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マレーシアでの熱帯林研究プロジェクト

古川 昭雄

 マレーシアでの熱帯林研究プロジェクトも9年目になりました。まだまだ熱帯林で解明しなければならない課題は多いのですが,昨年の10月に奈良女子大学に移りました。今後も熱帯林の研究を継続していくつもりでおりますが,この機会にこれまでの熱帯林研究プロジェクトを振り返ってみることにします。

 最初の年(1990年)の8月,奥田君(国環研)と一緒にマレーシアの森林研究所(FRIM),農科大学(UPM)を訪問し,日本とマレーシアとの共同プロジェクトの可能性を打診したのが熱帯林プロジェクトの始まりでした。あくる年,森林総研からの2名の研究者と安野さん(元国環研),椿さん(国環研)と私の5名が具体的な研究内容を協議するために訪問しました。その年の3月,総勢20名の団体で試験地を選定するためのツアーが組まれました。 FRIMは,この団体のためにマイクロバスを提供してくれました。さらに,2名の研究者が説明役として FRIM から来てくれました。私はツアーコンダクターとして呼び子を持って(旗までは持っていきませんでしたが)集合の合図に使ったものです。

 最初にマレーシアを訪問した時,FRIMの研究者がパソーの森林保護区を案内してくれました。森林の中を歩いていると,はるか上のほうから鳥のさえずりだけが,地面ではアリの行列や枯葉が見られるばかりでした。熱帯林の木は高く,その葉は真っ黒にしか見えず,どんな大きさの葉なのかさえもわかりませんでした。そこで,これはタワーを建てて熱帯林の上に出るしかないなと思いました。その後,プロジェクト関係者やFRIMの研究者と相談をして,パソーに樹冠回廊なるものを建設しました。この樹冠回廊は,高さ30mの2本のタワーと,当初は40mで後から52mにした1本のタワーが一辺20mの正三角形に配置されており,高さ30mの所で3本のタワーを回廊で結んでいます。そのため,さしずめ樹冠の上を歩いているような気分になります。最初の構想では,毎年1本づつタワーを増やし,最終的には正六角形の樹冠回廊にするつもりでしたが,色々な事情があって,現在でも正三角形のままです。それでも,この樹冠回廊を使って多くの研究者が成果を挙げています。気象屋さんはもちろんのこと,鳥屋さん,私のような光合成屋さんなど,また,多くの見学に来る人達に喜ばれています。

 7年以上にわたるプロジェクトの中で,一昨年,初めて一斉開花が見られ,プロジェクト関係者は皆興奮したものです。一斉開花とは,東南アジアの熱帯林でしか見られない極めて特殊な現象で,分類学上の科も異なる植物が一斉に開花する現象です。4月頃に様々な木が花を付け,樹冠回廊から見おろすと,まるでお花畑のような様相でした。そして,8月頃には実を付け,今までに見たことのないような猿や鳥やリスが実を食べにやってきました。熱帯の鳥は非常にカラフルで,赤い鳥や青い鳥,小さな鳥や鷹まですぐ傍までやってきます。本当に鳥の種類は豊富で,私のような専門外の人間が光合成を測りながら気分転換に見ているのは,とても心が和むものでした。回廊から手の届くところの木にも実がなり,割ってみると食べられる所は少なかったですが甘く,FRIMの研究者がこんなものは町では売っていない,俺も初めて食べたと喜んでいました。その時,我々から数十mしか離れていない木の枝に猿が座ってうまそうに我々が食べていた実よりも大きな実を食べていました。こっちにも一つぐらい投げてくれてもよさそうなものなのになと思いながら猿が木の実を食べているのを写真に撮っていました。

 成った実は地面に落ちて芽を出し,場所によっては芽生えが絨毯を敷いたように所狭しと生えていました。チャンスとばかりに,こんな木の実を集めてUPMの圃場に植え込み,樹種の多様な熱帯環境林を再生させるのだと研究を開始したのは一昨年の12月でした。もう1年が経ちますが,かなり面白いデータが出てきており,あと10年は試験地を確保してどんな熱帯林になるのか予測したいと思っています。今は講義もなく,学生も一人もいませんので,あれやこれやとマレーシアでの熱帯林の研究に思いを巡らせている日々です。

(ふるかわ あきお,奈良女子大学理学部教授)

執筆者プロフィール:

1997年10月,国立環境研究所から奈良女子大学に赴任しました。大学の仕事は,地球環境生物学分野の研究と教育です。今後も熱帯林研究を行いたいと思っています。
〈趣味〉絵画