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土地被覆状態モニタリングのためのリモートセンシング── スペクトルミクスチャー解析 ──

研究ノート

亀山 哲

はじめに

 リモートセンシング技術をフィールドサイエンスに応用した研究を行う際,研究者が直面する課題の1つに「ミクセル(Mixed pixelの略) 問題」がある。ミクセル問題とは,「衛星画像の1つのピクセルに対応した地表面には構成要素(リモートセンシングの専門用語でエンドメンバーという)が複数混在しているにもかかわらず,そのピクセルには混合スペクトル情報が1つしか記録されない。」というものである。ここでは,ミクセル問題を解決するための画像解析手法である「スペクトルミクスチャー解析」について,検証サイトであるつくば市周辺を例に説明する。また,研究開始段階ではあるが,解析のために整備しているエンドメンバーのスペクトルライブラリーとスペクトル計測用水田サイトについても紹介する。

ミクセル問題

 空間分解能(センサーの1ピクセルの1辺に対応する地表面の長さ)が1km程度のNOAA/AVHRRやTerra/MODIS(それぞれ1979年と1999年に打ち上げられたアメリカの人工衛星センサー)の画像を用い,土地被覆分類マップを作成する場合を例にあげる。例えば,画像中の1ピクセルが適切な画像解析処理により「水田」として分類されたとしても,厳密にその地表面を観測すれば,そこには水田のほかに,畑・農家などの住宅地・アスファルト道路・森林などが混在している。この場合,水田はあくまでもそのピクセルの代表的構成要素でしかない。リモートセンシングの分野では,このような水田,畑,住宅地・・・といった各構成要素をエンドメンバー,そしてこれらが混在しているピクセルを混合ピクセル,またこの混合ピクセルが持つスペクトル情報を混合スペクトルと呼んでいる(図 a),b))。

 実際の生態系を対象とした環境の解析では,特定の1地点(調査対象の1区画等)における構成要素の比率変化が非常に重要視される。例えば,調査プロット内の植生遷移(植物A→植物B),砂漠にわずかに存在していた植物パッチの消滅,また湿原植生部分への濁水の浸入といったケースである。これらの現象の定量的データを得るためには,対象領域における微小な変化や環境相互作用の変動を観測可能な画像解析技術が必要となる。

調査方法紹介の図
図1 対象地における衛星センサーの1つのピクセルに含まれる土地被覆の情報とエンドメンバーのスペクトルライブラリー

スペクトルミクスチャー解析

 ミクセル問題を解決するために現在取り組んでいる画像解析方法は,スペクトルミクスチャー解析と呼ばれるものである(ミクセル分解,スペクトルアンミキシング等とも呼ばれている)。この方法は,衛星画像の1つのピクセルについて,それをピクセル中に存在するエンドメンバーの純粋なスペクトル情報(エンドメンバースペクトル)が複数混合されたものと考え,混合スペクトルを分解し各エンドメンバーの占有率を逆算するというものである。この解析を行えば,衛星データから,1つのピクセルに存在している各エンドメンバーの「占有面積」を求めることが可能となる。つまり,あるピクセルが,水田・住宅地・森林といった3種類のエンドメンバーによって構成されている場合,エンドメンバーの純粋なスペクトルをもとに衛星画像の混合スペクトルを分解することによって,水田・住宅地・森林がそれぞれピクセルの何パーセントを占めているのか計算できるのである。

エンドメンバーのスペクトルライブラリー

 スペクトルミクスチャー解析を行うためには,混合スペクトルに含まれる純粋なエンドメンバースペクトルを事前に取得しておく必要がある。このため現在,実際の解析対象地において各エンドメンバーのスペクトルを個別に収集し,スペクトルライブラリーとして整備している。

 現在,解析結果の検証サイトとしてつくば市を含む関東北部を対象としているため,エンドメンバーには,水田(イネ),畑(トウモロコシ・畑の土壌),建物・住宅(アスファルト・コンクリート),森林(広葉樹・針葉樹)を選択した。そしてフィールドスペックと呼ばれるスペクトル計を用い,地上計測によって個々のエンドメンバーのスペクトル測定を行ってスペクトルライブラリーとしている(図 c))。エンドメンバーの取得に関しては,今後季節変化への対応や他の解析対象への適用も考え,測定条件と項目を変えスペクトル計測を実施する予定である。

スペクトル計測用水田サイト

 解析対象領域において,エンドメンバースペクトルの季節変化の影響が最も大きいのは水田である。我々はこの水田のスペクトルを詳細に観測するために,所内の実験圃場にスペクトル測定専用の水田を設置し,イネ(コシヒカリ)を栽培している。この実験は,イネの成長(地上バイオマスの増加)過程や水田の湛水状態といった季節的な変化がスペクトルにどのように影響するのか把握することを目的としており,定期的(10~14日ごと)にスペクトル測定を行っている。得られたスペクトル情報は,スペクトルミクスチャー解析用の際,季節的に変化する水田のエンドメンバースペクトル情報として利用する。

 実験用水田では,スペクトル計測と同時にイネのサンプリングを行い,生体重量・バイオマス,葉面積を計測している。この目的は,測定されたスペクトル情報から葉面積指数を計算し,この指数と実際の葉の面積およびバイオマスとの関係式を求めることである。また,水田の水位変動を連日記録しており,その連続的な変化をもとにイネの各成長段階における水の要求量も算出している。これは,稲の成長過程における蒸発散量と成長量との関係を求め,最終的にはイネの収穫量とそれに必要とされる水分量の計算に用いるためのものである。

 今後はこの土地被覆観測技術を確立して統計データとの比較・検証を行った後,広域観測衛星センサー画像に適用し,より広範囲をモニタリングする予定である。(本研究に関しては亀山が中心となり,当研究所の王勤学さん,趙文径さん,陳晋さんらの協力の下,共同研究を進めています。)

(かめやま さとし,流域圏環境管理研究プロジェクト)

執筆者プロフィール

このコーナーの愛読者でしたので,ここは慎重に書いております・・・。大学入学以来「所属学部は山岳部」と擦り込まれて育ち,ドクター2年の'96JAC:K2遠征まで山登りを続けました(僕の指導教官は何を考えていたのでしょう)。その過程で,仲間との信頼関係と生涯で一番美味しい「水」に出会ったように思います。今もその二つを大切にしようと心がけています。