の1種で,両生類の体表にあるケラチンなどを栄養にしていると考えられています。ツボカビは非常に仲間が多く,環境中に広く存在する分解者として知られていますが,カエルツボカビは,ツボカビの中で脊椎動物に寄生する唯一の菌として知られています。これまで,両生類のみに感染すること,両生類の体表に寄生して増殖すること,感染した両生類は早ければ1週間程度で死亡すること,種によっては90%という高い致死率を示すことなどがわかっています。両生類だけに感染すると言っても,無尾類(カエル)から有尾類(イモリ,サンショウウオ)とかなり宿主範囲が広いことも特徴の1つです。さらに,カエルツボカビは水中である程度の期間は生存可能で,感染した宿主個体同士が接触しなくても,水を介して感染することが示されています。従って,殺菌する方法はあるものの,カエルツボカビを野外で完全に駆除することはまず不可能です。カエルツボカビはアフリカが起源とされ,人間がカエルを移動させることで,世界中に広がったと考えられています。実際に,侵入先のパナマやオーストラリアでは,急速に感染が広がり,現地のカエルが絶滅や急激な個体数減少に追い込まれました。また,アメリカやヨーロッパなどの国々でも感染個体が見つかっています。

 日本はペット大国であり,世界中の国々から両生類を大量に輸入しています。ペットとして,また大型観賞魚などの餌としての輸入が非常に多い反面,これを規制する法律はなく,正確な輸入ルートや流通量が把握されていません。従っていつどこからカエルツボカビが入ってきてもわからない状態でした。そして2006年12月,アジアで初めて,日本でもペット用のカエルからカエルツボカビが検出され,その後も飼育個体から相次いで感染が見つかりました。さらに最近,日本の野外に生息している野生のウシガエル(特定外来生物)からも,カエルツボカビが検出されました。日本には両生類の固有種も多く,特に奄美・沖縄の島々には既に絶滅が危惧される種が数多く存在します。また,両生類は捕食者として昆虫などを食べる一方で,鳥や哺乳類の餌としても重要な存在であり,その絶滅や減少による生態系への影響は大きいことが予想されます。

 そこで,流通・飼育個体はもちろん,野外での感染実態を早急に把握し,対策をとる必要が出てきました。そのためにも,カエルツボカビ症の迅速な検査を行う体制が必要となり,国立環境研究所・環境リスク研究センターでは,五箇主席研究員をリーダーとしてすぐに検査を開始しました。

カエルツボカビの見つけ方

 カエルツボカビ症は,症状のみからカエルツボカビに感染していると断定することはできません。また,たとえカエルツボカビに感染していても,感染の初期や,カエルの種類によっては,症状がみられないこともあります。従って,症状の出たカエルを探すだけでは検査法として不十分であり,症状の有無に関わらずカエルツボカビを検出する方法が必要です。カエルツボカビは肉眼では見えませんが,顕微鏡で観察することができます。しかし,顕微鏡による病理検査では,短時間で感度良く大量に検査を行うのは難しいと考えられました。そこで,私達が用いたのがDNAによる検査法,PCR(polymerase chain reaction)法でした(図2)。

PCR検査のフロー図
図2 カエルツボカビのPCR検査

 まず,調べたいカエル個体の体表を拭い,そこからDNAを抽出します。抽出したDNA溶液中には,カエル自身や,カエル体表面に存在するあらゆる生物,そして感染していればカエルツボカビのDNAが含まれているはずです。でも,「誰の」DNAが入っているのかはこれだけではわかりません。そこで,抽出したDNA溶液からカエルツボカビのDNAだけを増殖させるPCRという反応を行います。生物の遺伝情報が記録されているDNA分子は,DNA分子自身を鋳型にし,DNA合成酵素の働きによって正確に複製されます。この生化学的な反応を,人工的に行うのがPCR法です。DNA合成酵素と,複製の始まりの目印となるプライマーを使ってカエルツボカビの DNAだけを増やすのです。DNAは,それぞれの生物の遺伝情報を暗号化した固有の塩基配列から成り立っています。カエルツボカビだけが持っている塩基配列に結合するプライマーを使うことで,カエルツボカビのDNAだけを増幅することが可能になり,増幅されれば陽性,増幅されなければ陰性と判断します。PCR法を使えば,サンプルが到着したその日のうちに検査結果を得ることができます。

国環研における検査と今後の研究

 現在,PCR検査を行う国立環境研究所と病理検査を実施する麻布大学を中心にカエルツボカビの検査体制が組まれています。国立環境研究所では,綿棒で両生類の体表を拭い取ったもの(スワブ)を検査サンプルとして受け取り,DNAを抽出してPCR検査を行っています。スワブによる検査は,対象の個体を傷つけることなく容易にサンプリングできるという利点があり,野生個体やペットを検査するのに特に適しています。今後は,大々的な野外調査も開始され,全国からのサンプルが続々と届く予定です。なお,現在,営利目的の検査を避けるなどの理由から,一般からの検査は直接受け付けておりません。必ず最寄りの獣医さんを通して依頼してください。カエルツボカビ症の症状や検査に関する詳しい情報は, 侵入生物データベースのホームページ(http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/index.html)で紹介しています。

 このようにして日本中から集められた検査用サンプルは,今後のカエルツボカビに関する基礎的な研究に役立ちます。日本には様々な目的で世界中から両生類が輸入されてくるため,研究所にいながらにして世界中の試料収集ができます。カエルツボカビにもいくつかの系統があることがわかっているのですが,どんな種類のカエルやイモリに,どんな系統のカエルツボカビが感染し,どのような症状をもたらすのか,日本に固有のカエルツボカビ系統は存在するのか,といった基礎的な知見がまだまだ不足しています。現在,検査と並行して,検査用サンプルを用いたカエルツボカビの基礎的な研究が進められています。これらの研究結果は,在来の両生類における感染の実態把握や,分布拡大の予測と予防といった応用的な研究に役立つことも期待されています。

さいごに

 カエルツボカビは,アフリカ原産の本来の宿主であるカエルには病原性を示しません。長い間,共に進化の歴史を刻むことで,共生関係を築いてきたからだと考えられます。しかし,未知の場所で新しいカエルに寄生した途端に病原性を示し,宿主を殺してしまうことすらあるのです。外来生物を移動させることで,その生物に付いていた寄生生物が思いもかけぬ影響を及ぼしたという典型的な例といえるでしょう。

 長い共進化の歴史を無視した人間による生物の移動は,時として予測不能な結果を生み出します。外来生物が日本各地で問題となっていますが,それら自身の寄生生物の存在についても合わせて考えるべきでしょう。一度野外に出た生物,まして目に見えない寄生生物はなかなか全てを捕まえることができません。ペットを飼育する時は,野外に捨てたり,逃がしたりせずに,最後まで責任を持って飼育する必要があるでしょう。

(こんどう なつこ,
生物圏環境研究領域
個体群生態研究室)

執筆者プロフィール

 検査に携わる前から,自宅でカエルとイモリを飼育していました。カエルツボカビを持ち運ばないよう細心の注意は払ってはいるものの,心配なので世話は家族に任せ,水槽を遠くから眺めるだけの毎日です。