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形而上から環境を考える

佛教大学教授 溝口 次夫

 佛教大学は,昨年,正面玄関の「大馬鹿門」騒ぎがあり,テレビ,新聞等のマス・メディアに報道されたので,ご存知の方もおられると思うが,まず,大学と周辺の紹介をさせて戴く。佛教大学は京都の西北に位置し,法然上人開祖による浄土宗の教義を教学精神とする大学で,総本山知恩院のほかに清浄華院などいくつかの大本山をもっている。東京では徳川家の菩提寺である芝,増上寺が有名である。学生は1学年約1,500人,文科系3学部10学科から構成されており,大学院を入れても総数6,500人程度である。僧侶になる人はそのうち3%程度で,その他は一般の学生であり,女子学生は約3割を占めている。大学のすぐ東に臨済宗の本山大徳寺があり,北には10分程歩くと本阿弥光悦が開いた光悦寺がある。西には約1kmのところに金閣寺がある。周辺は史跡に富んだ名勝の地である。

 では,本論に入る。21世紀以降,地球環境問題はますます深刻になると考えられているが,形而上学からのアプローチなくしては解決ができないと考えている有識者が増えている。

 「人間はあらゆる自然の恵みによって生を得ているのであり,それを踏まえて人として歩むべき道,いかに生きるべきかを考える」のが佛教の教えである。環境問題を形而上からアプローチするというのは正に,その教えに基づいたものである。人間がより豊かな生活,より便利な生活を求めて活動している結果が,環境を悪くしている。それらに対処するために,これまで,自然科学および社会科学領域から環境保全のための研究が行われてきた。これからも,これらの研究はさらに重要である。しかし,これらだけでは,また,従来の考え方では地球環境問題の中には解決できない現象が起きているのも事実である。それらを解決するためには,哲学,宗教など人の精神的な面からの教育が重要である。すなわち,環境倫理観の確立,価値観の見直し,豊かさの認識の変革,自然の恩恵の認識などを踏まえて環境へアプローチすることが必要である。

 スウェーデンの哲学者,アルネ・ネスは環境問題へのアプローチを次の2つに分けている。1つは環境問題を具体的,実戦的レベルで解決しようとするもので,従来からの自然科学,社会科学からのアプローチを指している。もう1つは環境問題をもっと人間の精神的,内面的レベルで考えるもので,人文科学,形而上学からのアプローチを言っている。彼は前者を Shallow Ecology,後者を Deep Ecology と名付け,環境問題の根本的な解決には Deep Ecology が主流になるべきであると述べている。また,「これからの環境問題の解決は宗教がその道を開く」と述べている識者もいる。

 佛教大学は通信教育部をもっているので全国に多くの学生を有している。通信教育のスクーリングのために年に何回か地方で講義を担当している。今年5月に高知市でのスクーリングに出かけた。学校が手配してくれる正規の交通手段は関西国際空港から高知空港まで飛行機で行くことであった。しかし,私は新幹線と在来線を乗り継いで,瀬戸大橋を渡ってJRで高知駅へ行った。時間的にはほとんど変わらない。1人当りのCO2排出量はJRは飛行機の約1/10 と計算されている。実際には私が乗っても,乗らなくても飛行機は飛んでいるのであるから変わらない。しかし,こういう考え方を常にもつことが大切であると考える。

 環境に対する倫理観,新しい価値観を定着させるには長い年月が必要であろう。現在,大学で人文科学の立場から環境論を講義しているが,先日,講義の後で「物質的な豊かさと精神的な豊かさとは別ものではないですか」と質問された。その学生を納得させるだけの教理をまだもっていなかった。

 法然上人の御詞を常に心に刻んで,形而上からの環境教育を進めていくつもりである。

「智者のふるまひをせずして,ただ一向に念佛すべし」

(みぞぐち つぐお)

執筆者プロフィール:

佛教大学社会学部社会学科教授,重慶医科大学名誉教授,工学博士。1974〜1992年まで国立公害研究所(現:国立環境研究所)研究企画官,計測技術部および地球環境研究グループに所属,1992〜1995まで国立公衆衛生院,1995年から現職。