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コラム「干潟・浅海域と開発について」

埋立の歴史

 四方を海に囲まれ,耕地・平地が不足しがちな日本では,干拓や埋立てが古くから広く行われてきました。

 環境省の調査(第4回自然環境保全基礎調査,1994年)によれば,日本全国で自然の海岸線が減少しており,海岸線の割合は自然海岸が44.8%,人工海岸が37.8%,半自然海岸が16.1%となっています。日本全国の海岸線は約19,000kmですから,その中の10,000km以上にわたって港湾建設,護岸工事や埋立てなどにより,人間の手が加えられているわけです。

 東京湾をみると,江戸時代から昭和の初期にかけて町の発展とともに,河口域を中心とした埋立てがさかんに行われましたが,それでも湾奥部には多くの干潟が残されていました。人工構造物が海岸線のほとんどを埋めつくすにようになったのは,高度成長期といわれる昭和30年代後半以降のことです。この時期は京浜工業地帯の拡充期であり,京葉工業地帯の形成期に当たります。その後産業面での需要が落ち着くと,埋立ての目的は大規模な住宅地や商用地の供給へと変化しました。

 さらに,廃棄物処分や湾岸高速道路のような,産業の補完的な施設建設のため埋立てられてきました。環境省によれば,こうした時代の流れで,明治後期136km2あった東京湾の干潟は,昭和58年には10km2にまで減少してしまいました。

 今までに行われた埋立ては,海運などの交通の便がよいことや浅い方が埋立てやすいという理由から,干潟・浅海域に集中していました。その大部分が沿岸のコンビナートや発電所の立地,また住宅地の提供などであり,その点では私たちにとって利益をもたらしてきました。しかし経済性を重視するあまり,環境面での配慮が不足していたことも事実です。

 平成に入って,埋立てを伴う開発の勢いが鈍ってきました。これは住民の環境への意識の高まりや産業構造の変化とともに,実際,埋立てに必要な海面がなくなってきたことなどが理由としてあげられるでしょう。

三番瀬の浄化量と下水処理量場との比較

 千葉県は,三番瀬の生態系について調査を行い,同時に三番瀬の浄化能力をモデル計算で推定しています。その報告書によると,三番瀬の窒素除去能力は主に脱窒作用により,1日に97,100m3となります。これは,約13万人に対する下水処理能力に相当するとされています。

図
環境庁水質保全局「かけがえのない東京湾を次世代に引き継ぐために」1990年より