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講演2「国境を越える対流圏オゾン−グローバル化する大気汚染の現在と将来−」

東京・京都会場でのアンケートに寄せられた質問に、講演者(谷本浩志)が回答します。
多数のご質問をいただきましたが、似た内容の質問をまとめるなど主催者側で整理しましたことをご了承下さい。


Q1:  環境中でオゾンが消滅する過程にはどのようなものがありますか?  日本に到達した対流圈オゾンが降雪・積雪で分解・吸収されることはありますか?

A1:  対流圏でオゾンが消滅する過程にはいくつかあります。化学的には、NO(一酸化窒素)やHOx(水素酸化物)ラジカルと反応してオゾンが消滅します。例えば、都市では夜間、NOとオゾンが反応してオゾンが壊れますし、NOx(窒素酸化物)の非常に少ない洋上では、HOxラジカルによってオゾンが壊されます。また、物理的には、地表面や海水面へ沈着することでオゾンが消滅します。その際、森林や草原は土壌や砂漠と比べて表面が粗いため、オゾンが壊れやすくなります。また、オゾンは水には溶けにくいので、降雪や積雪で分解・吸収されることはあまり無いと考えられています。


Q2:  対流圈オゾンが上空に運ばれて成層圏のオゾン層に寄与したり、成層圏でみられるようにフロンなどの物質が対流圈でもオゾンを減らしたりすることはないのでしょうか?

A2:  ありません。なぜなら、成層圏オゾンの濃度は、成層圏の中で起こる光化学反応と輸送過程で決まっており、対流圏よりもはるかに高濃度で存在するからです。対流活動が盛んな熱帯付近では、対流圏の空気が上空に運ばれて成層圏に入りますが、このような理由で、成層圏オゾン濃度にはほとんど影響を及ぼしません。また、フロンなどの物質を分解し、オゾンを破壊する塩素原子や臭素原子にする波長の短い紫外線は、対流圏には届いていませんので、フロンが対流圏オゾンを減らすことはありません。


Q3:  対流圈オゾンが農作物の収量を減らすというお話でしたが、そもそもどういうメカニズムが働いているのでしょうか、また収量が減る原因がオゾンであることがどのようにして分かるのでしょうか?

A3:  オゾンは葉の気孔を介して植物内に取り込まれます。それにより、葉の細胞膜などが破壊され、緑色の葉が茶色に変色し枯れてしまいます。ただし、実際の環境中で農作物の収量が減ったり木が枯れたりすることの原因がオゾン「だけ」であるというのは非常に困難です。それは、植物は、温度や水分量、土壌中の栄養素、害虫、pHといった様々な要素から影響を受けるからです。しかしながら、実験室環境で植物を高濃度オゾンに暴露する実験からは、植物の生育が阻害されるという報告が数多くあり、悪影響を受けることは間違いないようです。


Q4:  対流圈オゾンの原因物質がNOxであるならば、NOx自体を詳しく研究して対策を考えるべきではありませんか?

A4:  その通りです。そのため、私たちを含む世界の大気化学研究者は、オゾン自体の大気中動態を調べるとともに、原因物質であるNOxやVOC(揮発性有機化合物)の発生状況、NOxやVOCからオゾンが生成する化学的メカニズムの詳細についても、室内実験、野外観測、モデルシミュレーションを用いた研究を行っています。


Q5:  モデルの結果で日本では春に対流圈オゾンが最も多いということでしたが、光化学スモッグ注意報は夏に多く発令されます。その関連はどのようになっていますか?

A5:  オゾンの「平均濃度」と、ある閾値を超える「高濃度」の出現頻度を分けて考える必要があります。講演では、日本全域におけるオゾンの平均濃度を示しましたが、これは春季に高濃度となります。春季にはアジア大陸からオゾン濃度の高い大陸性の空気が日本を覆い、夏季にはオゾン濃度の低い海洋性の空気が日本に流入してくるからです。一方、都市でしばしば発令されるスモッグ注意報の日にみられる高濃度オゾンは、国外から運ばれてくるよりも、都市周辺で生成している割合が多いと考えられていますが、これは都市周辺では夏季にオゾンが生成しやすく溜まりやすい気象条件(強い紫外線や弱い風)の日がある、ということが原因です。しかしながら、講演でもお話ししましたが、現在、日本の離島や洋上では、春季にオゾンが100 ppbvを超えて注意報発令レベルにも達しようとしている日がみられます。光化学スモッグ注意報が都市以外で晩春や夏の早い時期に出されるようなことがあれば、原因が異なる可能性がありそうです。


Q6:  2050年にはどれくらいほうれん草などの収量が落ちるのでしょうか、また作物の移転などの対策は考えられませんか?

A6:  2050年におけるほうれん草の収量がどのくらい落ちるのか、については、残念ながら、2050年の原因物質排出シナリオとオゾン−ほうれん草の減収率曲線がないため、現段階では分かりかねます。オゾンの害だけを考えるならば、生育場所を日本国内で移動してもあまり効果的ではないと思います。むしろ、二酸化炭素と異なり、オゾンは大気中に蓄積しませんので、原因物質の排出を減らすことで比較的素早く減らすことができます。このような削減対策に地球規模で取り組むことがより重要になってくると考えられます。


Q7:  将来予測の排出シナリオで、エネルギー需要と排出対策以外の要素は考えられていないのでしょうか?  もし考えられるとしたら、どのようなプロセスで排出量に寄与しますか?  また、持続可能性追求型で推移するというシナリオの根拠となる政策などはあるのでしょうか?

A7:  将来の排出シナリオで重要なのはエネルギー需要と排出対策の二つで、それ以外は大きな寄与をしません。また、例えば、中国の大気汚染は自国内でも深刻な健康被害をもたらしているため、自動車排気ガスの監視強化、新規生産される自動車の排出基準の厳格化、燃料品質の向上などの環境対策を既に掲げ、目標値を達成できなかった都市には工業プロジェクトなどに対して制限を課す政策が開始されていることから、減少こそせずともそう大きくは増加しないだろう、という予測です。ただし、これは現時点でのもので、中国が非常に急激な変貌を遂げている現在、最新の情報や政治・経済情勢に基づいて予測を修正することが重要となります。


Q8:  VOCもオゾン前駆物質の一つだと思いますが、VOC増加とオゾン増加の関連はあるのでしょうか?  また、VOCの排出規制が始まりましたが、オゾンの削減に対する効果はどの程度見込めますか?

A8:  NOxだけではなくVOCもオゾン生成に関して大きな役割を果たします。具体的には、VOCに比例してオゾンが生成する場合と、NOxに比例してオゾンが生成する場合があり、前者は東京など大都市圏、後者は比較的大気がきれいな場所(山岳地域や洋上)です。従って、VOC規制は都市域のオゾン生成に対して少なからず有効であると考えられます。ただし、VOCの種類によってオゾンの生成量が異なるため、どの種類のVOCをどれだけ減らしたか、でその効果は大きく違ってきます。2006年4月に施行されたVOC排出抑制制度では、法規制と事業者の自主的取り組みを組み合わせた「ベストミックス方式」が採用されており、今後、VOCの大気中濃度を成分別にモニタリングしていくことが重要となります。


Q9:  温暖化に対する二酸化炭素の寄与は発表では50%以下でしたが、60%以上という説を聞いたことがあります。どちらが正しいのでしょうか?

A9:  二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、代替フロンの4種類を長寿命温室効果ガスと呼びますが、そのうち、二酸化炭素は約6割の温室効果を有します。一方、対流圏オゾンは二酸化炭素、メタンに次ぐ第三の温室効果ガスですので、これを加えると、二酸化炭素の寄与は約5割になります。


Q10:  オゾンの環境基準について、1時間平均値と8時間平均値の意味の違いを教えてください。

A10:  例えばアメリカでは、National Ambient Air Quality Standard (NAAQS:国家大気質基準)として、一次基準と二次基準が設けられていますが、一次基準は人の健康を、二次基準は植生、農作物、動物、建物、視程等をオゾンの害から守ることを目的としています。アメリカで1979年に設定された基準は1時間平均値で120 ppbvでしたが、1997年には8時間平均値として84 ppbvが設定されました。これは、1時間平均値では人の健康に関する急性被害を防ぐため、8時間平均値では植生や農作物などへの慢性被害を防ぐため、と考えることができます。しかしながら、何時間平均値に基づくかは「何に対するどのような害を防ぐことを目的にするか」によって異なりますし、特に植生に対してオゾンがどのような悪影響を及ぼすか、については、まだ未解明な部分が多く、現在も研究が進められています。そのため、現在では国や機関によってさまざまな基準があり、世界で統一された基準というのはありません。従って、ここで重要なことは、大気質の悪化状況や原因物質の排出状況を踏まえるとともに、オゾンの植生影響評価などに関する最新の科学的知見を取り入れながら、適宜、オゾンの環境基準を見直し、必要ならば改訂することで、オゾンによる害を未然に防ぐことだと考えられます。この際、講演でもお話ししましたように、もはや地球規模となったオゾン汚染ですから、国際的な視点で対策を講じることがますます重要となってきているわけです。


Q11:  浄水場でオゾンによる高度処理が行われており今後も増えると思いますが、大気環境への影響はないのでしょうか?

A11:  オゾンによる水処理で大気中のオゾンが増加することはまずないと思われます。その理由は、オゾン自体は高い温度に加熱することで容易に分解できますし、仮に少量が漏れたとしても、原因物質のNOxやVOCが増えない限りは、化学的・物理的消失過程によって大気中で容易に失われるからです。


Q12:  日本の産学官が持っている排出抑制技術などをアジア各国へ移転できないものでしょうか?

A12:  排出抑制技術については、脱硫技術の技術移転が行われて成果を上げてきたところだと思いますので、他の大気汚染物質についても技術移転の取り組みは今後ますます広がっていくものと思われます。


Q13:  光化学オキシダントとオゾンの計測方法は同じなのでしょうか?  また計測の仕方は世界中で統一されているのでしょうか?

A13:  オキシダントとは、中性よう化カリウム溶液からよう素を遊離するすべての酸化性物質の「総称」であり、全オキシダントの中から二酸化窒素を除いた物質を光化学オキシダントと呼びます。従って、オキシダントは中性よう化カリウムを用いる吸光光度法等の、いわゆる湿式法で測定されます。一方、オゾンは酸素原子三個からなる「物質の名称」で、その性質を利用して紫外線吸収法等のいわゆる乾式法で測定されます。湿式法は古典的な方法で、酸化性物質の総量を測定するには良いのですが、オキシダントを構成する個々の物質については分かりません。そのため、諸外国ではいわゆる乾式法への切り替えが進められ、その高い精度や長期安定性の面からも今では紫外線吸収法が世界で最も広く用いられる手法となっています。残念ながら、日本では比較的最近まで湿式法が用いられてきましたが、乾式法への切り替えが徐々に進んでいる状況にあります。


Q14:  オゾンホールの将来予測において、二酸化炭素の増加はどのように影響するのでしょうか、また将来オゾンホールがなくなるとしたらフロンガス等の規制の効果があったということですか?

A14:  【主催者より】本講演は対流圈オゾンについてのものでしたが、会場では、成層圏オゾンの将来予測についても複数の質問が寄せられました。国立環境研究所では成層圏オゾンに関する研究も進められており、成層圏のオゾン層破壊についての解説が
http://www.nies.go.jp/escience/ozone/
にて、また、これまでのフロンガス規制等の対策の結果、オゾンホールが将来どのように回復するかについての最新の予測結果が
http://www.nies.go.jp/whatsnew/2006/20060519.pdf
にてご覧頂けます。
なお二酸化炭素の増加とオゾンホールの関連については国立環境研究所大気圏環境研究領域秋吉英治主任研究員より以下のコメントを頂きました。
「オゾンホール回復の二酸化炭素の影響に関しては、大気中の塩素濃度の今後の減少の割合と、二酸化炭素など温室効果ガスの今後の増加の割合の両方に依存して、回復時期が早まるまたは遅れる、の両方の可能性が考えられますので、今後さらに詳しい解析を進める予定です。」