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2019年9月30日

アジアの持続可能な発展に貢献する

Interview研究者に聞く

 気候変動によって引き起こされる洪水や干ばつなどの自然災害は、世界の社会や経済に大きな影響を与えると予測されています。こうした問題は世界の温室効果ガス排出量の増加が原因です。なかでもアジアでは経済の発展とともに温室効果ガスの排出量が急増しており、緊急の対策が求められています。

 国立環境研究所では、1990年から温室効果ガス排出量の予測や対策、影響を評価するための統合評価モデル「アジア太平洋統合評価モデル(AIM:Asia-Pacific Integrated Model)」の開発に取り組み、アジアの国々と協力して発展させてきました。さらに、AIMを通じて人材を育成し、アジアの持続可能な発展に貢献しています。

研究者の写真:増井 利彦
増井 利彦(ますい としひこ)
社会環境システム研究センター
(統合環境経済研究室)室長
研究者の写真:花岡 達也
花岡 達也(はなおか たつや)
社会環境システム研究センター
(統合環境経済研究室)主任研究員

エネルギー需要から気候変動の影響まで多様な将来像を評価する

Q:AIMとは何ですか。

増井:AIMは、社会、経済活動から温室効果ガスの排出や蓄積、気温上昇など環境の変化や気候変動による影響を分析するためのコンピュータシミュレーションモデルの総称です。国立環境研究所が中心になって開発してきました。このモデルは、気候変動の問題に対する政策などの評価や大気汚染など他の環境問題の分析にも使われています。

Q:いつから開発しているのですか。

増井:1990年からです。国立環境研究所と京都大学の5人の研究者が中心になり、将来は地球温暖化対策にこのようなモデルが重要になるだろうと始められました。当時、通産省(現在の経産省)も地球温暖化対策を検討していましたが、エネルギーを作る側の取り組みが中心でした。そこで私たち環境庁(現在の環境省)の研究機関としては、交通や家庭などエネルギーを使う側の取り組みが重要と考え、こうした活動に焦点をあてた需要モデルをつくることになりました。

 AIMが注目されるようになったのは1997年に京都で開催されたCOP3(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議、京都会議)です。このCOP3で、2010年までの温室効果ガス削減量の目標を定めるためにAIMが使われました。まだモデルが政策にどのように使えるか、政策決定者にあまり理解されていなかったので、AIMの計算結果をもとに議論するのはかなり大変だったようです(「研究をめぐって」参照)。

Q:お二人がAIMの開発や研究に携わったのはいつからですか。

増井:1993年に学生インターンとして国立環境研究所の故森田恒幸先生にお世話になり、AIMの開発の様子を拝見しました。学位取得後、1998年に国立環境研究所に入所してからAIMの開発や改良に取り組んでいます。AIMは温室効果ガス排出やその影響の評価に関する様々なモデルから構成されるのですが、私はその中の経済モデル(コラム4参照)の開発やそのモデルを使った評価を研究しています。

花岡:私は2004年に入所してから、AIMに取り組み、おもにエネルギーを中心としたエンドユースモデル(コラム3参照)を担当しています。増井さんの経済活動を評価する経済モデルと私の技術を評価するエンドユースモデルは、補完しあっています。この二つのモデルをAIMの軸として、さらに環境省やNGOなどのステークホルダーのニーズにあわせて様々なモデルを開発しています。

時代やニーズにあわせた身近なモデル

Q:どんなニーズがあるのですか。

花岡:時代によって変わります。以前は地球温暖化や大気汚染などの評価が多かったのですが、国連でSDGs(持続可能な開発目標)が採択された後は、水や食糧など持続可能な開発の評価に向けたニーズが増えています。

増井:SDGsには、環境や社会、経済に関わる目標が取り上げられており、それらの課題に対する分析にも取り組んでいます。SDGsの目標を達成するために、私たちがどのようなことをすればよいかをモデルを使って計算し、その結果を示すことが、新たなライフスタイルの提案につながることを期待しています。

Q:モデルというと難しそうですが、意外に身近なものなんですね。

増井:そうなんです。AIMが身近なことを多くの人に知ってもらいたいですね。

花岡:私が研究しているモデルでは、どんな自動車に乗っているか、どんな家電機器を使っているか、など身近な情報が重要です。技術の選択は、エネルギーの使用量や温室効果ガスの排出量にかかわりますからね。ただ、いろいろな技術を加味していくと、モデルがどんどん複雑になるので、どこまで簡略化するのかを決めることがむずかしいです。簡略化すると社会全体を把握しやすくなるのですが、簡略化しすぎると専門家にとっては物足りないモデルになります。また、詳細なデータによる複雑なモデルは長期予測には向かないので簡略化の程度が重要です。

Q:技術の進歩は気になりますか。

花岡:はい。たとえば、電気自動車を普及させて、ガソリン車やディーゼル車の利用を減らそうとする世界各国の政策の行方や、その場合に充電設備やバッテリーのための資源が足りるのか、などが気になります。技術は進歩し、どんどん変化していくので、その時代の技術に合わせたAIMの改良が必要です。

自主性を重視する

Q:アジア各国と共同でAIMに取り組んでいるのはなぜですか。

地域別CO2排出量の増加のグラフ
図3 世界のCO2排出量の増加

増井:AIMの特徴はアジアに注目し、各国の研究機関とのネットワークにもとづいているところです。私たちは、AIMをアジア各国に提供し、将来のシナリオづくりや気候変動政策に役立ててもらうようにしてきました。AIMの開発が始まったころから、将来アジア諸国では、経済発展が進むと二酸化炭素の排出量も急増すると考え、アジア地域をカバーするモデルづくりを進めてきました(図3)。

 これまでの欧米によるアジア支援は、アジアの国々にデータを集めてもらい、先進国のコンサルタントがデータを解析することが一般的でした。でもそれでは、現地の人材は育たず、解析のノウハウも残らないので、ずっと先進国の支援に頼らざるをえません。将来の温室効果ガスの排出量の推計や将来予測などは途上国自身が行い、温暖化対策につなげることが重要です。そこで、そのためのツールを提供し、現地の研究者と一緒に議論することが各国の発展や温暖化対策に貢献すると私たちは考えています。特に、パリ協定では、自国の排出削減目標の見直しや長期戦略の策定など、途上国自らが取り組むことの重要性が増しています。

花岡:自主性を重視するのは、自分たちで取り組めば関心が高まり、長く続けてもらえると思うからです。各国の研究者は自国の状況に応じてAIMを改良し、計算します。とはいえ、モデルを入手したからといって、すぐにそれを使えるわけではありません。そこで、モデルの改良や分析ができるように、AIM国際ワークショップを毎年開くとともに、人材を育成するためのAIMトレーニングワークショップを行っています。

Q:気を付けていることはありますか。

第1回AIM国際ワークショップの集合写真
第24回AIM国際ワークショップの集合写真
図7 AIM国際ワークショップ
上段:第1回AIM国際ワークショップ(1996年2月1日) 下段:第24回AIM国際ワークショップ(2018年11月5-6日) 1995年度から国立環境研究所で毎年開催している国際ワークショップ。アジアの研究者を招へいし、各国の成果を共有するとともに、今後の共同研究について議論しています。開始当時は20名足らずの参加者でしたが、現在では80名を超え、若手研究者のためのポスターセッションも設けています。これまでのワークショップはhttp://www-iam.nies.go.jp/aim/aim_workshop/index_j.htmlを参照して下さい。

花岡:なるべくそれぞれの国の人が自主的にモデルを使えるようにすることです。一方で、この分野は政治的な議論に関わることもありますので、政治に関してはできるだけ中立的な立場で進めるように説明し、指導しています。

増井:1995年度からAIM国際ワークショップを、2002年度からはトレーニングワークショップも毎年行っています(図7)。当初は、アジアの方々を日本に呼んでトレーニングをすることが多かったのですが、近年では私たちが現地に赴き、ワークショップを行っています。日本に来るとなると人数が限られますが、現地ではたくさんの人が参加してくれます。

各国の状況に合わせたトレーニング

Q:トレーニングはどのような工夫をしていますか。

増井:現地の人が使えるように、また現地のパソコンでも使えるようにAIMを開発してきました。現地のニーズに合うようインターフェイス(入出力画面)も改良しています。

花岡:アジアの国々では予算に制限があるので、高額なソフトやデータ、計算機などを使ってAIMを開発すると、普及しにくくなります。現地のニーズに合わせて簡略化することが重要です。

増井:近年ではパソコンの性能が高くなり以前よりずいぶんやりやすくなりました。トレーニングの内容も参加者に合わせて変えています。初心者や行政に関わる人向けには、AIMの概要を一通り説明し、プログラミングなどには深く触れません。中級、上級者にはより専門的に、目的に合わせてプログラミングも含めてトレーニングします。トレーニングの目的をあまり理解していない参加者には、関心を持ってもらうようにやり方を考えます。

花岡:英語が不得手な参加者の中にはどの程度理解しているのか、教えている側にはよくわからない方もいるので、トレーニングが役立っているのか不安になることがあります。

増井:その点、現地でのトレーニングワークショップでは、参加者たちがその国の言語でもコミュニケーションできるので安心です。お互いに教えたり、確認したりしているので、たとえ英語がわからなくても学ぶことができます。英語が苦手でもプログラミングなど特定の専門分野が得意な人がいる場合は、専門的な内容も議論できます。

Q:どんな苦労がありますか。

増井:必要なデータを集めることに苦労します。日本はたくさんの統計データがそろっていますが、アジアの国々では目的のデータがあまり集まらないことがあります。

花岡:集めたデータを使って計算したら、ほかの計算結果と全然あわないこともあるので、データ入手の制約に応じて計算方法を改良することも考えます。そのためにも、現地の人々とのコミュニケーションが大事です。

Q:国によってデータは違うんですか。

増井:はい。ブータンは小さい国ですがしっかりした統計データがあります。一方、中国は多くのデータがあっても、解析に必要な肝心なデータを外国人は入手できないことがあります。国によって様々な事情があるので、そこは現地の人にまかせるしかないですね。

花岡:中国では全土を網羅するモデルをつくってきましたが、中国は国土が広く地域ごとに社会経済の状況や得られるデータに違いがあります。そこで、省別や南北あるいは沿岸・内陸など地域や経済状況などの特徴を考慮したモデルになるように改良してきました。このように、中国やインドなどではAIMをもとに独自のモデルを開発しています。ただ、地域のデータを国全体で集計すると、合計値は国の統計値と一致しないといった問題が生じ、その調整作業が必要です。

広がるネットワーク

Q:アジアからたくさんの研究者がきていますね。

増井:トレーニングワークショップのほか、アジアの若手研究者を特別研究員(ポスドク)として受け入れています。トレーニングを受けた学生が自国で学位取得後、国立環境研究所に来る場合もあれば、日本の大学院に留学して、学位取得後にAIMに参加する場合もあります。また、日本に留学した大学院生をリサーチアシスタントとして受け入れ、研究してもらう場合もあります。これもAIMを通した人材育成のひとつです。

花岡:1993年にはじめて受け入れた外国人研究者は韓国出身で、国際共同研究を開始した20年前に最初に来たのは中国とインドの研究者でした(下部参照)。これらの方もいまは、母国に戻って脱炭素社会の実現に向けた対策に関わる研究者として活躍されています。また、来日した研究者が母国に戻って研究を続け、今度は教え子である若手研究者を派遣してくれる場合もあります。

増井:来日した研究者に母国でも研究を続けてもらうことは個々の事情で難しい場合もありましたが、ようやくよい循環ができて、ネットワークが広がってきました。種をまいて実がなるのと同じで、種をまき続けているという感じですね。

花岡:ポスドクの受け入れでは、自身の持っているデータや知識に合わせて研究できるように工夫しています。せっかく日本でトレーニングを受けたのに母国に戻って研究をやめてしまう事例が続くと、受け入れる私たちの研究も途切れてしまいます。でも、最近では研究者が育ち、少しずつ成果が見られ、やってきてよかったと感じます。人材の育成には時間がかかるので、あせらずにやっていこうと思います。

増井:人材育成は長い目でみることが必要ですが、外部から研究資金を得たプロジェクトでは短期間に成果を求められるものもあるのでジレンマがあります。

これからも長く続けていきたい

Q:AIMのトレーニングに関わる日本人の職員は何人くらいですか。

増井:所内の職員は私たちのほか5人です。所内のポスドクや所外でAIMの開発に関わる人数もあわせると30人くらいですが、スタッフは足りないですね。

花岡:AIMが関わる分野は範囲が広いので、みんなで分担しながら進めています。日本人スタッフが足りないので、ポスドクやリサーチアシスタントにも手伝ってもらっています。

Q:20年やってきて、変化はありましたか。

増井:トレーニングを受ける人々は、年々知識が豊富になり、意識も高くなっています。ただ、受け入れる日本のほうでは、相変わらず手続きが煩雑で苦労しています。今後、書類を英文にするなどの工夫が必要です。また国によって宗教や食事など個別事情への対応が大変でした。最近では、留学生が増えたおかげでコミュニティができているようで、独自に情報交換し、各自で対応するようになっています。

花岡:海外のある研究室では、以前にトレーニングを受けた人のテキストが引き継がれていて、その研究室から来る学生はすでに熱心にテキストを読んでくれていました。テキストが研究室で引き継がれて使われていることを聞くと嬉しくなります。

増井:トレーニングを積み重ねるごとに、テキストはどんどん改良されています。最終的には、講義を受けなくても、テキストを読んだだけでAIMが使えるようにしていきたいですね。

Q:今後人材育成をどのように進めていきたいですか。

増井:これからも、気候変動に取り組むための勉強をするなら国立環境研究所に行きたいと言われたいです。そのためにも、私たちはつねにこの分野のトップランナーでいるように努力する必要があります。また、これまで長い間人材育成に取り組んできたおかげで生まれた好循環を維持していきたいです。長く続けて、人のつながりを大切にしたいですね。

花岡:人材育成を続けてきて、時代の流れを感じます。これまでは気候変動に対する意識の低かった国も今では関心が高まり、将来の目標を立てるようになりました。それに従ってSDGsなど新たなAIMへのニーズが生まれています。これからも、研究や人材育成を通して、アジアの持続可能な発展に貢献していきたいです。

Rahul Pandeyさんの写真
Rahul Pandeyさん
(インドからのポスドク1期生)

 1998年に国立環境研究所に3ヵ月間滞在し、AIMを使った研究をしました。インドに帰国後も日本との共同研究を続け、何度か日本に来ています。現在は南インドのバンガロールで、経営・環境などに関するアセスメントの会社を経営しています。今回は夏休みを利用してソフトウェアの改良をするためにやって来ました。

 ポスドクのときは技術を吸収しようとたくさん仕事をし、いろいろな経験ができました。AIMはよいシステムですし、AIMを使った研究を通してよい協力関係ができています。アジアの持続可能な発展に向けて、これからも協力していきたいです。

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