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研究者に聞く

Interview

研究者の写真
木幡邦男
流域圏環境管理研究プロジェクト
海域環境管理研究チーム・総合研究官

 「海域保全のための浅海域における物質循環と水質浄化に関する研究」に取り組んだ責任者である木幡邦男さんに、今回の研究のねらい、そして研究の主な対象海域である三番瀬の現状などをお聞きしました。

研究の目的について

  • Q:研究のねらいは何でしょう。
    木幡:昔から、干潟・藻場などの浅海域は、水をきれいにする力があるといわれてきました。浅海域はかけがえのない環境で、保全しなければならないと認識されてきたと思います。しかし、これまでの浅海域環境についての調査・研究は、たとえばどのような種類の鳥がどのくらいの数存在するかなど、生物の個体についての調査が主流でした。浅海域がどれだけ水質浄化に役に立つのかを調べるためには、実は、生物種を明らかにするだけではなく、生物によって物質が変化するサイクル、別の言葉でいうと物質循環ですが、これを明らかにしなければなりません。たとえば、浅海域の底では、二枚貝が海水中の有機物を取り込み、糞などを排出します。同時に、排出された無機態の窒素・リンといった栄養塩は植物プランクトンが利用して増殖します。このような物質循環に焦点を当てた研究は、これまであまり実施されてきませんでした。

     埋立てを伴う事業を行う場合、環境影響評価を実施しますが、これからはますます定量的な評価が必要になります。

     そこで私たちは、浅海域が具体的にどのくらい水を浄化する力があるのかを、できるだけ定量的に評価する研究を始めました。残された浅海域を埋めてしまうと、どれくらい環境面で損失になるのか。あるいは、仮に浅海域を新しく造ったらどれくらい回復するのだろうか、などを念頭に置いています。浅海域の環境を評価する手法の一つとして、二枚貝による水質浄化能を定量的に評価しました。
  • Q:研究のテーマで東京湾の奥部の状況がどうなっているのか、ということも調査されていますね。
    木幡:浅海域の研究を始める前は、東京湾で青潮の研究をしていました。青潮は、夏に湾中央部の底の方にできる貧酸素あるいは無酸素水塊といって、酸素がほとんどない底層水によって起こります。そういうところでは、一部のバクテリアを除いて生物は生きていられません。底泥を採取すると、硫化水素のにおいで臭くてたまりませんでした。ところが今回の研究で、湾奥部にある浅海域の三番瀬を訪れると、その底には意外なほど生物がいました。それにはびっくりしました。三番瀬は湾の端の方ですが、同じ東京湾でもこんなに違うのかと。浅海域の重要性を改めて知らされた思いで、勇気づけられ、楽しくなってきました。そこで、貧酸素水塊の発生する湾央部と三番瀬の環境を比較しながら研究を進めました。
  • Q:東京湾の中央部の底が無酸素状態になったり、硫化水素が発生するのはなぜですか。
    木幡:その状態は夏に特異的です。というのは、夏は海表面が暖められ、水温が上昇します。すると、表層の海水が軽く、底層が重いという密度差ができます。これを成層構造と呼びますが、この条件では、上下層の海水が混ざりにくくなりますから、表層水中の豊富な酸素が底層に行かなくなってしまいます。一方、底層にたまった有機物を分解するために底層では多くの酸素が消費されますから、酸素のない状態になってしまいます。無酸素状態では硫酸還元菌が有機物を分解し、その際硫化水素を発生します。そのため、強烈なにおいがします。まさに死の海状態ですね。

三番瀬の生物について

  • Q:三番瀬は東京湾に残る数少ない浅海域として保全の動きがNGOを中心に進められてきたところですね。当初、千葉県は三番瀬の埋立て計画を発表し、これに対し、多くのNGOがその保全を主張してきました。最近になって、千葉県は三番瀬で調査を行い、その環境が重要であるとして、埋立て面積を約 1/7にする計画縮小案を発表しました。保全に向けた動きが加速されたといえます。そしてついに2001年9月、千葉県知事の意向もあり、埋立て計画は白紙となりました。
    とはいえ、浅海域が環境保全にとって、どのような役割を果たしているのかは、なかなか具体的には見えてこないですね。さて、その三番瀬で、なぜ二枚貝に注目した研究をされたのですか?
    木幡:私たちは、まず三番瀬にどのような生物がどのくらい生息するかを調べました。

     種類や量ですね。それを調べてどのような生物が浅海域で環境保全の役割を担っているのかを調査しました。すると、たとえば生物量として重さでみると、二枚貝が圧倒的に多いことがわかりました。水を浄化する能力は生物量に比例すると考えられます。個体が小さなものは数があっても量としては少ない。それをみていくと、二枚貝は重さで全体の9割くらいを占めていました。ですから二枚貝を調べれば、三番瀬の水質浄化の大部分がわかるだろうと考えたのです。
  • Q:調査・研究は、具体的にどのような形で行ったのですか。
    木幡:まず三番瀬の生物調査を、年に4回くらい行いました。それで、二枚貝が代表的な生物ということがわかりましたから、次に、二枚貝にはどのような機能があるかを実験室の中で調べました。さらに現場の調査と合わせて、二枚貝がどれくらいの仕事をしているかを推定したわけです。
  • Q:三番瀬のような浅海域における二枚貝の役割ですね。それはどのようなものですか。
    木幡:二枚貝は海水をろ過して、海水中の有機物の粒を餌として食べます。つまり、海水中の汚濁物質である粒状のものをろ過します。自分でいらなくなったものは排泄物として出しますが、一部は無機態として水中に返します。つまり海水中の有機態を減らし、無機態を増やします。無機態とはアンモニアとか硝酸イオンなどのことです。
  • Q:無機態が増えるということは、有機態が増えることに比べ、水質にどのような影響を及ぼすのですか。
    木幡:有機態のままですと、他の生物に利用されにくい部分が多く、また、その分解に酸素を消費してしまうなどの問題が起きます。有機物を貝が取り込んで無機態に変えることで,次の生産につながっていきます。無機態の栄養塩を用いて新鮮な植物プランクトンが増えるのです。これは,二枚貝や他の生物,他の魚とか動物プランクトンの餌として利用されます。つまり貝は物質循環を助け,水を浄化するというわけです。

シオフキガイを選んだわけ

  • Q:今回の研究は二枚貝の中でもシオフキガイをターゲットに行われましたが、これはどのような理由からですか。
    木幡:アサリやバカガイは漁獲の対象ですね。また、潮干狩りの時期などには、漁師さんが貝を撒きます。したがって、これらの貝の増減に関しては人為的な要素が強いのです。一方、シオフキガイは漁獲の対象ではありません。

     その意味では自然に近い状態で調べることができます。
  • Q:シオフキガイと他の貝では、ろ過速度などの機能の違いはあるのですか。
    木幡:今までの報告では、ろ過速度などを貝1個当たりや、採取したままの貝殻を含んだ重さ(湿重)当たりで表したものが多くみられました。しかし、これらは、貝の大きさや身に対する殻の大きさに左右されるようです。そこで私たちは、どのような種類の貝でも同一条件で比較検討できるように、身の部分だけを乾燥させた重さ(乾重)を基準にしました。いろいろな貝で計ってみたところ、アサリもシオフキガイも、シジミもその乾重当たりで比較すると、ろ過速度はすべて同じくらいでした。
  • Q:今回の研究では、さきほどおっしゃった乾重と生身のままの湿重が使い分けされていますが、その違いは何ですか。
    木幡:他のデータと比較する場合、乾重を用いた方がよいというのが私たちの主張です。

     これは次第に受け入れられてきていると思います。ただ現場で乾重を測定するのはたいへんです。乾燥機に入れて、80℃で48時間くらい乾燥させる必要がありますから。したがって、現場の広い範囲で貝の生物量を知ろうとするときは、湿重を測定します。そうすると、実験室で精密に計る乾重と現場で簡便に計れる湿重との比較が重要になります。

     その対応関係が明らかであれば、現場で計った湿重を基に議論が進められ、効率的な調査が可能になります。
  • Q:グラム(g)当たりという書き方がありますが、1gというと貝にして何個分となるのですか。
    木幡:乾重1gは殻長約4㎝の貝2個分です。
シオフキガイの写真
メモ「シオフキガイ」
バカガイ科、比較的小さな貝です。貝の大きさは殻の最大長(殻長)で表しますが、5cmくらいの大きさまで育ちます。エラに粘液があるため砂粒が取れにくく、現在ではあまり食用にはされません。三番瀬ではアサリと同程度の個体数が存在します。

貝による海水の浄化機能について

  • Q:研究では1g、つまり、貝2つで1時間に海水を3ℓろ過するという結果が得られています。かなり 多いですね。
    木幡:いい換えれば、3ℓの海水中の餌を取り込んでいる。その結果が海水をろ過することにつながっている、ということです。
  • Q:1998年6月の例では、1日に44㎝の高さ分の海水をろ過すると記載されていますが、どのように計算したのですか。また、たとえば三番瀬全体でみた場合、どのくらいの期間で海水がきれいになるのでしょうか。
    木幡:実験で求めたろ過速度と、現場で測定した生物量を掛け合わせて推算しました。三番瀬で水深の平均を約2mとすれば、1日に44㎝ですから計算上は4〜5日でしょうか。もちろん存在する貝の量によって違います。貝が多ければ速く浄化します。私たちの観測でも、6月の例よりも数倍多く貝が存在したこともありました。また、夏は活発で速いですが、冬は遅い。そうしたことを念頭に、ならして考えれば数日といったところでしょう。
  • Q:貝にとって三番瀬の環境はどのようなものでしょうか。
    木幡:三番瀬は、餌となる植物プランクトンなどの有機物が実に豊富です。したがって成長は非常に速い。シオフキガイもアサリも、1カ月で殻の長さは5mmくらい成長します。これは他の海域に比べてもかなり速い方だと思います。ただ問題は三番瀬の場合、近年、秋口に発生する青潮の影響で、成長を待たずに死んでしまう場合が多いのです。それで漁師さんは、他の海域から殻長15〜20mmくらいのアサリを調達してきて、5月くらいに撒くこともあります。6、7、8月と生育させ、そして青潮が起きる9月前に収獲するわけです。

    このほか最近では、アサリが冬を越せないことも問題になっています。実際に漁獲に適した成貝となるためには、卵から孵化して着底し、冬を越して次の春から大きくなる過程を踏みます。それが三番瀬ではなかなか難しいのです。
  • Q:けっこう複雑な状況ですね。
    木幡:それだけではありません。いま三番瀬の底質は砂です。そのままであればよいのですが、だんだん有機物がたまって泥っぽくなるとか、あるいは、頻繁に貧酸素状態になったら駄目ですね。貝は生きられません。
二枚貝の殻長と湿重を計っているところ

浅海域の機能評価について

  • Q:今回の研究で、水質浄化能力などに関して、結論としてはどういったことがいえるのでしょうか。
    木幡:二枚貝を中心にした底生生物が生息できる環境を守ることが、水質浄化にもつながります。内湾の水質保全にもつながる、ということです。東京湾で二枚貝のような底生生物の生息場所が減っていけば、水質悪化はどんどん進みます。ですから私たちは、浅海域の機能をきちんと評価して、保全しなければならないと考えています。青潮により生物が死滅してしまうように、浅海域は実に脆弱な環境にありますから。
  • Q:この研究は平成8〜10年にかけてのものですが、その後はどのような研究を行っているのですか。
    木幡:人工干潟を造り、少なくなった干潟を取り戻そうという動きが始まっていますが、どのくらいの効果があるかを研究しています。そのため、二枚貝の生存率や成長速度を調べています。
  • Q:人工干潟は、自然修復型の公共事業として計画されていますけれど、現状ではどのようなものでしょうか。
    木幡:人工干潟を造ろうとする試みは基本的にはよいことと思いますが、難しい面もいろいろ出てきます。人工干潟を造っただけでは済まず、それを取り巻く環境が重要です。たとえば、先ほどお話しした酸素の問題があります。夏に、造成した干潟の前面海域に貧酸素水塊が出現するような場所では注意が必要で、貧酸素水塊が干潟に上がってくれば、貝全部に影響します。いま私たちが調査を行っている京浜運河沿いの大井海浜公園にある人工干潟でも、この影響で貝が死滅したことがあります。
  • Q:人工干潟の機能は、天然のものと比較してどうでしょうか。
    木幡:たとえば砂質の人工干潟の場合、透水性では天然干潟を上回ることから物理的に水質浄化機能が高いという研究報告があります。しかし、生物の浄化機能を含めた多角的な機能を十分に評価するための科学的なデータは蓄積されていません。

    このような状況ですから、今後も研究と試行錯誤を辛抱強く続けていくべきでしょう。
  • Q:ありがとうございました。二枚貝の水質浄化と、その母体である浅海域の脆弱な環境というものがよくわかりました。
写真:干潟

メモ

  • 浅海域
    とくに定まった専門用語ではなく、いろいろな定義があります。今回の研究では、内湾の藻場・干潟などを含む水深10m程度までの浅い海域を想定しています。このような場所では、水質浄化に対して底生生物が大きな役割を担います。
  • 赤潮
    海水が富栄養化し、日照や温度などの条件が満たされると植物プランクトンが異常発生し、海表面が変色する(赤や茶色などプランクトンの種類によってさまざまです)現象をいいます。プランクトンが魚のエラを詰まらせたり、また、プランクトン自体の毒性により、魚介類、とくに養殖魚に大きな被害をもたらすことがあります。最近は二枚貝に特異的に被害を及ぼすプランクトン(ヘテロカプサ)も注目されています。
  • 青潮
    堆積有機物の多い海域の底層付近では、有機物の分解により溶存酸素が消費されて貧酸素化が進み、無酸素状態にまでなります。このような条件では、海水中の硫酸イオンが硫酸還元菌などにより還元されて、硫化物イオンになります。この水塊が風などの影響で上昇するとき、硫化物イオンが海面近くで大気や表層水中の酸素により酸化されて、イオウの微粒子を生成します。この微粒子が光を散乱させるために、海面が乳白色や淡緑色に濁って見えます。青潮は、底層にあった無酸素水塊が岸近くに現れる現象ですから、浅海域に生息する二枚貝や、カレイなどの底生魚類を含む浅海域の生態系に著しい被害を与えます。