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国立環境研究所と海洋研究開発機構のロゴマークの画像
2018年6月21日

熱水化学合成生態系の回復速度の地図化に成功
-コンピュータシミュレーションによる予測-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

平成30年6月21日(木)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
 主任研究員  吉田 勝彦
 特別研究員  鈴木 健大

国立研究開発法人 海洋研究開発機構
海底資源研究開発センター
 上席技術研究員 :山本 啓之
 技術主任 :渡部 裕美
 

   国立研究開発法人国立環境研究所(以下、「国立環境研究所」という)と国立研究開発法人海洋研究開発機構は、西太平洋全域に点在する深海熱水化学合成生態系ネットワークを再現するコンピュータシミュレーションモデルを開発し、熱水化学合成生態系が撹乱された後の回復速度予測を地図上に可視化することに成功しました。本研究は、海底資源開発を行う前の環境影響評価、開発を行う場所を選定する際の重要な参考情報を提供できます。
   本成果は、平成30年6月19日(日本時間午後18時)にScientific Reportsに掲載されました。

1.背景

   深海の熱水活動域には、金や銅などのレアメタル(希少金属)などの有用資源が相当量存在していることが明らかにされ、それらの開発が注目されています。熱水活動域は日本近海では沖縄トラフや伊豆-小笠原海域の主に1000m以深の海底に数多く存在することが確認されており、化学合成を行う生物を一次生産者とする熱水化学合成生態系が形成されています。このような生物群集には、高い密度で生息する代表的な種(ゴエモンコシオリエビやシンカイヒバリガイ類など)が含まれる一方、稀にしか発見されない種も存在しており、今後の調査研究が待たれている環境でもあります。このため、国際海底機構(ISA)など海底鉱物資源の開発に関わる機関は、海底の生態系に資源開発の影響が最小となるように配慮することを指針として公表しています。この環境配慮では、開発前の段階で撹乱(※1)を受けた後の生態系の回復速度を事前に予測し、状況に応じて開発計画を調整することが求められます。コンピュータシミュレーションによる予測は、その目的を実現するための有効な手段の一つです。これまで深海底の熱水化学合成生態系の回復時間の予測をしたシミュレーション研究の事例はなく、適切なモデルも示されていませんでした。
   そこで本研究では、西太平洋に分布する熱水化学合成生態系(全131地点)の生物量の増減を計算するシミュレーションモデルを構築し、それぞれの生態系が撹乱を受けた後の回復時間を予測しました。

2.方法

   広大な海域に点在する熱水化学合成生態系はプランクトン幼生(※2)が海流によって運ばれることで相互に結ばれており、ほぼすべての種において離れた場所からの幼生の加入が個体数の維持や増減に大きく寄与していると考えられています。そこで本研究では、西太平洋の熱水噴出域(全131地点)の間の幼生移動分散を推定したMitarai et al. (2015) のデータを利用し、当該地域に分布する熱水化学合成生態系に含まれる生物個体数の増減を計算するシミュレーションモデルを構築しました。このモデルを利用し、各地点の熱水化学合成生態系について、撹乱を受けて個体数が0になった後、別の場所からの幼生の加入と繁殖によって個体数が撹乱前の75%に回復するまでの時間を計算しました(図1)。

回復時間評価プロセスの模式図の画像
図1:本研究の回復時間評価プロセスの模式図

3.結果と考察

   はじめに、それぞれの地点の固有の回復時間を測るため、1回の試行で1つの生態系を撹乱するシミュレーションを行いました。撹乱後の回復時間は図2にまとめられています。沖縄トラフやサモア・フィジー近海では回復時間は10年を下回りましたが、伊豆‐小笠原海域や、マリアナ諸島北部、ソロモン諸島などでは回復時間が長く、特に伊豆‐小笠原海域の4地点では、回復時間は最低でも40年以上となりました。
   次に、複数の地点が同時に開発の対象となった場合の回復時間について同様のモデルを使った評価を行いました。前述の条件では沖縄トラフの熱水化学合成生態系は短時間で回復しましたが、同時に複数地点を撹乱する条件では撹乱地点の組み合わせ次第で回復時間が急激に長くなる場合があることが分かりました。例えば、鳩間・伊良部・第四与那国海丘の3地点が同時に大規模な開発の対象となった場合には、回復時間が20年を超え、生態系に深刻な影響を及ぼす可能性が示唆されました。

深海熱水化学合成生態系が撹乱された後の回復時間の画像
図2:深海熱水化学合成生態系が撹乱された後の回復時間
各地点の色は撹乱後の回復時間を表す。

4.今後の展望

   本研究の結果より、撹乱からの回復速度には地域性があり、回復時間にも大きな差があることを推定できました。この研究成果は、保全施策の立案や開発を行う場所の選定に不可欠な情報を提供するものと考えます。しかし、今回の研究で用いたモデルは自然界で起きている現象の一部をモデルとして取り出した単純なものであり、現実に近づけるにはさらなる研究が必要です。例えば、本研究では熱水化学合成生態系を構成する種のライフサイクルや生息場所について非常に簡略した表現を利用していますが、長期間の海底観察や実験などの実証研究からデータを集約することができれば、より高精度かつ具体的な予測を提供できるモデルが実現できるかもしれません。また、本研究は全体的な生物量の増減のみを考慮しているため、撹乱がどれくらいの生物種を絶滅させるかといった問いに直接答えることはできません。今後の研究から生態系の全体像を捉えたモデルの開発が進むと期待しています。また、回復時間の予測モデルが熱水化学合成生態系を構成する生物の保全策に活用され、環境配慮に優れた資源開発計画が立案されることが望まれます。

5.研究助成

   本研究は、内閣府:戦略的イノベーション創造プログラム 次世代海洋資源調査技術「海のジパング計画」の支援により行われました。

6.問い合わせ先

国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
   主任研究員 吉田 勝彦
      電話:029-850-2443
      E-mail:kyoshida(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
   特別研究員 鈴木 健大
      電話:029-850-2747
      E-mail:suzuki.kenta(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

7.発表論文

Suzuki, K., Yoshida, K., Watanabe, H., Yamamoto, H. (2018) Mapping the resilience of chemosynthetic communities 1 in hydrothermal vent fields. Scientific Reports, 8: 9364. DOI:10.1038/s41598-018-27596-7
※下線で示した著者が国立環境研究所所属です。

8.用語解説

※1 撹乱:当該地点に生息している生物を排除するような外部からの影響。
※2 幼生:生物が成長の過程で経る、成体個体と異なる形態を示す時期。
       昆虫の「幼虫」にあたる時期。

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