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環境問題の今昔−環境科学会10周年にあたり−

日本分析センター会長 不破 敬一郎

不破 敬一郎の写真

 環境科学会が10周年を迎えた。学会の前身であった文部省・環境科学特別研究は,国立公害研究所の発足,活動開始と前後して昭和52年に始まった。環境科学という語を科研費の項目として初めて用いるのであるから,初期の運営委員会では,言葉の定義,研究の目標などが論じられた。“自然と調和のとれた人間社会を作り出すこと”を終局の目標とすることに誰も反対をしなかった。当時から20年経過して,国連のリオ・デ・ジャネイロ宣言,国内の環境基本法の制定があり,公害問題が地球環境問題へと移行した現在においても,同じ環境と開発の調和が究極の目標として唱えられているのは,当然のことながら興味深い。言い方は,“持続可能な開発(Sustainable Development)”となったが,自然保護と人間活動のいずれをどの程度重んじるか,または近代の人類が地球上で知恵に任せていかに横暴になったかをどの程度反省するかにより,解釈の仕方がまちまちであることも変化がないようである。良い環境の追求は人間の幸福の追求と同義であるから,これからも永久に続く命題である。

 国立公害研究所も国立環境研究所と名称が変わり,研究内容もかなり変化した。地球環境問題に対する研究者の興味と課題が,国際対応を必要とする国の行政にそのまま有用となったのが顕著な変化である。オゾンの観測,CFCs の動きと処理,二酸化炭素の収支検討などいずれも好例である。行政の役に立つ研究は,もちろん重要であり,範囲が拡大したのであるから,目的研究などと言わずに,国のやるべき事業と位置付けて強力に実行されるような機構が必要なのではないかと思う。研究所はその事業の基盤となる基礎研究を行えばよく,例えば,大気の主成分である窒素・酸素の正確な測定と分布,長期気候変動を支配するミランコビッチの仮説の再吟味,純粋なダイオキシン類異性体の合成と毒性の再検討,超ウラン元素の環境モニタリング,食品生産技術の生化学的新手法の開発,「良い環境」・「人間の幸福」の条件と定義,等々が思い浮かぶ。

 温暖化防止京都会議において婦人グループが日本古来の風呂敷の効用を宣伝している記事があった。古着古道具を徹底的に修理循環して使い,宗教的畏敬をもって森林を保全し,寺小屋により基礎教育を普及させ,制限された人口と経済の中で,歌舞伎,能,浮世絵など独特な庶民文化を発展させた江戸鎖国時代は,最近とみに小さく有限閉鎖的となった地球上の人類の進路に,重要で興味深い示唆を与えるものではないであろうか。

(ふわ けいいちろう)

執筆者プロフィール:

無機・分析化学専攻。(元)国立環境研究所所長,東京大学名誉教授,国連大学顧問,1996年より(財)日本分析センターにおいて放射能の環境モニタリングに従事。