ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

地球環境研究のブレイクスルーはどこに?

論評

井上 元

 当所が国立環境研究所として発足した当時は年齢も意欲も若々しかった研究者が,今振り返って最適であったかどうかはともかくとして,将来を見据えた方向付けを行い,当時描いた姿を10年程度でほぼ実現したのではないかと思う。その後,停滞の時期を経て組織改革を経験して国立環境研究所となったわけであるが,白紙に絵を描くのと違って様々な矛盾を内包しての再出発であった。その後5年近く経て研究所のチェック&レビューが行われている折りでもあり,日頃感じている問題点を述べさせていただく。

 研究所の発足当時は大型施設中心の研究とそれを支える基礎研究の2本の柱で,大きな投資が行われ,それに対応した研究費をまかなう特別研究が徐々に立ち上がっていった。これと比較してみると組織改革時には地球環境研究という新たな分野に対しては,地球環境研究センターのスーパーコンピュータとモニタリング・ステーションという大型施設(?)の他には研究を支援する新たな施設やプラットフォームはなく,地球環境研究総合推進費という運営経費のみであった。これが今でも引きずっている問題点の一つである。

 研究所の発足当時は「公害を起こしている環境を実験室に純粋な形で再現し,その素過程を研究する基礎研究と合わせて,モデル化していく」というのが共通の方法論であった。地球環境研究はその時間的・空間的スケールが極めて大きく,大気圏・生物圏・水圏などの相互作用が本質的であるという点でフィールド研究が重要であり,室内実験は限定的な役割でしかない。もちろん地域環境研究でもフィールド研究は重要な要素であったが,地方自治体の精力的な観測もあったため,国立環境研究所では室内実験に重点を置いたと理解している。現在,シベリア,マレーシア,東アジア,西・北太平洋などで温暖化,森林・野生生物,酸性雨,海洋の研究がそれぞれ精力的に行われているが,研究条件は劣悪で手放しで喜べないのが現状である。シベリアの航空機観測や民間の輸送船を利用した観測は,独自の観測プラットフォームがない中で生み出した方式であり,少ない経費を有効に利用して良い成果を出しつつある。だが安定で使いやすいプラットフォームとは言い難く,レベルの高い研究に発展させるには環境研独自のものが是非欲しいところである。

 海外でのフィールド研究には膨大な事務的な仕事がある。適切なカウンターパートの発掘に始まり,計画の合意書の作成,詳細な計画の詰め,物資の輸送と外国出張,現地での物資の調達や輸送,生活の確保,現場での工事等々である。すでに様子の分かっている西側先進国で研究するのと異なり,ロシアや東南アジアでは人々の考え方,社会の仕組みを理解することから始めなくてはならない。現在,研究者が(場合によっては1人で)この仕事を行っているが,これは組織的な研究ではなくゲリラである。ゲリラのように現地に溶け込めば少人数でも可能かもしれないが,予算書・各種の会議・報告書に追いまくられるのが研究者のもう一つの現実の姿であり,家族を見捨てて長期に海外に出かけるわけにも行かない。西欧や米国の研究グループは,研究者だけでなく総務・会計の担当者も含めた予備調査団を派遣するのが普通であるが,多忙を極める研究所のスタッフに頼むわけにも行かない。能力のある実務者を擁する民間機関にこの仕事を依頼するには予算は大幅に不足である。

 サイエンスの方では,この分野に大きく舵を切ってからいまだ日が浅いとは言え,残念ながら環境研が開発した独自の測定装置,外国の観測計画に是非と参加を求められるような実績がほとんどないところに弱点がある。小さい工夫は豊富にあるのだが,新テーマを切り開く力には欠ける。民間の機器メーカーが開発した最新鋭の機器をそろえるのではなく,研究者が独創性を発揮して他の追随を許さない機器を開発して研究成果を出すのが,研究の醍醐味の一つである。ところが現在のように忙しい状態では将来可能になるかと言われても自信がないのが正直なところである。決して焦る必要はないが戦略を持って取り組んで行かなければならない課題である。

 現在は,若い研究者を続々採用できた発足時とは大きく異なり,つくばのある研究所が最近の新規採用のほとんどを地球環境の分野につぎ込んでいるのと対照的だという批判もある。層が薄いどころか広い研究分野に点在しているのでは力が発揮できないのは明白なのだが,予算の仕組みは分野を分散させる方向性を持っているようである。

 こうしてみると現在の地球環境の研究者は「精いっぱい頑張っている」が,このままでは「将来大きく育つという確信が持てない」と言わざるを得ない。どこにブレイクスルーを見いだすことができるのか,所内の合意形成も含めて大きな課題である。この数年,研究企画官室・大気圏環境部・地球環境研究グループ・地球環境研究センターと関係組織を渡り歩いた経験を生かして,上席研究官として上記の問題解決に貢献できればと考えている。

(いのうえ げん,大気圏環境部上席研究官)


執筆者プロフィール:

シベリアと飛行機の井上と呼ばれているが,元々は大気化学・物理化学が専門。