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侵入生物の生態リスク評価

【シリーズ重点研究プログラム : 「環境リスク研究プログラム」から】

五箇 公一

日本における侵入種管理

 本来の生息地を離れ,人為的要因によって運ばれて新天地に辿り着いた生物種を外来種と呼びます。さらにその新天地において定着を果たし,分布拡大する外来種を侵略的外来種(略して侵入種)といいます。侵入種は,在来種を捕食したり,在来種と餌や住処をめぐって競合したり,在来種と交雑したり,外来の病原体を持ち込むなど,様々な生物間相互作用を通じて在来生態系に悪影響をもたらします。近年の国際交易の自由化拡大は侵入種問題を地球的規模の複雑な問題へと推し進めています。

 貿易大国である我が国では,長らくこの問題に対して具体的取り組みが進んでいませんでした。しかし,侵入種による深刻な生態影響が多くの生態学者から指摘されるようになり,侵入種防除の必要性が高まる中,2005年6月に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(以下「外来生物法」)が施行されるに至りました。この法律では,日本に入ってくる外来種に対してリスク評価を行い,在来生態系および人の健康に悪影響を及ぼす恐れがあると判定された種が「特定外来生物」に指定され,それらの種を輸入すること,生体を国内で移送すること,飼育すること,および野外に逃がすことが禁止されます。また既に野外に定着してしまった特定外来生物に対しては,駆除を推進することが行政に義務づけられます。

 この法律の具体的実行にあたってリスク評価手法の確立が急務となります。化学物質などの人工物質とは異なり生物はそれ自体増殖し,進化する特性を持っており,そのリスク評価には生態学的・進化学的視点からの将来予測が必要となります。また人為の環境開発などに伴う生息地のかく乱や,物流システムの発達による人為移送の拡大など,経済的・社会的要因も侵入種の分布拡大に大きく影響すると考えられます。

侵入種の生態リスク評価研究

 国立環境研究所環境リスク研究センターでは,環境リスク研究プログラムの中の中核研究プロジェクト4(PJ4)「生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発」の一環として,「侵入種生態リスク評価手法の開発に関する研究」を推進しています。具体的には有害な侵入種をリストアップし,それらの在来種に対する捕食・競合・交雑リスクを実験的に検証するとともに,実際の野外における生態影響の実態を調査しています。本研究を進めるにあたり,環境省地球環境研究総合推進費および農水省農林水産研究高度化事業なども活用して,環境省やんばる野生生物保護センター,森林総合研究所,野菜茶業試験場,東京大学,北海道大学,琉球大学など,多くの試験研究機関および大学法人と連携してデータの収集を行っています。これまでに,マングース,アライグマ,オオクチバスや外来雑草シナダレスズメガヤなどの重要侵入種の生態リスク評価を進めて,それらの成果は外来生物法の特定外来生物指定にも活用されました。

 特に当研究グループでは,セイヨウオオマルハナバチ(図1)や外国産クワガタムシなど輸入昆虫類の生態リスク評価に力を入れてきました。セイヨウオオマルハナバチはヨーロッパ原産の昆虫で,ハウストマトの花粉媒介用(花から花へ花粉を運んで果実を作るのを助ける)に毎年大量の商品コロニー(巣箱)が輸入されています。農作物の生産を助けてくれる有用昆虫ですが,同時に外来種であるため,野外に定着した場合,在来のマルハナバチ類や植物に対して悪影響を及ぼすことが懸念されます。当研究グループでは,実際に本種の野外分布が拡大している北海道において調査を行い,セイヨウオオマルハナバチの雄が在来マルハナバチの女王と交雑して,在来マルハナバチの繁殖を阻害する可能性があることや,在来植物の繁殖にも悪影響を及ぼす恐れがあることなどを実証してきました。これらのデータに基づき,セイヨウオオマルハナバチは現在,特定外来生物に指定されており,環境大臣の許可のもと,逃亡できないように網を張った農業用ハウスの中だけで使用できるようになっています。

図1 セイヨウオオマルハナバチ
図1 セイヨウオオマルハナバチ

 もうひとつの研究対象である外国産クワガタムシは,ペット用に大量に輸入されている外来昆虫です。現在,日本では,外国産クワガタムシの飼育が一大ブームとなっており,年間100万匹を超える個体が東南アジアや中国から輸入されています。これらペット用個体の売れ残りなどが大量に野外に投棄されるケースが後を絶たず,日本産クワガタムシに対する影響が心配されています。特に,アジア地域には日本列島産の種と近縁な種類が多く,外国産と日本産の種間交雑による遺伝的浸食が生態リスクの一つとして想定されます。当研究グループでは,輸入量の多いヒラタクワガタという種類について,日本列島からアジア大陸にかけて分布している個体群のDNA変異を調査して,日本産ヒラタクワガタの歴史的ルーツを探るとともに,日本産個体と東南アジア産個体の間で交雑実験を行い,遺伝的浸食のリスク評価を進めています。これまでの研究結果から,日本産ヒラタクワガタはアジア地域の中でも固有の遺伝子組成をもっていること,そして東南アジアのヒラタクワガタとは500万年近い年月を隔てて進化してきたことが明らかとなっています。しかし,交雑実験の結果,これだけ遠い年月で隔てられた日本産個体と東南アジア産個体の間に,子孫を残すことができる雑種個体(図2)が簡単に生じることが明らかとなり,ヒラタクワガタの人為移送が貴重な遺伝子組成を崩壊させる恐れがあることが示されています。これらの成果を受けて,環境省では「クワガタムシ捨てないで逃がさないでキャンペーン」を展開して,外国産個体の安易な購入や放飼をしないように広くよびかけています。

図2(上)日本産ヒラタクワガタ(オス:体長5cm)とインドネシア産スマトラオオヒラタクワガタ(メス:体長5cm)。(下)両者が交雑して生まれた雑種(オス:体長8cm)。体の大きさは日本産より遙かに大きく,形も日本産とインドネシア産の特徴をあわせもつ「新種」として誕生する。
図2 (上) 日本産ヒラタクワガタ(オス:体長5cm)とインドネシア産スマトラオオヒラタクワガタ(メス:体長5cm)。

(下) 両者が交雑して生まれた雑種(オス:体長8cm)。体の大きさは日本産より遙かに大きく,形も日本産とインドネシア産の特徴をあわせもつ「新種」として誕生する。

目に見えない侵入種の実態調査

  侵入種の最も深刻な生態リスクのひとつとして,目に見えない外来寄生生物の持ち込みも考えなくてはなりません。しかし,我が国では,人畜共通感染症あるいは家畜伝染病をもたらす哺乳類や鳥類の検疫は厳しく行われていますが,それ以外の両生類や爬虫類などの輸入生物に対しては検疫はほとんど行われていません。ペット用生物や食用・観賞用植物など無数の生物が輸入される中,それらに寄生する生物の実態把握と影響評価が急がれます。

 当研究グループでは輸入爬虫類や輸入昆虫類に寄生するダニ(図3)などの微小生物の侵入実態について調査を進めています。これまでに未知の寄生性ダニ類が多数検出されており,その中には人に感染する恐れのある病原性微生物を保有している個体も存在することが示されています。野生生物とその寄生生物の間には,長きに亘る共進化の歴史があり,その結果として共生関係が築かれています。寄生生物の人為移送は,この共生関係にかく乱をもたらし,重大な病害の発生に発展する恐れがあります。その一例として,両生類の世界的減少の原因とされる両生類特有の病原菌「カエルツボカビ菌」が,我が国でも最近になって発見され話題となっています(詳しくは本ニュース「環境問題基礎知識」を参照)。侵入源はペット用に輸入されたカエルと考えられ,現在,当研究グループは,国内の 流通個体および野外個体における感染状況を把握するため,カエルツボカビDNAを検出する全国調査に乗り出しています。生物の国際取引が今後,ますます活発になるにつれて,このような野生生物感染症の侵入および蔓延のリスクも増大すると考えられます。

図3 外国産クワガタムシに寄生するダニ・クワガタナカセの拡大図
図3 外国産クワガタムシに寄生するダニ・クワガタナカセの拡大図

終わり無き侵入種問題

  世界的な経済発展と交易の加速化は,今後更なる侵入種の増大をもたらすと考えられます。地域固有の生物種や個体群は,長大な進化の歴史産物であり,一度失われれば,二度と取り戻すことはできません。侵入種問題をできるだけ多くの人に知ってもらい,固有の生物や生態系を守るためにも,侵入種の生態リスク評価は極めて重要な研究課題と言えます。

(ごか こういち,
環境リスク研究センター
主席研究員)

執筆者プロフィール

 1965年生まれ。山羊座。B型。カエルは好きでないが,カエルツボカビのリスク管理に勤しむ。最近CGにはまっている。