ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

「全国の干潟の類型化と生態系評価に関する研究」の概要

Summary

 HGMアプローチという水文地形学に基づく手法と,底質・水の特徴,栄養条件等の項目を調査した結果により,全国の干潟を分類,類型化しました。この研究を基に,干潟の生態系機能を評価するJHGMモデルを構築し,はじめて統一的な方法で干潟生態系の持つ共通性や特異性などを明らかにしました。 米国で開発されたHGMモデルは地形や水の供給源などいくつかの項目によって対象地を分類し,迅速に対象地の生態系機能を相対的に評価する手法です。しかし,この手法は陸域の湿地を主な対象にしており,感潮域に属する干潟への適用事例はほとんどありません。そこで全国の代表的な干潟を調査し,この手法が干潟にも適用できるか検証するとともに,調査した干潟を分類,類型化しました。

調査地と調査方法

 調査対象に選んだ干潟は,北海道(春国岱,風蓮湖,琵琶瀬川河口),東京湾(西三番瀬,谷津,富津),伊勢湾(藤前,南知多奥田),有明海(田古里川河口,七浦),沖縄県(石垣島網張,西表島古見,西表島干立)の計13カ所です。調査は1999年の5月29日~8月12日に第1回,6月28日~9月10日に第2回を実施しました。

 調査項目は生態系機能を示す40項目(表1)です。

生態系機能の指標としての調査項目の表

分類・類型化

 まず調査対象とした13の干潟を水文地形学的な特徴で分類しました。

 (1)河口より陸側に位置する「河口域干潟」には琵琶瀬川河口と田古里川河口,(2)海の一部が砂嘴や砂州によって仕切られた半隔離水界である「潟湖干潟」には石垣島網張,谷津,風蓮,(3)残りの8つの干潟はすべて「前浜干潟」に分類されました。さらに主要な水の供給源が海である潟湖干潟と前浜干潟はそれぞれ,付近に大きな川があるかないかで分類しました。これらをまとめると,表2にあるように日本の干潟は地形的特徴と水の供給様式によって5つに分類されました。

 次に生態系機能の指標となる40項目を用い,互いに類似性の強いものを集めてそれぞれをグループ化(図4)しながら,主成分分析手法を用いて13の干潟を分類,類型化しました(図5)。それらの背後にある共通の決定要因は何かということを考察したところ,もっとも重要な決定要因は塩分濃度に代表される海水と淡水の供給状況,および含泥率や鉱物組成に代表される底質の状況,第2に重要なのは底質の有機物量やリン,アンモニアに代表されるような流入負荷の状況であることがわかりました。これらから干潟の生態系機能は,主要な水の供給源が海,陸のどちらであるかということと水および堆積物の栄養レベルを利用して分類できるということがわかりました。

調査地の水文地形学的な分類結果の表
表2 調査地の水文地形学的な分類結果
調査項目を類似性の強いものどおし集め整理した結果の図
図4 調査項目を類似性の強いものどおし集め整理した結果
生態系機能による干潟の分類結果の図
図5 生態系機能による干潟の分類結果

HGMアプローチからJHGMへ

 水文地形学的な分類と生態系機能による分類を比較しました。七浦は水文地形学的分類では前浜干潟のB1に区分されていますが,図5からもわかるように生態系機能からみると琵琶瀬川河口と田古里川河口(E)といった河口域干潟と類似しています。これは,七浦が多くの河川を内包する有明海湾奥に位置しており,数kmから数十km離れている河川の影響を受けている影響だと考えられます。

 また伊勢湾奥の藤前は水文地形的分類では前浜干潟のB2に区分されていますが,数百mで隣接する河川の影響を受けているため,大きな河川に隣接する潟湖干潟と似た生態系機能を持っていました。ただし潟湖干潟であっても,外洋に隣接した風蓮湖や谷津干潟は前浜干潟に近い機能を持っています。

 このように干潟の水文地形学的な分類は,生態系機能による分類によって結果が補正されることもわかりました。

 したがって干潟生態系は,まず地形クラス・サブクラスで分類した後,塩分濃度などを用いて水の供給様式を推定し,底泥の有機物量や含水率を用いて富栄養化している干潟かどうかで分類するという方法をとれば,定性的な生態系機能の推測ができることがわかりました。

 もちろん実際に干潟の環境改変や新たに干潟を創造する場合には,その地域の水文地形学的な特徴に一致した複数の干潟とさまざまな生態系機能(栄養塩の蓄積,有機物の生産,分解など)を比較し,また対象となる干潟の地域特性に配慮した調査を行う必要があります。本研究ではHGMモデルをベースにした類型化研究を基に,日本の干潟の特異性を取り込んだJHGMモデルの構築を行いました。全国の干潟をはじめて統一的な方法で比較検討した結果,干潟生態系の持つ共通性や特異性などの全体像を明らかにできました。