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研究者に聞く

Interview

研究者の写真
畠山 史郎(写真左)
大気圏環境研究領域 大気反応研究室長

村野 健太郎(写真右)
大気圏環境研究領域 酸性雨研究チーム総合研究官

 東アジアの広域大気汚染である酸性雨問題に取り組む村野健太郎さん,畠山史郎さんに研究のねらい,成果などをお聞きしました。現在,村野さんは研究全体の統括を,畠山さんは中国での航空機観測を中心に東アジアの酸性雨問題の研究を続けています。

研究の動機について

  • Q:酸性雨というと,森林が枯れたり,屋外にある仏像が錆でくすんだようになる原因ではないかといわれていたことが記憶にあります。またドイツの森林が枯死したことや北欧の湖が酸性化して魚が死滅した原因が酸性雨らしいということで大きな話題にもなりました。そのため一般の関心も高く,「酸性雨」という名前は浸透しています。最近はあまり話題になることは少ないと思いますが,実際,酸性雨問題は今どうなっているのでしょうか。
    村野:日本では1970年代に,首都圏で梅雨期の霧雨により「目が痛い」などの被害が起きたことが,酸性雨問題の発端でした。しかし日本で本格的に酸性雨問題に取り組んだのは,1983年に環境庁が酸性雨モニタリングを始めたときだと思います。もう20年前のことです。それ以前は,主に地方自治体の研究機関の人たちが独自に調査し,酸性の雨が降っていることはわかっていました。できたばかりの国立公害研究所(現国立環境研究所)では,光化学スモッグなどガス状や粒子状の大気汚染物質の生成機構などが主な研究課題で,大気汚染の越境問題,これには酸性雨も含まれますが,そうした問題に焦点が当てられたのはその後です。

     私は首都圏から長野県まで大気汚染物質が輸送される調査などを行っていました。酸性雨に関わったのは1980年頃から始めた赤城山の酸性霧の調査が発端でした。しかし,当時の研究所の酸性雨に対する取組みは充実したものではありませんでした。

     国立公害研究所が国立環境研究所に名称変更され,環境庁の地球環境研究総合推進費による研究が始まった1990年,初めて酸性雨研究チームができ,全面的に取り組む体制ができました。その中で,私たちは広域大気汚染に関して航空機観測,地上観測を行い,さらにはモデル開発や発生源インベントリーの整備などと,大気系のことに関してほぼ全面的に研究を展開してきています。

     さて質問の酸性雨問題はどうなっているかですが,端的にいいますと現在も解決していないというのが答えです。70年代に首都圏で起きたような人への直接的被害こそありませんが,窒素酸化物濃度は減っていません。酸性雨の影響のメカニズムに関しても,とくに森林などでははっきりしていないのです。

     ところで,酸性雨と一言でいっても,その内容はかなり複雑です。まず酸性雨を狭義に「雨」と定義すると,「pH5.6以下の雨」となります。しかし現在は,酸性のガス状物質(二酸化硫黄(SO2),窒素酸化物(NOX)など)と粒子状物質(硫酸粒子など),酸化性物質であるオゾンや過酸化水素なども含み,大気汚染物質全体の問題を酸性雨問題と捉えています。これが広義の意味での酸性雨です。かつては酸性の雨だけを対象にしていた時期もありましたが,対象の広がりもあり,酸性雨問題は幅広い環境問題として進行中です。
  • Q:畠山さんはどう捉えていらっしゃいますか。
    畠山:酸性雨は字の通りに解釈すれば,雨の中に酸性の物質が溶けてそれが降ってくることです。では,その酸性物質が「どこでできるのか」「どこから流れてくるのか」,私自身はそれが一番興味の中心で研究を始めました。人間が出した大気汚染物質が,ガスとして,それから粒子状の物質としても悪影響を及ぼします。さらに雨に溶けて降った場合にもいろいろな環境問題を引き起こします。人間活動に由来する大気汚染物質がもたらす環境問題,それが酸性雨問題なんだと考えています。もちろん雨だけではなく広く捉えてます。
  • Q:その幅広い酸性雨問題が新たな展開を見せているようですね。
    村野:はい,東アジア地域で燃料の70%以上を石炭に頼る中国が,現在たいへんな勢いで経済発展を進めています。しかし環境対策はなかなか追いついていません。その中国が今後も経済発展を遂げ,そして環境対策が進まないとすると,日本への影響は大きいと予測されます。国立環境研究所の温暖化研究プロジェクトで開発しているAIM(環境儀2号で取り上げたアジア太平洋地域における温暖化対策統合評価モデル)によるSO2発生量の予測を見ると(図1),将来のアジア太平洋におけるSO2の発生量の増加は,他の地域に比べて際立っています。その意味でも,酸性雨を始めとする広域大気汚染問題は終わっていませんし,今後も研究を続けなければならないテーマだと思います。
図1 化石燃料使用量の増加によるSO2発生量の予測(AIMより)

アジア大陸からの影響

  • Q:日本における酸性雨の影響は,発生源地域に比べればかなり少ないと思います。しかし,今後の東アジア地域での経済発展を考えると非常に大きな影響も考えられますが。
    村野:中国を含む東アジアで大気汚染物質が増えるであろうことは,だれでも予測できます。では,その影響が日本にくるかといえば,それはわかりません。ですから調べる必要があるのです。環境省による酸性雨の全国調査でも日本海側に酸の負荷量が多い。つまり日本海側の観測地点で年平均のpHが低く,また人為的起源の硫酸イオンの沈着量が冬季にはとくに多いのです。ということはアジア大陸から酸性物質がきていることを示唆しています。それは,航空機観測やモデルでも証明されています。

     次にそのことが生態系にどのような影響を与えるかを解明しなければなりません。そのためには詳細な調査や実験が必要です。さらにもう一つは蓄積効果があるかどうかです。毎年毎年酸性雨が降り,その蓄積が土壌などに対してどのような影響を及ぼすのか。ただし,1〜2年という短期の土壌モニタリングでは簡単には分かりません。10年あるいは20年を超えるような,非常に長いスパンでの測定が必要となります。

研究について

  • Q:研究は1990年から始まり,今回は広域大気汚染の実態を解明するために,発生源インベントリーや航空機観測,それから酸性雨長距離輸送モデルの研究を行い,最終的にはソース・リセプターマトリックスの研究へと進んでいますが,まず研究の流れからお願いします。
    村野:研究が始まって数年は観測がほとんどでした。日本中あちこち走り回って地上観測を行い,さまざまなガスやエアロゾルを採取・分析しました。

     その結果,冬季に高濃度の大気汚染物質が観測されることがわかったのです。しかし,いくら一生懸命やっても,観測だけではすべてを説明することができません。そこで,「酸性雨長距離輸送モデル」を開発しました。モデルがあれば大気汚染物質が長距離を移動していく様子をきちんと説明できます。幸いなことに,モデルは観測データと整合性があり,完成度が高いことがわかりました。モデルにはインプットする情報としての発生源インベントリーが必要です。これも作成しました。

     現在は,ソース・リセプターマトリックスの研究を主に行っています。

発生源インベントリーと航空機観測について

  • Q:発生源インベントリーとモデルとの関係は。
    村野:私たちが使用するのは,酸性雨長距離輸送モデルです。これは,酸性雨の元となる物質が輸送される様子を表わすモデルで,発生源データと大気の移動データが必要です。発生源で何がどれだけ出ているか,それをはっきりしておくことによりモデルの信頼性を確保することができます。
  • Q:発生源インベントリーは,たとえば日本では工場・事業所の発生源モニタリングにより,どのくらいの量が発生しているか,という個々のデータに基づいて作り上げていくのだと思いますが,中国ではどうだったのですか。
    村野:日本の場合はそれができますが,中国でそのようなデータを入手することはなかなかたいへんです。ですから人口,車の数などから推定しました。

     また,個々の工場の発生量はわかりませんから,工場に関しては規模と数から推定します。たとえばセメント工場の場合,どの場所にどの規模の工場があるか調べます。一方,年間生産量当たり何㎏のSO2,NO2が出るという発生係数があります。それらを掛けて発生源インベントリーを作ります。こうした手法はヨーロッパなどでも使われています。
  • Q:計算された発生源インベントリーはある程度地域ごとにわかるのですか。
    村野:たとえば百キロ四方のグリッドに分ける場合は,日本を例にすると,東京都の燃料使用量を調べ,次に川崎市,というように大きな地域ごとにまとめていきます。明らかに地域がわかる工場は,そのグリッドの中に振り分け,人間から出るものであれば,人口比や車の所有台数で分配するなどしてグリッド別に作っていきます。今回の場合は,経緯度0.5度ずつのグリッドですから,日本の周辺ではおよそ45km×55kmで分けています。
  • Q:次に航空機観測についてお聞きします。航空機観測は,ある高さの大気を採取し分析するのでしょうが,その意義を教えて下さい。
    畠山:航空機観測のデータについて,たとえば硫黄化合物でいえば,SO2と硫酸塩の両方を測りそれぞれに含まれる硫黄(S)の比を調べます。SO2は輸送中徐々に酸化され硫酸となります。つまり,SO2の比が高ければ発生源にかなり近い汚染物質ということになり,逆に硫酸性のSの濃度が高ければ,酸化が進んできていることから長距離輸送されていることがわかります。

     日本海の隠岐島周辺で測った空気(1992年11月)は,当時韓国で大気汚染がひどかった影響でSO2の濃度が高かったのです(図2)。東シナ海の九州の西側で測ると(1994年12月),SO2濃度がかなり低くて一見きれいなように見えます(図3)。しかし東シナ海では硫酸塩濃度は高いのです。これは北京など大規模発生源からきたものが,渤海湾,黄海,東シナ海と流れてくる間に酸化が進み,見かけ上のSO2濃度は下がったものの,変化した硫酸塩濃度は上昇したたためです。そのためSO42ー/SO2の比を見ると大きな値となっていて(図4右),この値が小さい隠岐島付近の日本海(図4左)とは対照的でした。

     一方,日本海側の秋田県沖で測ったときには,風上側のロシアに汚染物質の大規模発生源がありませんので,非常にきれいな空気がきています。このように輸送経路によって大気汚染物質がどのくらいあり,どういう変化を起こしているかが航空機観測でわかります。

     さて,情報収集能力の高い航空機観測を中国でも行いましたが,その時の第一印象は,「確かに高濃度だなあ」でした。上海近くの泗礁島では150ppb近いSO2が観測されたことがあります。

     現在,観測は上海周辺の沿岸域と上海から武漢,重慶と内陸に入って行っています。データはまだそろっていませんが,これで中国の縦横を測ったことになります。それらを比較すると,内陸から海岸域へかけてどのような変化が起きているのかがつかめると思います。発生源インベントリーにも結びつくような発生源近傍での汚染物質の濃度比がつかめるとともに,大規模発生源である中国の汚染物質の分布に関する貴重な情報が得られると考えています。
図2 1992年11月12日に隠岐島西方日本海で観測された大気汚染物質の濃度
出雲空港を出発して近海のB地点から高度約3000mで北上し,沖合(A地点)で高度を約2500mに下げて引き返す。B地点で高度を1000mに下げて再び北上し,A地点で再度高度を500mにして引き返した。各高度では約30分ずつ飛行した。
図3 1994年12月14日に屋久島西方東シナ海で観測された大気汚染物質の濃度
鹿児島空港を出発して薩摩半島南東(C地点)から高度約2600mで南下し,屋久島南西沖(D地点)で高度を約1300mに下げて引き返す。C地点で再度高度を900mに下げて再び南下し,D地点で再度高度を450mに下げて引き返した。各高度では約30分ずつ飛行した。
図4
図4 SO42ー/SO2
1992年のデータではSO42ーがSO2の半分くらいしかありません。

黄砂との関連

  • Q:環境儀8号では黄砂を取り上げました。そこでは北京あたりから出た大気汚染物質が黄砂の中のカルシウム成分によって中和されていました。酸性雨と黄砂との関係はいかがですか。
    畠山:中国の北部の雨はpHでいえば7やそれ以上だったりします。しかし,その雨が汚染されていないかといえば決してそんなことはないのです。SO42ーの濃度からいえば重慶などとそんなに変わりません。つまり,溶け込んでいる酸性物質はたくさんあって汚染されているのですが,同時に土壌由来のアルカリ性の物質も溶けているので酸性にはなりません。簡単にいえば,真水も食塩水もpHは7ぐらいですが,中身は全然違うのと同じです。ですから,酸性雨の問題はpHだけではわかりません。

     図5は2001年3月21日の航空機観測データですが,まさにこの日に黄砂がきていました。粒子状物質を調べると,11時40分頃に済州島の南で大粒子のピークがきています。これはPM10級の大きな粒子です。一方,PM2.5の粒子を見ると,12時20分頃に九州近くでピークがあります。同時に測っているイオン成分の濃度を見ると,PM10のピークと一致してカルシウムの濃度が非常に高いのです。ここで観測されたPM10は主に黄砂ということがわかります。それに対してPM2.5は硫黄を中心とした人為的な汚染物質を含んだ粒子であることがわかります。

     つまり,これらは同じ気流に乗って運ばれるものの,中国奥地で発生した黄砂が沿岸の汚染地帯で発生する汚染物質を追いかけていく流れになっているのです。21日に杉本さん(環境儀8号に登場)が長崎でライダーを使った連続観測を行いましたが,黄砂粒子はまだ降りてきていませんでした。翌22日に黄砂が観測されました。
図5 2001年3月21日に福江島西方東シナ海で観測されたエアロゾルの濃度

東アジアの今後

  • Q:東アジアの中でも中国は,今後の広域大気汚染問題を左右する重要な存在だと思いますが。
    畠山:過去の中国政府は「確かに中国は大量の酸性雨原因物質を放出しているが,そのほとんどは中国国内に降下しており,他国まで輸送されていないはずである」でした。そういう立場の国と話をするためには,「こちら側にもきているのではないか」という推測ではだめで,科学的なデータを蓄積する必要があったのです。このため私たちは雨の観測をずっと続けていますし,実際に汚染物質が海を渡っていることを証明するため,モデルを使ってきちんと科学的知見を押さえたデータを発表してきました。

     その積み重ねが功を奏したのかも知れません。最近は中国もトーンが変わってきています。朱鎔基前首相も「砂塵や酸性雨などが国境を越える問題である」との認識を示しています。共通認識ができれば,本格的な東アジアの大気汚染対策の道も広がってくると思います。環境省の主導によるEANET(東アジア酸性雨モニタリングネットワーク)が本格的に開始され,東アジア各国の環境に対する認識もかなり変化してきたところです。私たちが長年続けてきた中国や韓国との科学面からの協力関係が行政を動かした面もあります。これらの地道な積み重ねもあって,これまでは考えることもできなかった中国での航空機による大気汚染観測の日中共同研究を進められるようになりました。東アジアの環境問題の実態解明と対策はまさにこれからです。
  • Q:ありがとうございました。

メモ

  • 発生源インベントリー
    どのような大気汚染物質が,どこでどのくらい発生しているのかを示します。今回の研究では,東アジア地域においてSOx,NOxなどの大気汚染物質の発生量を調べ,発生量マップを作成しました。
  • ソース・リセプターマトリックス
    ある国のある地域で発生した大気汚染物質が,大気中を化学反応を起こしながら輸送されてどこの地域へどのくらい沈着(降下)するかを表わします。
  • PM10とPM2.5
     PM10は粒径10μm(0.01mm)以下の粒子で,自然界では火山の噴煙など,人為的には工場の排煙やディーゼル自動車の排ガスなどが発生源です。大気中に長時間滞留するため浮遊粒子状物質(SPM:suspended particulate matter)ともいわれています。PM2.5は,PM10の中でも2.5μm(0.0025mm)以下の微小粒子をいいます。肺に沈着する割合が高く発がん性など有害成分も多いといわれています。