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研究者に聞く

Interview

研究者の写真
近藤 美則
PM2.5・DEP研究プロジェクト
交通公害防止研究チーム
主任研究員

 電気自動車の開発や自動車の環境効率評価などの研究に取り組んでいる近藤美則さんに、研究のねらいや成果と持続可能な交通の実現に向けた課題や方策についてお聞きしました。

自動車と環境問題

  • Q:研究についてお聞きする前に,自動車の抱える環境問題をどのようにごらんになっているのかお聞かせ下さい。
    近藤:自動車は都市部の大気汚染や騒音,石油の大量消費による地球温暖化などさまざま環境問題を引き起こしています。これらについては多くの人が問題意識を持っていますが,自動車は減るどころかむしろ増えているのが現状です。

     では,どうすれば自動車の環境問題を解決できるかというと,一つは自動車1台1台から出る環境負荷をできるだけ小さくすることです。たとえば電気自動車などが一つの例で,このような低公害車の開発をより一層進め,それを普及させることが重要です。

     もう一つは自動車に代わる電車やバスなど公共交通の整備です。できるだけ自動車に乗らなくてもよい交通システムづくりが必要だと思います。これは環境問題だけでなく,すぐ先にくる高齢化社会とも関わってくる課題です。

電気自動車の開発

  • Q:今お話しされた電気自動車,画期的なものを作られたそうですが,その開発に取り組むきっかけを教えてください。
    近藤:初めにお断りしますが,私はこの電気自動車の開発に初めから関わっていたわけではありません。この研究は,1994年当時国立環境研究所地域環境研究グループ・交通公害防止研究チームに在籍していた清水浩さん(現慶応義塾大学教授)が中心になって行っていた「環境保全に対応した陸上移動媒体(エコビークル)に関する基礎研究」の一環として進められていまして,私は途中参加です。ですから,開発に関する多くの部分は清水さんの考えです。それを私なりに解釈してお話しすることになります。

     さて,自動車をめぐる環境問題は先ほども申し上げましたようにたくさんありますが,私たちが目をつけたのは窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)などの大気汚染対策です。自動車排ガスが原因といわれる大気汚染は非常に局所的で,健康影響などの被害も沿道が中心です。この対策としては元を絶つことがもっとも効果的です。そこで排ガスをできるだけ出さない自動車は何かということで,排ガスゼロの電気自動車の開発にたどりついたわけです。
  • Q:でも電気自動車というと,スピードなどの運転性能や一充電走行距離など,普通の自動車に比べかなり性能が劣るという印象がありますが。
    近藤:これまで市販された電気自動車は,加速性能が劣ることや最高速度の低さ,長い距離を走れないなどの問題がありました。しかしその大きな理由は,当時の電気自動車が既存車の改造車という域を出ていなかったからです。既存の市販車の駆動系などのパーツをほとんど使い,そのエンジンをモータに代えて新たに電池をつける,という方式では限界があります。またそれ以前に,電気自動車にはするどい加速やきびきびした走りはいらないという考えがあって,電池やモータも容量が小さいものが使われていました。
  • Q:そうした問題点は克服できましたか。
    近藤:新しい乗り物にふさわしい作り方があるのではないかということで,コンセプトと技術を新たに検討し直して,電気自動車「ルシオール」としてゼロから開発に取り組みました。私たちが開発したルシオールは動力が電気になった自動車ではないのです。まさに「電気自動車」という新しい乗り物です。
ルシオール
  • Q:実際に開発してみて思いどおりの電気自動車ができましたか。
    近藤:ほぼできたと思います。開発の中で画期的なことは,モータを後輪の中に組み込むインホイールモータシステムを採用したことです。さらにモータの出力も大きくし,車体形状も空気抵抗の小さなものにしたこともあって,最高速度や加速性能も普通の乗用車なみ,電気自動車としては高性能と高効率を実現できたのです。

     車体が小さいので走行安定性に不安がありましたが,重量のある電池を床下に置くなどの工夫により,同クラスの軽自動車に比べ重心の位置が1/3ほど下がり,旋回時の安定性などもよくなりました。

     ルシオールはそのほかにも優れた特徴を持っています。これは電気自動車全般にもいえることですが,騒音の点でも優れています。普通の自動車のエンジンは回転数が上がると非常に大きな音を発生しますが,モータを使う電気自動車ではモータそのものによって騒音が問題になることはありません。

     また電気自動車はエネルギー源が多様です。電気は化石燃料だけでなく太陽光や風力,バイオマスからも作ることができます。逆にガソリン車やディーゼル車は化石燃料がなくなれば,新たに多くの費用とエネルギーを投入して類似の燃料を作らない限り走れません。今はまだ膨大な量の化石燃料があるため既存の自動車に優位性がありますが,将来的にはガソリン車の優位性は続かないでしょう。
表1 ルシオール性能諸元

電気自動車の普及に向けて

  • Q:高性能の電気自動車ができても,それが普及していかなければ環境への効果はありません。そもそも電気自動車へのニーズはどの程度あるのですか。
    近藤:開発から6年が経過しましたが,この間に2,3年かけてルシオールに対する反応を聞き,どうしたら社会的に受け入れられるかを調査しました。

     まずは研究所を訪れる方々に試乗してもらい,乗る前と乗った後での印象や,購入したいかどうかなどを聞きました。また全国各地で開かれていた低公害車フェアなどの環境関連のイベントに貸し出したり,国内だけでなく諸外国の方々にも知ってもらおうとIEVS(欧州,アジア,北米の順にほぼ毎年開催される国際電気自動車シンポジウム)などに持ちこみ,同じように意見を聞きました。
  • Q:その反応はいかがでしたか。
    近藤:試乗前は,加速性能や航続性能でエンジン自動車に劣っていて実用的ではないという印象を持っていた人がほとんどでした。しかし試乗後は多くの人が考えを改めたようです。とくに加速のよさには驚いていました。性能だけでなくスタイルもよいという評価も多かったですね。
  • Q:購入したいという意見はいかがでしたか。
    近藤:7〜8割です。そう回答してくれた人には「いくらなら買いますか」という質問をしたんですが,ほぼ半分の人が100万円,1万ドル前後なら買うという答えでした。
  • Q:サイズや価格から考えると,日本では軽自動車クラスがライバルになりますね。
    近藤:そうですね。ルシオールには2台目,3台目の購入者向けという開発コンセプトがあります。たとえば郊外の住宅に住み,家から駅までの通勤や子どもの送迎,買い物など日常の移動に使うことを想定しています。ですから電池の容量などもそれに合わせて決めています。
  • Q:先ほど100万円前後なら買いたいという意見が多いとお聞きしましたが,実際この値段で販売できるのですか。
    近藤:駆動系やバッテリーなど部分ごとにメーカーに量産時の価格をたずね,それを積み上げると,年間10万台の生産でこの値段で販売できます。
  • Q:環境性能と100万円前後という値段を考えれば量産化されてもおかしくないと思うのですが。
    近藤:年間10万台というと売れ筋の自動車よりも若干少ない程度で,ヒット車の部類に入ります。販売目標としてはかなり厳しいですね。新しい設備投資も必要ですから,これまでのガソリン車を作るよりもリスクが伴います。そうしたリスクを冒してまで魅力ある商品にはなり得なかったのかなと思います。
  • Q:自動車メーカーにその気がないと普及どころではないですね。最近は燃料電池自動車という強力なライバルもあります。電気自動車は今後どうなってしまうのでしょう。生き残る道はあるのでしょうか。
    近藤:燃料電池自動車についてはすでに何台か導入されているようですが,普及にはまだ数段の技術革新とコスト削減が必要です。本格的な普及には少なくとも20年はかかるといわれています。

     一方,電気自動車はもっと早く実用になる可能性があります。私たちが1999年度までに実施した研究の中で,電気自動車の代替可能性について推定したことがあります。これは1997年度に(財)石油産業活性化センターが関東近県を対象に,自動車1回の利用でどのくらいの距離を走行するかなどを調べた利用実態調査を基にしたものです。

     それによるとルシオール程度の性能があれば,乗用車と自家用の軽トラックのほとんどすべてを代替できる可能性があることがわかりました。具体的にいえば推定の対象となった約1,760万台のうちの1,522万台,なんと86%に当たります。ただし,利用目的まで厳密に考慮すると,この評価は多少違ってくると思います。

     これは自動車に乗る人なら実感としてわかると思いますが,日常の生活で自動車に乗る距離は非常に短いですね。一日に何百kmも走るのは稀なケースです。ですから,家と駅の往復や買い物といった日常生活では電気自動車,長距離を移動する場合は電車やバスといった使い分けをするようになれば,普及する可能性は十分にあると思います。
  • Q:可能性があるのはわかるのですが,エンジン自動車の代替という位置づけでは先が見えないような気がします。
    近藤:エンジン自動車の代わりではなくて,別の乗り物だという発想の転換が必要だと思います。一つの移動手段としてみれば,乗員がせいぜい2〜3人,乗っても一日に数十kmであれば電気自動車で十分なわけですから。

     ところで電気自動車の可能性という意味では,最近面白い動きが出てきました。おもちゃのクルマなどを作っている玩具メーカーが,おもちゃの実車版のような電気自動車を開発し,販売し始めたんです。

     電気自動車のカギとなるのは電池とモータです。電池とモータはそれぞれ専門メーカーがありますから,そこから部品を調達して組み立てれば自動車メーカーでなくても作ることができるのです。

     2003年9月には,都内の企業がその電気自動車を新しい移動手段として採用し始めました。三十数社がネットワークを作り,それぞれ電気自動車2台と充電器1台を所持し,充電器を相互に利用できるようにしています。

     都内のちょっとした移動には電気自動車で十分ですから,こうした利用に多くの人が関心を持つようになれば,ルシオールの出番も来るかも知れません。
1台120万円程度の玩具メーカーの電気自動車

自動車の温暖化対策

  • Q:さて,NOxなどの大気汚染物質対策に加え,最近では自動車排ガスによる地球温暖化問題の対策が課題となっています。研究では,地球温暖化対策つまりCO2対策の一環として自動車のエネルギー効率について取り組まれていますね。
    近藤:自動車のCO2対策についていえば,燃料の消費を抑え,エネルギー効率をいかに高めるかがポイントです。ガソリン車の場合,おおざっぱにいって,ライフサイクル全体のエネルギー消費量のうち約8割が走行時に使われるといわれています。ですから走行時の負荷を減らすことが重要になってきます。

     今回の研究はこの「走行部分」に着目して進めました。走行時のエネルギー使用量は,エンジンやモータなど自動車の性能に関わる部分以外に,燃料自体に大きく依存します。そこで研究では,ライフサイクルアセスメント的分析としてWell-to-wheel(井戸元から車輪まで),いわゆる一次燃料(原油や天然ガス)を採掘して,自動車の燃料タンクに積み,自動車が走るまでの全体のエネルギーの流れ(図1)を分析し,エネルギー効率の評価を行いました。いいかえれば,一次燃料が持っているエネルギーのうち,どの程度が実際に自動車が走る際に使われるかを試算したということです。
図1 (クリックで拡大画像表示)
図1 自動車燃料供給パス
  • Q:その結果はいかがでしたか。
    近藤:いくつかの燃料,車輌の駆動方式ごとにエネルギー効率を評価した結果,燃料電池自動車の効率がもっともよかったです。燃料電池自動車は水素を作り出す燃料やその方法によってさらに分類されますが,ガソリンを改質(化学的な作用による分解)して水素を取り出す方法がもっとも効率がよいという結果でした。
  • Q:ガソリン改質以外の燃料電池自動車のエネルギー効率はどうでしたか。
    近藤:この研究では,日本,北米,欧州と地域別にも評価を行っています。燃料電池自動車についていえば,日本の場合,海外で天然ガスを液化し,LNGにして持ってくるのか,それとも天然ガスをそのまま運んでそれを改質するのかによって効率に大きな差が出てきます。ですから場合によっては,燃料電池自動車の方がガソリン車よりも効率が悪くなるケースもありました。
  • Q:具体的にはどのようなケースですか。
    近藤:具体的なことについては,いっしょに研究を行ってきたNIESポスドクフェローの工藤さんに説明してもらいます。

    工藤:火力発電所の電力で水を電気分解して水素を作る方法ですと,普通のガソリン車よりも効率が悪くなることもあり得るという結果が出ています。たとえ燃料電池自動車といえども,適切な方法で水素を供給しないと全体のエネルギー効率は必ずしもよいとはいえないのです。
研究者の写真
PM2.5・DEP研究プロジェクト交通公害防止研究チームの工藤祐揮さん
  • Q:先ほど,燃料電池自動車ではガソリン改質がもっとも効率がよいということでしたが,その理由は何ですか。
    工藤:たとえば日本の場合,天然ガスは液化して運びますので,その時点で原油をほぼそのままの形で運んでくるのに比べエネルギーが多く使われます。したがって燃料タンクまでの段階で,ガソリンの方が天然ガスよりもエネルギー効率がよいわけです。さらに天然ガスはタンクに詰め込む段階で高圧にするなどエネルギーがさらに必要です。
  • Q:研究では,自動車燃料だけを純粋に比較するためWell-to-wheelと合わせてWell-to-tank(一次燃料の採掘から自動車の燃料タンクまでのエネルギー効率。自動車の走行時を考慮しない)の分析も行っていますね。
    工藤:こちらはガソリンや軽油などの従来型の自動車燃料の効率が高いです。天然ガスはパイプライン輸送できる地域では効率が高くなりますが,そうでない地域では輸送距離によって低下します。
  • Q:さまざまな面から検討すると,やはり現在主要な燃料であるガソリンや軽油の効率がよいですね。もっとも,主流なのですから効率がよいのは当たり前かもしれません。公平さを考えると,その辺の事情を勘案する必要があるかもしれませんね。
     これまでエネルギー効率の話をお聞きしてきました。自動車による環境負荷といった場合はNOxなどの大気汚染物質や騒音なども含まれてきます。これらさまざまな環境負荷全体でみた自動車の環境影響を評価する手法が必要だと思われますが。
    工藤:そうですね。大気汚染物質についてはデータが十分になかったため分析の対象にはしませんでしたが,今回の研究で使った解析ツールはエネルギー効率や温室効果ガス排出量のほかに大気汚染物質の評価にも対応できる枠組みになっています。
  • Q:それはぜひ評価していただきたいと思います。全体として私たちが選ぶ乗り物は何がよいのかを考えるためにも結果が知りたいですね。

持続可能な交通の実現に向けて

  • Q:今回は現在の交通の主役である自動車を中心に話をお聞きしてきましたが,最後に「持続可能な交通」,いわゆる交通全体で環境負荷を少なくしていこうという視点からのお考えをお願いします。
    近藤:いまは自家用自動車の利用が突出しています。日本は先進国の中では自動車を持つためには圧倒的に経費がかかるシステムになっています。車検制度,駐車場,税金・・・。それでも多くの人が自動車を持っています。かなり一面的な見方ですが,つまり,利用者にとって自動車は,とても魅力的な乗り物なのかもしれません。自動車の利用を制限し便利度を下げるのも一つの考えですが,それよりも利用用途別に乗り物を選べ,バスや電車さらには電気自動車や自転車も自動車に負けない魅力のあるものにすることの方が近道かなと思います。
  • Q:これまで自動車が交通の主役でしたから,道路環境も既存の自動車に便利なようにできあがってきました。「持続可能な交通」という視点から交通問題を考えればインフラも含めまちづくりからデザインする必要がありますね。今日はありがとうございました。