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発光法による高感度塩素検出器の開発

研究ノート

猪俣 敏

 1996年,南極のオゾンホールは過去最大級となり,その大きさは南極大陸の面積の1.8倍に拡大したと報告された。このような成層圏オゾン破壊の原因として考えられているのがハロゲン原子,特に塩素原子の関わる気相反応であり,その前駆体の一つは塩素分子(Cl2)であろうと推測されている。「南極極夜に-80℃以下の低温度条件で形成される極成層圏雲の表面上で,不均一反応(1)および(2)

 ClONO2+HCl→Cl2+HNO3   (1)

 HOCl+HCl→Cl2+H2O     (2)

が進み,塩素分子が大気中に放出され,蓄積される。春になって大気に光が当たりはじめると,蓄積されていた塩素分子は波長300〜400nmの紫外光で光分解して塩素原子を放出して,オゾン破壊を加速的に起こす。」これが南極オゾンホール形成のメカニズムと考えられているが,塩素分子の放出に関してはフィールド観測においても室内実験においてもこれまでに確かめられていない。オゾンに対して活性な塩素原子の放出機構を解明するうえで,その前駆体と考えられている塩素分子の直接検出は必須である。しかし光吸収法では低濃度の塩素分子の検出は困難であるため,これまで1010分子/cm3以下程度の塩素分子を直接測定するのに有効な手段がなかった。そこで我々の研究室では塩素分子の発光を利用した高感度検出器を新しく開発し,リアルタイムでの塩素分子の測定を試みた。

 塩素分子にクリプトン(Kr)ランプの波長123.6nmの光を照射すると波長123.6〜210nmに強い発光が見られた(図(a))。そこに窒素を加えるとこれらの発光はほぼすべて257nm付近の波長領域に集中することがわかった(図(b))。一方,酸素を加えただけではこのような発光のシフトははっきりとは現れず,ただ酸素の Schumann-Runge帯(略SRB:波長137〜204nm領域)による吸収のみが見られた(図(c))。大気中には窒素は豊富にあるため塩素の発光は波長257nm付近に集中することが予想され,この257nmの波長領域の光は酸素による強い吸収(前述のSRB)を受けずに検出することができる。また発光法を用いることでリアルタイムでの塩素検出が可能となる。

発光スペクトルの図
図 塩素分子にクリプトンランプの光を照射した時の紫外域での塩素分子の発光スペクトル
(a)塩素のみの場合,(b) (a)に窒素(N2)を加えた場合,(c) (a)に酸素(O2)を加えた場合。(1気圧=760Torr)

 検出器はガラス製のセルにクリプトンランプ(マイクロ波放電(2450MHz))を取り付け,塩素分子からの発光の検出には低圧水銀灯(波長253.7nm)用のフィルターと可視光(波長400nm以上)に感度の無い光電子増倍管を組み合わせて用いた。

 大気をサンプリングする場合の問題点の一つは,クリプトンランプの光が酸素分子によって吸収され強度が低下することであるが,波長123.6nmは「大気の窓」と呼ばれる波長領域に位置し,酸素の強い吸収を免れている。塩素分子の257nm付近での発光は0.2気圧の大気下で最大となったため,測定はセル内の全圧0.2気圧の条件下で行なった。また,もう一つの問題点は他の分子からの干渉作用である。大気中に塩素分子よりも多量に存在する亜酸化窒素(N2O),二酸化窒素(NO2)にクリプトンランプを照射すると励起状態の一酸化窒素(NO)からの発光が波長領域200〜300nmに見られたが,0.2気圧の大気下では酸素分子との衝突によって励起状態が緩和され,発光は無くなった。その他の分子についても検討したが影響はほとんど無いことが確認できた。これらの実験によって,この検出器は大気中の塩素分子を選択的に測定することに優れていることが示された。

 検出器の感度測定から,塩素分子の量と257nm付近の発光のシグナルとの間には広い濃度領域(0〜100ppmv)で直線性が見られ,また現在検出限界として10ppbv(約1011分子/cm3)程度の塩素分子のリアルタイムでの検出に成功している。しかし例えば南極の極夜での塩素分子の量は1ppbv程度以下と予想されるので,フィールド観測用にはさらなる感度の向上が今後の課題である。

(いのまた さとし,大気圏環境部大気反応研究室)