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2013年6月28日

定点カメラの連続撮影による、高山生態系の融雪及び植生の季節変化を検出する観測方法の開発(山小屋との連携による高山生態系長期連続観測の実現)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成25年6月28日(金)
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター
高度技能専門員      
井手 玲子(029-850-2976)
主任研究員        
小熊 宏之(029-850-2983)

 高山生態系は気候変動の影響に対して脆弱であり、その長期的かつ詳細な観測が求められています。
 この度、国立環境研究所では、立山室堂山荘とNPO法人北アルプスブロードバンドネットワークの協力の下、北アルプスの山小屋に設置されたデジタルカメラを利用して定点観測を行い、撮影された画像を定量的に解析することにより高山生態系における積雪域と植生の季節変化(フェノロジー、注1)を検出する新しい観測手法を開発しました。

 このようなデジタルカメラを利用した詳細なレベルでの統合的な解析は、今後、高山生態系の変動解明に役立つものと考えられます。

 また、本研究の成果を様々な高山帯に展開することにより、世界に類を見ない高山帯の中長期モニタリングが実現し、気候変動の影響評価に貢献することが期待されます。

 本研究をまとめた論文は、2013年7月発行の国際学術誌「Ecological Informatics」に掲載されます。

(注1)フェノロジー
生物の季節変化、及びその学問のこと。植物のフェノロジーは主に、開葉、開花、紅葉、落葉などの季節変化を指す。

1.背景

 低温と積雪、強風などの厳しい自然条件にさらされる高山帯では、植物の生育が限定されています。近年、温暖化の影響により高山植物の種類や生育場所、開花時期などのさまざまな変化が世界各地で報告されています(参考文献1)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)においても気候変動に対する高山生態系の脆弱性が指摘され、長期的な高山生態系のモニタリングの必要性が世界的に認識されています。

 ハイマツやライチョウなど貴重な動植物がみられる日本の中部山岳地域は、世界有数の豪雪地帯であり、気候変動による積雪量や融雪時期の変化は高山の生態系に影響を与えると考えられます。さらに、動植物の環境応答は種によって異なることから、広域かつ詳細な融雪と生態系のモニタリングが求められています。しかし、高山生態系はその厳しい自然条件とアクセスの難しさから、これまで詳細なデータを広範囲で連続的に取得することが困難でした。従来の地上調査は、多大な労力を要するうえに調査地点や期間が限定されてしまいます。一方、人工衛星による観測では、広い地域を反復的に調査することができるものの、雲や霧の発生しやすい山岳地域では観測可能なケースが少なく、空間解像度にも限界があります。

 これらの弱点を補う高分解能のモニタリング手法の一つとして、近年、デジタルカメラの利用が注目されています。多くの山小屋では既にインターネットを通して登山客に情報提供を行うライブカメラが設置されています。国立環境研究所ではこれらの画像を有効利用するとともに高解像のデジタル一眼レフカメラを独自に設置し、世界に先駆けてリアルタイムで多地点から高山生態系のモニタリングを行う手法を開発しました。

 本研究では高山生態系の経年変化の抽出とその要因の解明のため、収集したカメラ画像の画素ごとのRGB値を用いて、融雪過程を検出するとともに植生の生育期間を推定する画像解析アルゴリズムを開発しました。

2.研究方法

 標高3000m級の山々が連なる日本の代表的な高山帯である北アルプスを研究対象とし、立山室堂山荘とNPO法人北アルプスブロードバンドネットワークの協力のもと、立山室堂山荘、燕山荘、涸沢ヒュッテ、涸沢小屋および北穂高小屋の合計5か所(標高約2350mから3100m)に設置されたカメラを利用し、2008年から2011年までに撮影された画像を解析しました(図1)。

 画像は毎日1時間おきに撮影され、30万画素(640×480画素)のJPEG形式ファイルに保存されています。立山ではさらに詳細な観測を行うため、2010年から2100万画素の高解像一眼レフカメラを設置しています。

 融雪の検出は、画像に含まれる各画素の赤緑青の色を表す値(RGB値)を元に、対象画素を積雪画素と非積雪画素とに統計的に判別しました。植生の生育期間の推定には、各画素のRGB値から植生の緑色の濃さを表す指標の一つであるGR(注2)を算出し、植生の季節変化に伴うGRの時系列変化から、増加率(減少率)が最大となる日を生育開始日(終了日)と推定しました。

 ここで生育期間とは、光合成活動の可能な期間と定義し、常緑性植物については融雪後から秋の降雪まで、落葉性植物については開葉から落葉までの期間としました。

(注2) Green Ratio(GR)
GR=G/(R + G + B)

図1
図1
(a)観測対象(撮影地点):立山(室堂山荘)、燕岳(燕山荘)、涸沢岳(涸沢ヒュッテ)、前穂高岳(涸沢小屋)、槍ヶ岳(北穂高小屋)、
(b)立山室堂山荘カメラ(Canon , EOS MarkⅡ)、
(c)北穂高小屋カメラ(Victor, TK-S810)

3.研究成果

(1)融雪過程を定量的に把握

 積雪画素を自動的に判別するとともに、一部の誤判別の原因となる雲の影や霧の影響を除外した結果、積雪画素を極めて精度よく検出し、対象領域中の積雪画素の減少率の変化から融雪過程を表すことが可能になりました(図2)。

 山頂付近では、冬季の強い季節風により雪が吹き飛ばされて積雪量が少ないために融雪が早く、一方、立山や涸沢などのカール地形では大量の雪が吹き溜まるために融雪が遅くなりました。また、燕岳や槍ヶ岳サイトのような南向き斜面では、他の方向の斜面に比べて融雪が早いことが示されました。

 立山と涸沢東斜面では2008年や2010年よりも2009年の融雪が早い傾向が見られましたが、他の3サイトでは明らかな年次間差は認められないなど、融雪過程を定量的に表すことにより、融雪の年変動や局地的な特徴を容易に比較できるようになりました。

図2
図2
各サイトにおいて6月30日ごろに撮影された画像とその解析対象範囲(左、赤枠内)から検出された積雪画素(中央、ピンク色部分)、および積雪画素の減少率の変化(右)。

(2)植生の生育開始日等の分布

 春から夏の画像を用いて、各画素のGRの最大増加率から推定した立山における2009年と2011年の植生の生育開始日の分布を示しました(図3a, b)。図の赤い部分ほど早く、青い部分ほど遅く生育開始したことを表しています。

 2011年は2009年に比べて全体的に生育開始が遅く、8月の残雪が多かったことが分かりました。どちらの年も植生の生育は、山頂付近や地形の盛り上がった部分のハイマツ(図3の赤色部分)から始まり、次にその周辺の落葉性低木やササなど(図3の黄色部分)、続いて緩やかな斜面(図の緑色部分)から底部の草本類(図3の緑色部分)へと、雪融けに伴って徐々に進んでいく過程が明らかになり、その様子は画像から確認できました(図3c-j)。

図3
図3
立山における(a)2009年と(b)2011年の生育開始日の空間分布(解析期間は5/25-8/4)。写真は(c-f)2009年と(g-j)2011年に撮影された。カラーバー上の記号はそれぞれの写真の撮影日を示す。

 同様に立山における秋の画像から、2011年の生育終了日の分布を推定すると (図4a)、大部分は9月末から10月初旬に枯れるもののハイマツやササ(図4aの青部分)は11月に雪に覆われるまで生育を続けるなど、植物種による違いが認められました。

 生育終了日と開始日の差から、2011年の植生の生育期間を算出した結果(図4d)、1年間の生育期間は、主に微地形に関連した雪融けの順序に影響を受け、約40日から120日まで植物種によって大きく異なることが判明しました。

図4
図4
立山における2011年の(a)生育終了日と(b, c)撮影された写真。 カラーバー上の記号は写真の撮影日を示す。(d)生育期間の空間分布

4.今後への期待

 国立環境研究所では、世界に先駆けて高山帯に生態系観測用の定点自動連続撮影カメラの設置を進めています。カメラを利用したモニタリング手法により、従来に比べて格段に少ない労力で詳細なデータを高頻度に収集することが可能になりました。

 本研究では、蓄積した膨大な画像のRGB値を自動処理し、高山生態系の動態を客観的に把握する方法を開発しました。これまでに撮影された数年分の画像を利用して、融雪過程と植生の生育期間の空間分布を植生の群落や種レベルという高解像度で示すことに初めて成功しました。

 今回の研究結果からも明らかなように融雪やフェノロジーはその年や地点間で大きな変動を示しますが、本研究で開発した方法は、多地点における複数年のデータを統一的な基準で客観的に比較し、その変化の検出に役立ちます。今後、現地調査による検証と合わせて、地理情報や気象情報などを重ね合わせることにより、フェノロジーの挙動とその要因の解明、そして高山生態系の理解に貢献するものと期待されます。

 温暖化の影響を評価するために、今後、高山帯をほぼ網羅できるようにカメラを増設し、観測地域の拡大と長期間の連続撮影を目指しています。撮影された画像は高山生態系のモニタリングに用いるほか、多くの方々に関心を持っていただけるよう、ホームページから公開するなど情報提供を行っていきたいと考えています。

  • 参考文献1:
    Walther, G.R., Post, E., Convey, P., Menzel, A., Parmesan, C., Beebee, T.J.C., Fromentin, J.-M., Hoegh-Guldberg, O., Bairlein, F., 2002. Ecological responses to recent climate change. Nature 416, 389–395.
  • 参考文献2:
    Ide, R., and Oguma, H., 2010. Use of digital camera for phenological observations. Ecological Informatics 5, 339–347.

発表雑誌

  • 雑誌名:
    Ecological Informatics 16, 25-34
    Doi:10.1016/j.ecoinf.2013.04.003
  • 論文タイトル:
    A cost-effective monitoring method using digital time-lapse cameras for detecting temporal and spatial variations of snowmelt and vegetation phenology in alpine ecosystems
  • 発表者:
    井手玲子(独立行政法人 国立環境研究所地球環境研究センター 高度技能専門員)  
    小熊宏之(独立行政法人 国立環境研究所環境計測研究センター 主任研究員)
  • ※ 書誌情報は5月11日に決定され、論文のウェブページに公開されています。

問い合わせ先

  • 井手 玲子(いで れいこ)
    国立環境研究所 地球環境研究センター 
    電話: 029-850-2976
    e-mail: ide.reiko(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
  • 小熊 宏之(おぐま ひろゆき)
    国立環境研究所 環境計測研究センター 
    電話:029-850-2983
    e-mail: oguma(末尾に@nies.go.jpをつけてください)