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レーザーで大気環境を監視する─ライダーによるエアロゾル観測

【環境問題基礎知識】

清水 厚

 天気のいい夜,上空に向かってまっすぐに伸びる一筋の緑色のビーム───つくば(茨城)や信楽(滋賀)などで,そのような光景をご覧になったことがある方がいらっしゃるかもしれません。その正体が,大気を計測するライダー(レーザーレーダー)から発せられるレーザー光線(表紙写真参照)です。本稿では,ライダーによる大気観測の仕組みと,国立環境研究所アジア自然共生研究プログラム中核研究プロジェクト1 「アジアの大気環境評価手法の開発」(本号3ページからの記事参照)におけるその位置付けについてご紹介します。

レーザー+レーダー=ライダー?

 イベント会場での演出装置や会議におけるレーザーポインターなど,レーザーを身の回りで見かけることが増えてきました。DVDなど光ディスクの再生装置や医療分野でもレーザーは利用されています。レーザーは1950年代に発明された特殊な種類の光で,その波長が揃っていることや拡散せずに長距離を進むという特徴があります。一方,レーダーと言えば戦争映画などでもおなじみですが,一番身近な応用としてはテレビの天気予報でレーダーによる降水の分布が紹介されています。この気象レーダーの場合,送信された波長数cmの電波が雨粒(直径1mm程度)によって散乱され戻ってくるところを受信して,送信から受信までの時間から雨粒までの距離を,受信信号の強さから雨粒の数を求めてどこにどれくらいの雨が降っているかを知ることが出来ます。では,同じ電磁波でも電波よりもずっと波長の短いレーザーを使ってレーダーと同じことを行うと,どんな信号が受かるのでしょうか? たとえば可視光や近赤外(波長0.5~1μm=0.0005~0.001mm)のレーザーを使うと,雨粒でもその光は散乱されますが,さらに小さい雲粒(直径10μm)やエアロゾル(浮遊粒子,0.1~10μm),大気分子からの散乱も受けることが出来ます。この原理を利用して大気環境を計測するのがライダー(レーザーレーダー)なのです(図1)。

図1 ライダーによる大気観測の原理
レーザー光源から上空へ射出された光は,ターゲット(雲粒,エアロゾル,大気分子)によってさまざまな方向へ散乱されるが,そのうち真後ろへ散乱した光を望遠鏡で集めてその強さを計測する。レーザー光は肉眼では連続したビーム状に見えるが実際は非常に短い光(パルス)の繰り返しなので,射出から受光までの時間を計測でき,どの高度のターゲットからの信号かを決定することが出来る。

黄砂の観測とライダーネットワーク

 ライダーには大気の温度を測ったり,オゾン・水蒸気・二酸化炭素などの気体の分布を計測する種類のものも存在しますが,私達が主に扱っているのは雲やエアロゾルの分布を計測するものです。ライダーによる観測が特に威力を発揮するエアロゾルの一種として,日本でも毎年春になると話題になる黄砂が挙げられます。黄砂は,中国の黄土高原やゴビ砂漠・タクラマカン砂漠,モンゴルの乾燥地帯などで強風によって巻き上げられた砂(土壌粒子)が,風に乗って中国沿岸部から韓国や日本,太平洋上へと飛んでくるものです。他の多くのエアロゾルは液滴(球形)なのに対し,黄砂は砂粒なので不規則な形(非球形)をしており,散乱体の形の情報も得られるライダーを用いると,エアロゾルのうち大気汚染物質(硫酸塩など)と黄砂とを容易に区別することが出来ます。つまり,ライダーは黄砂が飛んでいればその高度,時刻,量などをとらえることが可能なのです。一般に気象現象としての黄砂は気象台や測候所による目視観測で記録されますが,その強さや黄砂層の厚さなどが分かるわけではありません。様々な地上サンプリング観測では,上空を通過する黄砂はとらえられませんし,これまでの人工衛星による観測では水平の広がりはとらえやすいもののどの高度に黄砂があったかは分かりません。また人工衛星をはじめとする太陽光を利用した観測手段では,夜間の情報も得られません。このように,他の観測手段では全容をつかむことが出来ない黄砂の動きを把握するために,ライダーは非常に強力な手段となるのです(図2)。 国立環境研究所では1996年から連続自動運転ライダーによる大気観測をつくばで続けており,その後は改良型ライダーシステムが環境省によって富山・島根・長崎に設置されました。また沖縄の国立環境研究所辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション(国立環境研究所ニュース2005年10月号参照)にもライダーが設置されている他,国内外の大学や研究機関との共同観測も含めて現在アジア域の計15ヵ所に同一型のライダーを設置し,連続観測を行っています( 観測結果はライダーのホームページにてリアルタイム公開中)。この様なライダーのネットワークを整備することにより,アジア域における各種エアロゾルの立体的な分布を把握することが可能となり,黄砂が長距離を輸送されるメカニズムの解明の他,この地域の大気環境変動の監視や,大気中の化学物質分布予報モデルの改善などにも寄与することが期待されています。

図2 ライダーによる観測結果の一例
2006年4月18日,東京で6年ぶりに黄砂が観測された日につくばのライダーで観測された黄砂の鉛直分布(午前6時)。この時刻には高度5km付近以下に強い散乱が見られる(緑の線)が,非球形の指標(黄色の線)は高度1km以下で比較的小さく,地上付近に黄砂以外のエアロゾルが存在していたことも分かる。このような鉛直分布情報は15分ごとに自動的に取得されており,この日はつくばでは正午頃に地上まで黄砂が降りてきた。

人工衛星搭載ライダーの時代へ

 21世紀に入り,ライダーは人工衛星にも搭載されはじめました。既に世界で2機,高度数百kmの上空から下向きにレーザーを発射しながら私達の頭上を通過する衛星搭載ライダーが活躍中です。今後,日本の機関も関与する衛星搭載ライダーも計画されており,これらと地上のライダーネットワークとで補い合いながら大気環境の管理に向けたデータの取得を行わねばなりません。国立環境研究所でも,そのような時代を見通した観測体制を構築すべく,地上設置ライダーの他に船舶搭載型ライダーや小型ジェット機に下向きに搭載したライダーによる観測も実施しながら,経験を蓄積しているところです。最後に,皆さんも今後は晴れている日の野外では気付かないうちにレーザー光を頭上から浴びているかもしれませんが,もちろんそのエネルギーは非常に小さく人体に害はありませんのでどうぞご安心下さい。

 (しみず あつし,アジア自然共生研究グループ)

執筆者プロフィール:

運動には好適な環境と言われるつくば勤務ながら何のスポーツもせず,昼休みの所内アンサンブルで時々フレンチホルンを吹いています。中学の吹奏楽部以来,演奏暦は20年以上になりますが,楽器を吹かないブランクが数ヵ月あると腹筋の衰えが自覚出来るので,これでもそれなりの運動にはなっているのだろうと勝手に納得しています。