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ホーム > 刊行物 > 国立環境研究所ニュース > 16巻 > 6号 (1998年2月発行) > PCBの発癌性と遺伝子発現

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研究ノート
PCBの発癌性と遺伝子発現
松本  理

ポリ塩化ビフェニル(PCBs)はビフェニルの水素を塩素で置換した化合物の総称であり,日本では1968年に発生した油症事件の原因物質のひとつとして知られている。絶縁体や熱媒体などに広く使われていたが,その毒性と蓄積性が明らかとなり,日本では1972年以降一般に生産と使用が中止されている。PCB の中で,塩素原子がベンゼン環に結合している位置により扁平構造をとることが可能な異性体は,コプラナー PCB と呼ばれる。コプラナー PCB は毒性が強く,またマウスやラットの肝臓に対して発癌性を示す。コプラナーPCBには遺伝子に対する変異原性が認められず,発癌性は癌化を促進する作用によると考えられているが,その機構は充分には明らかになっていない。

さて遺伝子の発現とは,単純に言えば,細胞の中で DNA(デオキシリボ核酸)上に刻まれた遺伝情報が mRNA(メッセンジャー・リボ核酸)に転写され,さらにその情報を元にタンパク質が合成されるという一連の過程のスイッチがオンになっている状態と考えることができる。ある遺伝子(DNA)から mRNA への転写が起こるには,DNA のどこから読み始めるのかという場所,即ち転写開始点が指定されている。多くの場合,転写開始点から遺伝暗号が読まれる方向と反対側(これを上流側という)に転写を調節する領域が存在する。一般に,遺伝子の発現は DNA 中の調節領域の配列の一部に遺伝子発現を調節する役割のタンパク質が結合することによって引き起こされると考えられている。私たちは,PCB を作用させることによって特定の遺伝子が発現して普段は存在しないようなタンパク質が合成されてくるのではないかと考え,ラットの正常な肝臓の培養細胞を用いて調べたところ,強い毒性を持つコプラナー PCB である 33' 44' 5-ペンタクロロビフェニル(PenCB)が肝癌のマーカーのひとつであるグルタチオンS-トランスフェラーゼ−P(GST-P)という酵素の遺伝子を発現させることがわかった。GST-P は本来ならば正常なラットの肝臓には発現していない酵素である。この特異的な遺伝子発現の調節機構を調べるために,GST-P 遺伝子の調節領域と調べたい遺伝子の発現をモニターするためのレポーター遺伝子と呼ばれる別の遺伝子を結合したプラスミド DNA(細胞内で宿主の染色体とは別に自律的に複製される DNA 分子)をラットの肝臓の培養細胞に取り込ませた。GST-P の調節領域のレポーター遺伝子としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)という酵素の遺伝子を用いた。つまり,この場合は CAT の活性を測ることがGST-P の発現量を調べることになり,さらに GST-P の遺伝子に及ぼす PenCB の作用を調べることになる。

図1に示したような種々の長さの GST-P 遺伝子の調節領域(A, B, C)と CAT 遺伝子を結合したプラスミド DNA をラットの肝臓の培養細胞に取り込ませて,10−7 モル濃度(33 ng/ml)の PenCB を培養液中に加えて36時間細胞を培養したときの CAT の発現量を比較した(図2a)。PenCB による GST-Pの発現誘導には GST-P 遺伝子の上流側の調節領域にある GPEI(GST-P エンハンサー I)と呼ばれる約120塩基対(遺伝子の断片の長さは配列の塩基対の長さで表す)の領域が必要である可能性が示された。さらに GPEI 領域,またはその中心となる部分(38 塩基対)と CAT 遺伝子を結合したプラスミド DNA(図1のD,E)を導入した場合にも PenCB の暴露により CAT の発現量が増加し,この領域が必要であることが確認された(図2b)。GPEI 領域はラットの肝癌細胞においてマーカーである GST-Pの遺伝子が発現するのに必要な領域であることがすでに明らかにされている。ラットの正常細胞での PenCB による GST-P の発現と細胞の癌化との関連が注目される。

コプラナー PCB は,最近廃棄物焼却施設からの発生や環境汚染が問題となっているダイオキシン類(ポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(PCDD)及びポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の総称)と類似の構造を持つ化合物であり,その毒性や作用にはダイオキシン類と共通の機構があるのではないかと考えられている。生体に移行しやすく,使用が中止されてから20年以上が経過した現在もなお環境中に残留していることからも,今後ともその存在に注意する必要がある。GST-P の遺伝子発現の調節機構を解明することがコプラナー PCB の毒性発現機構の解明につながることを期待している。

(実験に用いたプラスミド DNA は大阪大学薬学部の今川正良先生よりご供与いただきました。)

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図1  GST−Pの調節領域とCAT遺伝子を結合したDNAの構造
bp : base pair(塩基対)核酸の塩基が対になったもの,ここではDNAの配列上の位置や断片の長さを表す単位として用いている。

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図2  GST−Pの調節領域を結合したCAT遺伝子を導入したラット培養肝細胞におけるコプラナーPCBによるCATの発現
CAT活性はAのDNAを導入した細胞にPenCBを暴露しない場合を100として表示。DNA A, B, C, D, Eの構造は図1に示した。
*有意水準5%,**有意水準1%でそれぞれ処理間に差が認められた。

(まつもと  みち,環境健康部病態機構研究室)


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