熱ストレス、熱中症に関する研究動向
2003年夏のヨーロッパの熱波を契機に、世界中で熱波を始め異常気象による健康影響に関する研究が盛んになっています。各地で起きた健康被害の実態の報告と併せて健康被害を未然に防止するための早期警戒システムの開発が進んでいます。
世界では
世界では、2003 年夏のヨーロッパの熱波をきっかけに、異常気象、特に熱波による健康影響(疾病、死亡)に関する研究が急増しています。Web of Science によれば、2003年以前は年間10件前後であった熱波と死亡に関する論文が、2004年以降年間30件を 超えるようになっています。研究内容は、熱波到来時の超過死亡(平年の同時期の死亡数を超える死亡)や 医療機関受診者について検討したものが多く、高温に曝露されることにより、高齢者や基礎疾患を持つ人々が発病したり、循環器疾患など様々な原因で死亡すると考えられています。ファンデントーレン(2005)によれば、フランスでは2003年8 月1 日〜 20 日の超過死亡(同期間2000 〜 02年平均との比較)は 14,802人で、超過割合(超過死亡数/平年死亡数) は、全体で+60%、70歳以上が+70%(45 〜 74歳は+30%)、全年齢を通して女性が男性より15 〜 20%高率、パリ及びその郊外で+142%と特に深刻であった、ことが報告されています。
フランスでは直後に2 つの症例・対照研究が計画・ 実施されました。1 つは自宅に居住する高齢者を対象 に、もう1つは養護施設に入居する高齢者を対象に、 個人のリスク要因(ライフスタイル、 既往歴、自立度、医学的状態、薬の服用、など)と環境要因(居住環境、 介護要員の質と数、設備状況、など)を、 明らかにすることを目的としたものです。同時に、熱波に並行して起きたと想定される光化学汚染(オゾン)の影響、さらには熱波後のハーベスティング(熱波により病弱な人の死期が早まり、結果、その後の死亡数が減少し、 トータルとしての死亡数はあまり変化しないこと)についても併せて解明す ることを目的としています。その結果、超過死亡の大きかった都市ではオゾンの寄与は小さく、 また熱波後3週間に限って見るとハーベスティングは観察されなかったことが報告されています。
2004 年3 月にはWHO ヨーロッパの主催で、「異常気象、気候イベントに対する公衆衛生対策」と題する国際会議が開催され、その後相次いでヨーロッパ各国で、熱波に対する行動計画が策定されました。熱波の影響を明らかにする研究と同時に、熱波の影響を未 然に防ぐためのシステム(熱波警報システム)構築が始まっています。そこでは、熱波の襲来を事前に予測し、 一般市民へ警報を発すると共に、高齢者や有病者、貧困者など弱者へ必要な対策を講じることが検討されて います。
日本では
日本では、古くから籾山らにより気温と疾病に関する研究が行われてきましたが、寒冷地方における冬季の脳血管系疾患死亡などが主たる研究対象で、熱中症を 始めとする熱ストレスに関する研究はかならずしも多くはありませんでした。熱中症を直接対象とした研究としては、1990 年代半ばに田村ら、入来らにより救急搬送記録を利用した研究が行われ、特定地域における熱中症の実態と発症の閾値や熱中症が急増する気温などが報告されています。その後、星ら(2007)による温度指標についての検討(日最高気温よりもWBGT の方がより適切な指標である)、横山ら(2007)による全国の県庁所在地の消防局を対象とした調査(各地 とも気温が高くなるにつれて熱中症患者発生率が上昇するが、高温(約34℃)になると地域差が大きくなる) などが報告されています。また、三宅ら(2008)は、 日本救急医学会が2006年に全国の救命救急センター及び日本救急医学会指導医指定医療施設を対象に実施 した熱中症患者実態調査に基づいて、熱中症患者の臨床所見を含む詳細な特徴について報告しています。
その他、中井ら(1996)、星ら(2004)による インターネット・新聞記事を資料とした研究やNakai ら (1999)、星ら(2002)による人口動態統計を利用 した研究も報告されています。いずれも、公表資料に基づくものですが、熱中症の実態(性別、年齢別の特 徴)のほか、年ごとの死亡率と全国主要都市の最高気温とが相関する、ことなどが報告されています。
熱中症の実態把握、原因究明と併せて、様々な熱中症予防のための対策がとられ始めています。環境省で は、保健師など保健活動に指導的にかかわっている人々や一般市民に、熱中症についての新しい科学的知見や関連情報を紹介するために「熱中症環境保健マニュアル」を作成・公表しています。さらに、国立環境研究所と共同で熱中症予防情報の提供を行っています。6月から9月の間毎日、全都道府県を対象に、当日及び翌日の3時間ごとの暑さ指数を国立環境研究所のホームページから発信し、熱中症への注意を呼びかけています。地方自治体においても、滋賀県草津市が2004年に市内の高校で体育祭中に16人の熱中症患者を出 したことをきっかけに、2005年全国初の熱中症予防条例を施行し、暑さ指数が警戒レベルになると防災無線や携帯電話のメールなどで市民に注意を呼びかけています。同様の動きは、岐阜県多治見市、埼玉県熊谷市、 東京都町田市などに拡がっています。
救急搬送記録を利用した熱中症患者の実態調査も本格化し、国立環境研究所による全国政令指定都市を対象とした調査(2003年〜)、消防庁による全都道府県を対象とした調査(2007年〜)が行われています。
国立環境研究所では
国立環境研究所における熱中症並びに熱ストレスに関する研究は、環境省地球環境研究総合推進費がスタートした1990年代に入って本格的に始められました。安藤、田村らによる東京都、南京市、武漢市 (中国)における熱中症患者に関する疫学調査、並び に、安藤、山元らによる高温環境が動物に与える病理 組織学的、生理・生化学的影響を明らかにするための実験研究が開始されました。東京及び中国における熱中症に関する疫学調査においては、熱中症患者発生と日最高気温・日平均気温との強い関連性、熱中症発生 の閾値(平均気温が数日連続して32℃を超える猛暑の第一波に多発する)並びに生理・生化学的及び社会的適応(再度の猛暑では、第一波に比べて熱中症患者発生が少なくなる)が存在する可能性を指摘しています。また2002年、兜らにより、全国数地区で、夏季の家屋内外及び個人曝露温度調査が行われ、一般環境温度と個人曝露温度の関係、及びルームエアコン使用の効果などが検討されました。
その後、2003年より全国規模での熱中症患者調査を実施しています。東京都、政令指定都市、滋賀県草津市では救急搬送患者について、沖縄県では県内主 要医療機関受診患者について、情報収集を行っています。2007年からは東京都及び全17政令指定都市、 沖縄県、滋賀県草津市を対象に熱中症患者情報を定期的に(原則毎週1回)収集し、熱中症患者の実態を明らかにすると共に、熱中症発生のリスク要因(気象 要因、年齢を始めとする個人要因、屋内・屋外での作業や運動など社会的要因、など)の解明に取り組んでいます。また、このようにして集められた熱中症患者情報は、熱中症予防情報の一環として研究所のホームページ「熱中症患者速報」で5月から9月の間公表しています。
熱波と死亡に関する論文の推移

