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アジアの大気環境評価手法の開発

【シリーズ重点研究プログラム:「アジア自然共生研究プログラム」から】

大原 利眞

 中国やインドをはじめとするアジアの発展途上国では,人間活動に伴う大気汚染物質の排出量が急速に増加しています。例えば,中国から排出される窒素酸化物は,1980年から2000年の間に約2.5倍に増加し,2000年以降はその傾向が一層,加速しています。また,将来的にも,増加し続ける可能性が高いと予想されます。このような排出物質は,対流圏オゾンや粒子状物質などによる広域大気汚染を引き起こし,健康や食糧生産,生態系への影響が懸念されます。さらに,広域大気汚染は気候変動を引き起こし,私達の社会生活や生態系に大きなダメージを与える危険性もあります。一方,我が国の大気環境は,アジア大陸からの越境汚染に大きな影響を受けており,国内の汚染対策が進むに従って,その影響度が相対的に大きくなりつつあります。また,東アジアの大気汚染は,地球規模の大気環境にも大きな影響を及ぼしており,世界的な環境問題と考えられています。

 このような状況の中で,東アジアにおいて欧米のような長距離越境大気汚染条約を締結し,国際的な協力の下で大気環境管理システムを早急に構築し,共同して大気汚染対策を進める必要があります。そのためには,第一に,アジア地域の大気環境管理に必要な科学的知見,とりわけ,広域大気汚染の全体像を把握し,その汚染原因を解明し,将来動向を予測することが重要です。第二に,アジア諸国が共同して大気環境管理を行うために必要な,排出インベントリ(国や地域別に,排出源の種類と排出量を整理した資料)やシミュレーションモデルといった解析ツールを整備することが必要です。第三に,大陸からの越境汚染が我が国の大気質に及ぼす影響を定量的に解明し,有効な国内対策と国外支援を推進するための知見を集積することが,我が国の環境安全保障のために重要です。

 以上のような背景と問題意識のもとで,アジア地域の大気環境管理の政策立案に必要な科学的知見とツールを提供することを目的とした研究プロジェクト「アジアの大気環境評価手法の開発」が平成18年4月からスタートしました。このプロジェクトは,アジアにおける自然共生型社会の実現に向けた研究を推進する「アジア自然共生研究プログラム」(本ニュ-ス25巻2号に概要を紹介)の中の中核研究プロジェクトの一つに位置付けられています。

 本プロジェクトは,東アジアを中心としたアジア地域について,国際共同研究による大気環境に関する科学的知見の集積と大気環境管理に必要なツールの確立を目指して,観測とモデルを組合せ,大気環境評価手法の開発を行うことを目標としています。図は,私たちが開発をめざしている大気環境評価手法のイメージを示します。この研究を進めるために,私たちは3つのサブテーマを設定し,(1)観測研究(広域越境大気汚染に関する地上連続観測や集中観測,対流圏衛星観測データの解析),(2)モデル研究(アジア地域の大気質モデルや化学気候モデルの開発,大気汚染物質の排出インベントリの改良と将来予測),及び,(3)黄砂研究(ライダーと地上サンプリングによる黄砂観測ネットワークの展開,黄砂予報モデルの開発)を,相互に連携を取りながら進めています。以下,これらの3つのサブテーマの概要を紹介します。

イメージ図(クリックして拡大表示できます)
図 東アジアの大気環境評価手法のイメージ図

サブテーマ1:アジアの広域越境大気汚染の実態解明【観測研究】

 サブテーマ1では,アジア大陸から日本周辺に長距離輸送される大気汚染物質の変質過程を,地上・航空機観測によって解明することを主要な目的とします。具体的には,沖縄辺戸岬の地上ステーションを整備し,ここをベースにした通年観測により,アジア大陸から長距離輸送されるガスとエアロゾルの解析を進めています。このステーションでは,大学や他の研究機関との連携を進め,総合的な対流圏大気観測研究を実施しています。また,辺戸岬での観測を中心に,国外での地上観測や航空機による立体観測,シミュレーションモデル解析を駆使して,アジア大陸から日本周辺に流れ出す大気汚染物質の変質過程を解明していきます。さらに,大気観測の国際協力を推進し,東アジア地域における大気環境データベースの構築を進めます。

サブテーマ2:アジアの大気環境評価と将来予測【モデル研究】

 2番目のサブテーマの目的は,シミュレーションモデルを軸とし,地上・航空機・衛星観測データと排出インベントリを組み合わせて,東アジア地域における大気環境の実態解明と将来予測をすることです。このために,アジア地域の大気汚染マルチスケールモデル(地球スケール,アジアスケール,都市スケールのモデルを組み合わせた大気汚染モデル)と化学気候モデルを開発し,観測データをもとに検証します。また,観測データやシミュレーションモデルを用いて,大気汚染物質の排出インベントリを改良します。そして,開発・改良したモデルと排出インベントリおよび観測データベースを活用して,アジア広域から国内都市域における大気汚染の全体像を把握する手法を確立します。さらに,将来シナリオに基づく排出量予測結果とシミュレーションモデルを使って,2030年時点での,アジアの大気環境(気候と大気汚染)を予測する予定です。

サブテーマ3:黄砂の実態解明と予測手法の開発【黄砂研究】

 3番目のサブテーマでは,東アジア地域の大気環境に大きな影響を与えている黄砂を取り上げています。黄砂は国際的に大きな社会問題となっており,日中韓3国の環境相会合でも,その対策を共同して進めることが取り決められています。本研究では,東アジア地域で増大している黄砂の発生から輸送・沈着を把握するための,ライダー(レーザーレーダー)を中心とするリアルタイム観測ネットワークを展開・整備すると同時に,化学分析のための黄砂サンプリングも行います。また,これらのリアルタイムデータをモデルに取り込む手法を確立し,黄砂予報モデルの精度向上を図ります。また,黄砂による汚染物質の変質過程をモデリングし,最終的に,砂漠化や気候変動などによる黄砂の将来変動を予測する予定です。

 (おおはら としまさ,アジア自然共生研究グループ広域大気モデリング研究室長)

執筆者プロフィール:

社会格差が広がり,若者は安定した就職ができず,学校では自殺や不登校が増加し,おまけに,教育基本法があっさり見直されるなど,世の中全体が悪い方向に向かっているように感じます(年寄りの取り越し苦労か?)。環境研究者の端くれとして,「もっと社会の動きに敏感でなくては」と思いつつも,部屋に籠もって書類書きに励んでいる毎日です。