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中国の砂漠植物の塩性環境への適応

研究ノート

戸部 和夫

 我々は,中国の乾燥地域に生育する植物種約20種の種子を現地で採取し,それらをもとにこれらの植物を所内の温室で栽培して特性を調べるほか,種子の発芽特性の試験を行っている。ここでは,研究対象とした地域の一つであるジュンガル盆地南部に生育する植物に関し,研究の現況を報告する。この地域では,気候の乾燥とともに土壌の塩性化が著しく,各種の耐塩性をもつ植物が生育している。

 ジュンガル盆地南部の南北方向の地形断面図を図1に示す。この地域では,天山山脈から流出する雨水や雪解け水が山麓部で地下に流入し,この地下水に岩石中の鉱物が塩として溶け込む。ついで,この地下水は,地下水面が土壌表面と近接する区域から大気中に蒸発し,その結果,地下水に溶けていた塩類がこれら区域の地表面に残留し,土壌が塩性化する。この地域では,山麓からの距離により,明確な植物相の相違が認められる。すなわち,土壌が弱度に塩性化した区域(図1(1))では「琵琶柴(ピパチャイ)」等の Reaumuria 属の半潅木が群生し,土壌が強度に塩性化した区域(図1(2))では「塩穂木(イェンスイム)」や「里海塩爪爪(リハイイェンツォツォ)」(ともに半潅木)の群落が見られるとともに「梭梭(スオスオ)」(潅木)等がまばらに生育している。また,非塩性の砂地である区域(図1(3))には「梭梭」や「白梭梭(バイスオスオ)」(潅木)が群生している。

 まず,我々は,上に挙げた植物種に対し,種子の発芽段階での塩適応性を調べた。その結果,上記5植物種はすべて発芽段階で高い塩適応性をもつことがわかった。一例として,「里海塩爪爪」と「白梭梭」の塩性条件下での種子の発芽特性を図2に示す。ここで注目すべきは,非塩性の地域のみに生育する「白梭梭」が,強塩性の地域のみに生育する「里海塩爪爪」に比べ,強度の塩性条件下でも高い発芽率を保っており,海水と同程度の塩濃度下でも50%以上の発芽率を示していることである。結果として,発芽段階での塩適応性は,これらの植物種の分布の限定要因とはなっていないものと推測された。

 さらに,現在は,これらの植物を異なる NaCl濃度をもつ水耕液を用いて栽培し,各植物種の生育段階での塩適応性を調べている。現在までに得られた結果から,「琵琶柴」と「梭梭」では,それぞれ,0.3 mol/l および0.5 mol/l までの塩濃度下で十分に生育可能であることがわかっている。また,「塩穂木」は,0.23 mol/l 前後の塩条件が最も生育に有利であり,1.0 mol/l の塩濃度下でも十分に生育できた。非塩性土壌に生育する多くの植物では,0.1 mol/l 程度の塩濃度下で枯死するか生長が極端に抑制されるとの従来の研究結果と対比すると,これらの植物種は高い塩適応性をもつことが分かる。現在の段階では,上に挙げた植物種全てに対して塩性条件下での生育特性を調べ終わっているわけではないが,これらの植物種の生育地の土壌中塩濃度と生育段階での塩適応性との間には関連性があるように思える。塩性条件下で高い発芽率を示す「白梭梭」が非塩性の地域のみに分布しているのは,生育段階での塩耐性が弱いためなのか,あるいは,その他の環境要因(土壌特性,地下水位の高さ等)の影響によるのかは今後検討を要するところである。我々は,今後,これらの植物種の特性をより詳細に調べ,生育地での各植物種の分布がどのように決定づけられているかを明らかにしたいと考えている。

断面図
図1 ジュンガル盆地南部の南北方向の地形断面図
発芽率と濃度のグラフ
図2 NaCl濃度の異なる水溶液に「里海塩爪爪」(●)と「白梭梭」(○)の種子を接触した際の種子の発芽率

(とべ かずお,生物圏環境部環境植物研究室)

執筆者プロフィール:

2年半前から中国の砂漠植物の研究を担当することとなりました。昨年中国に行く機会があり,現地の状況を見ることができたのが研究を進めるうえで有益でした。