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衛星利用による二酸化炭素等の観測と全球炭素収支分布の推定

【シリーズ重点研究プログラム:「地球温暖化プログラム」から】

横田 達也

地球規模の温暖化研究に必要なもの

 地球温暖化の引き金は,人間の社会活動・生産活動に伴う急激な二酸化炭素の大気中への放出によるものと言われています。将来を予測し適切な対策をとるには,現状の正確な把握が必要です。そのために,世界各地の測定局で二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度変化が精密に連続測定(モニタリング)されています。しかし,様々な事情によって,これらの測定局の配置には偏りがあります。ヨーロッパ,北米,日本など北半球の先進諸国には多くの測定局がありますが,たとえばアフリカ大陸の中央部や南米には地上測定局はほとんどありません。その一つの理由は,政情不安と治安の悪さのため測定局の維持が困難だからです。このように配置された世界の測定局のデータからでも,全球の温室効果ガスの分布を推定しなければなりません。その値の年間を通した変化から,どの地域でどの程度の量の炭素が吸収あるいは放出されているかを,モデル計算を用いて推定する研究(これを「炭素収支のインバースモデル研究」と言います)が進められています。当然,その推定結果には誤差が含まれます。特に全球の濃度分布推定の際に測定局が無く非常に曖昧な広い地域があれば,それによって炭素収支の推定値にも大きな誤差を生じます。インバースモデル研究は,結果として生じている現象(温室効果ガスの分布とその変化)から,その原因となる炭素の吸収・放出の状況を逆推定するという研究です。その推定誤差を減らすには,モデル自体を精緻化する研究やモデルの時間・空間分解能を上げるための研究と,モデルへの入力値となる温室効果ガスの分布データや温室効果ガスの吸収や排出に関するデータベースを正確にする作業との両方が必要です。

 このような状況の中,温室効果ガスの全球分布状況を把握するための手段として人工衛星は非常に有望な手段の一つであると思われます。なぜなら,同一のセンサで地球をくまなく観測するわけですから,求められる精度の測定が実現されれば,少なくとも地域別の温室効果ガスの相対的な濃度差は把握することができます。衛星は地球を1日に何周もして繰り返し測定するので,地域差だけでなく濃度の時間変化の状況も把握できます。そこで,人工衛星を温室効果ガス測定に用いることが有効であるかどうかの検討が,21世紀の前半に日本,欧州,米国でほぼ同時に開始されました。その結果,日本はGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星)を,米国(航空宇宙局NASA)はOCO(Orbiting Carbon Observatory;二酸化炭素観測衛星)をいずれも2008年に打ち上げることを決定し,欧州(宇宙機関ESA)は,技術力と精度検討の結果,当時提案されていたCarbosatプロジェクトを断念しました。

人工衛星で測ることの難しさ

 人工衛星で測定したいのは,我々人間の活動している対流圏の大気(高度約10kmより下)です。特に大気境界層とよばれる高度2~3km以下の大気では,二酸化炭素やメタンの濃度は時刻や季節によって大きく変化します。宇宙から対流圏大気中の気体濃度を測定しようとすると様々な障害に遭遇します。その誤差要因は,観測に利用する光の波長帯によって異なります。例えば,二酸化炭素濃度を例にすると,可視・近赤外の波長帯では太陽の地表面散乱光を測定するため地表面付近の大気の情報は含まれているのですが,水蒸気や薄い雲(巻雲),エアロゾルなどが測定の妨害要因となります(図1参照)。地表面高度(すなわち衛星までの距離)や圧力も問題となります。熱赤外の波長帯では,高度分布は推定しやすいのですが,大気からの熱放射の観測を利用しているため気温の誤差が濃度推定誤差に影響しやすく,また,データには地表面付近の大気の情報は少なく,高度2~3kmよりも高い高度の大気からの情報が多く含まれています。このように,両者それぞれに長所と短所があります。また,可視・近赤外・熱赤外のいずれの観測でも,雲に覆われている場所では雲より下の大気の情報は得られません。これまで科学的に意味のある精度での測定が困難であったために実現されなかった温室効果ガス観測を目的とした人工衛星も,近年の測定センサ技術の進歩とデータ処理技術の進歩により,ようやく開発される時代が訪れました。

図1
図1 衛星による太陽地表面散乱光観測と妨害要因(巻雲,エアロゾル)の影響

 GOSATプロジェクトは,環境省・国立環境研究所・宇宙航空研究開発機構(JAXA)の三者により共同で推進されています。GOSAT衛星には,可視・近赤外・熱赤外の波長帯を有する分光器と雲やエアロゾルの状況を監視する画像センサが搭載され,二酸化炭素(相対精度1%を目標)とメタン(相対精度2%を目標)の気柱量(光路に沿った分子数の積算値;カラム量)を測定します(詳しくは本ニュース「環境問題基礎知識」を参照)。

 GOSATプロジェクトにおいて国立環境研究所の役割は,データ処理手法を研究開発し,衛星からのデータを高性能のコンピュータシステムにより定常処理を行い,処理結果の提供を行うと共に,それらを科学研究に利用することです。これらを着実に果たし,温暖化研究に役立つ研究成果を挙げるために,2年間ほどヴァーチャルチームにより進めてきた研究を,平成18年度より中核研究プロジェクトの一つとして位置づけ,研究を実施することになりました。

プロジェクト研究の取り組み

 前述のように人工衛星からの温室効果ガス測定は,その目標精度の高さから非常にチャレンジングな試みです。GOSATプロジェクトを成功に導くには,まず衛星観測データから二酸化炭素やメタンの濃度を高精度で求められるようにセンサの仕様を決めなくてはなりません。GOSATに関しては,2年ほど前にすでに国立環境研究所を中心に検討を終え,短波長赤外の波長帯の観測データ(図2参照)におけるセンサの光学分解能と信号対ノイズ比の要求値を決定しています。次に,得られるデータから濃度を精密に導出するための手法(アルゴリズム)を研究開発しなければなりません。人工衛星の打ち上げを待って,実データの解析をしてみて,問題があればアルゴリズムに改良を加えるというのでは,プロジェクトとしては問題があります。事前に衛星の模擬観測実験を行って,解析アルゴリズムの妥当性の評価・検証を行いながらアルゴリズム開発の研究を進める必要があります。人工衛星打ち上げ後には,観測データの解析結果(データ質)の評価と検証を行います。さらに,衛星データから導出された温室効果ガスの濃度を地上測定データと併せてインバースモデルに取り入れ,全球の炭素収支分布の推定精度をより高くする必要があります。当研究プロジェクトでは,これらの事柄をカバーするため,三つのサブテーマによるグループを構成して研究を進めています。 1)衛星観測データの処理アルゴリズム開発・改良研究 2)地上観測・航空機等観測実験による温室効果ガス導出手法の実証的研究 3)全球炭素収支推定モデルの開発・利用研究  それぞれの研究目標と内容は,環境研ホームページの第2期中期計画に記されていますので,ここでは平成18年度の研究成果を一つ紹介したいと思います。

観測輝度スペクトルの図(クリックすると拡大表示されます)
図2 GOSATで利用する短波長赤外の三つの波長帯と予想される観測輝度スペクトル
(シミュレーション値)

 平成18年11~12月に,衛星センサと類似したセンサ(地上モデル)を筑波山山頂に設置して,麓の田畑による太陽の地表面散乱光を観測する実験を実施しました。この種の実験は,世界で唯一,当プロジェクトでのみ実施されたものです。地上モデルによる観測と同時に,山頂と麓に直接測定器を設置し,さらに山野斜面に沿って二酸化炭素濃度をセスナ航空により直接測定しました。地上モデルから求めた二酸化炭素カラム濃度と,直接測定データから求めた濃度とを比較した結果,データ解析の際の二酸化炭素の吸収波長帯を適切に選定すれば,両者は2%の範囲で一致することがわかりました。この差は目標精度からは十分とは言えませんが,実験回数がとても少ないため,今後の同様な観測と解析を重ねて原因を詰め,対策を施していく予定です。また,エアロゾルを考慮することによって,5ケースのうち3ケースは,地上モデルから求めたデータが直接測定からのデータに0.2~0.4%ほど近づくことがわかり,基本的にデータ処理手法に大きな誤りのないことが実証されました。

 GOSATの打ち上げ後に,この研究成果に基づいた手法により衛星データが処理され,解析結果のデータ質が評価・検証されて初めて当研究プロジェクトの成果が実証され,評価を受けることになります。更にそのデータが炭素収支推定に利用され,良好な結果が得られるかどうかも評価の対象です。そのような時が訪れるのはそれほど遠い先のことではありません。それまでになすべきことは,プロジェクトとして必要な上述の研究を着実に進めることです。衛星観測プロジェクトにおける研究は,その責任が重いという側面とともに,途中いくつもハードルがあって期待通りのデータが取得されるかどうかにリスクを伴うことが,担当研究者にとって,やるせなくも面白い点であると言えます。

(よこた たつや,地球環境研究センター衛星観測研究室長)

執筆者プロフィール:

 平成元年よりオゾン層観測センサILAS,ILAS-IIプロジェクトに従事し,そのデータ処理研究に携わってきた。平成18年4月からは国立環境研究所のGOSATプロジェクトリーダーとして大気のリモートセンシング研究を続けている。観測の場が成層圏から対流圏へ,対象がオゾンから二酸化炭素へと移ったわけだが,遠い宇宙から測りにくいものを計ろうとする姿勢に変わりない。計り知れない研究が続く…。