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タイにおける微細藻類多様性調査 ─ GTI的活動 ─

海外調査研究日誌

河地 正伸

 2002年10月15から26日にかけてタイで微細藻類の多様性調査を行った。タイでの調査は今回で3回目だが,これまで行った有害藻類の収集と分布調査とは少々趣を異にする調査である。副題として記したがGTI的活動なのである。GTIとは,Global Taxonomy Initiativeの略で,世界分類学イニシアティブという和訳がつけられている。これは第6回生物多様性条約締約国会議において,分類学関連の情報及び専門家の不足が生物多様性条約を実施する上で大きな障害となっていることを受けて提唱されたもので,分類学の振興と分類学的研究情報を国際的に共有するシステム構築を締約国の政策に取り入れるようなワークプログラムの勧告がなされている。国立環境研究所は日本におけるGTIの拠点となっており,関連する研究プロジェクトとして「アジアオセアニア地域における生物多様性の減少解決のための世界分類学イニシアティブに関する研究 (地球環境研究総合推進費)」が2002年度からスタートした。詳細は省かせてもらうが,このプロジェクトのもとで,多様な生物群・生息環境を対象として,生物種インベントリーの整備と分類学に関わる知識と技術の共有,人材育成等のキャパシティビルディングが進められている。

 今回の調査はこのプロジェクトの一環として行われたものなのである。微細藻類は様々な系統群で構成されるが,タイでは緑藻,紅藻,珪藻といった一部のグループの多様性が明らかにされているに過ぎない。これを補完する種チェックリストをとりまとめることを目標として,材料収集の段階から現地研究者と共同で作業を行っている。分類学を行う上で必須な観察手法とサンプル処理に関わる様々な技術,分類学的知識とその基礎となる文献情報の移転も同時に行われることになる。

 我々が調査地として選んだのは,タイ南部のマレー半島の東西沿岸域とその間の陸水環境である。日本から直接マレー半島西海岸に位置するプーケット島に入り,現地研究者と合流してから,車で西海岸に沿ってトゥラング市まで南下,その後,半島を横断して,東沿岸域のソンクラ市に移動した。全行程にして約500キロを移動したことになるだろうか。事前に定めた必須の採集ポイント以外に途中良さそうな場所があれば可能な限り採取する・・・という少々融通を利かせすぎた採集の結果,かなり忙しい日程となってしまった。珊瑚礁域,マングローブ域,様々な景観の干潟,岩礁域,砂浜域など多様な沿岸環境,そして陸水環境として大小さまざまな湖沼,汽水湖,水田,温泉,国定公園に指定された湿地帯,人がほとんど入らない原始自然環境など,また魚やエビの養殖池や開発により富栄養化が進んだ環境など,移動中に目についたありとあらゆる水環境が含まれる。タイという国の多様な自然環境を改めて認識させられた。今回の調査では顕微鏡専用デジタルカメラを日本から持ち込み,サンプル中の種を片端から観察,撮影した。光学顕微鏡レベルで同定不可能な種や新種と思われる種も多数存在したが,タイの微細藻類相の概観はつかめたように思える。たとえばタイ湾に面したマレー半島の東沿岸では,日本沿岸域でもお馴染みの赤潮形成藻のChattonellaや有毒性渦鞭毛藻のHeterocapsaAlexandriumなどが今回初めて認められた。都市から大量の雑排水が流入し,富栄養化が進行したのが原因と思われるが,これらの種は日本から移入された可能性があり,今後慎重に調査を進める必要性を感じている。一方,西沿岸はインド洋へと続くアンダマン海に面した極度な貧栄養海域で,窒素固定を行う糸状藍藻のTricodesmium,外洋性の渦鞭毛藻や円石藻に混ざって,日本では見ることのできない多種多様な沿岸性の種類を確認できた。現在はタイの現地研究者とコンタクトを取りながら,地道にサンプル処理,観察,同定作業を進めているところである。我々が培ってきた微細藻類の収集と多様性研究に関わる様々な技術と知識の移転が行われているわけだが,成果としての種チェックリストの取りまとめにはまだしばらく時間がかかるだろう。いつか機会があれば改めて調査の成果について紹介したいと思う。このGTI的活動を通して,タイにおける藻類の多様性研究の進展に貢献できることを願ってやまない。

(かわち まさのぶ,生物圏環境研究領域)

調査の様子
写真 2002年10月22日,ソンクラ湖湖岸にて
タイの学生と一緒にプランクトンネットで採取した湖水をルーペで確認しているところ。水は濁っているが,空は美しい。

執筆者プロフィール

訪れた東南アジア各国で,よく地元の人から現地語で話しかけられました。おまけに日本で留学生扱いされた経験があります。不思議です。