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2006年12月28日

東アジア流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理プロジェクト(終了報告)
平成13〜17年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-73-2006

1 研究の背景と目的

表紙
SR-73-2006 [10.1MB]

 2001年6月,UNEPは世界の生態系機能の評価プロジェクトとしてMillennium Ecosystem Assessment(MA)を開始した.国立環境研究所は長江の流域環境管理プロジェクトの成果を受け,中国国家環境保護総局・中国科学院・国立環境研究所・UNEPとの共同により中国西部開発に伴う統合アセスメントの実施をMAに提案している.一方,内閣府総合科学技術会議は環境分野重点項目として『自然共生型流域圏・都市再生イニシアティブ』を主導し,流域圏全体の生態系機能が都市を支えるという基本的視点から,山地~農地~河川~湿地~都市~沿岸域固有の生態系機能及び生活空間の保全・修復・再生技術の確立を求めている.このような国内外の背景をもとに,流域圏(陸域・沿岸域)での水量および水質の時間・空間的な変化が流域圏の生態系機能に及ぼす影響のモデル化と流域圏の持続可能な環境管理手法の開発を目的として,本プロジェクトが推進された.

2 報告書の要旨

2.1 衛星データを利用したアジア・太平洋地域の統合的モニタリング

(1) 長江流域の植生による炭素固定能
 陸域生態系における水・物質循環を明らかにするため,国立環境研究所が中国国内に設置した5つの生態機能観測点(草地,水田,灌漑農地,森林,半乾燥地)の地上観測データを用いて,本研究で採用された米国モンタナ大学で開発されたBiome-BGCモデルの改良とのその検証を行った.本モデルは,植物による炭素や窒素の固定量を始めとした多くの生態学的要素のシミュレーションができるが,これまで北米大陸以外での計算結果の検証が余りなされていない。特に東アジア地域は,北米大陸と比較して人為的土地改変が大きく,生態系の断片化が進んでおり,南部の湿潤な地域での水稲栽培から北部の乾燥地域での灌漑農業まで,多様な農業形態を有している。このため,アジア地域においてこのモデルの検証が必要であると同時に,農業生態系への適用には,モデルの改良が必要と考えられた。本調査の結果,図-1に示すように,長江流域における人間活動に伴う植生変化による流域が有する炭素固定能の経年変化が明らかとなった.

(2) 農業生態系から三峡ダムに輸送された窒素負荷量
 三峡ダム湖の富栄養化が懸念されて現状を考慮して,本研究では農業生態系から三峡ダムに輸送された窒素負荷量の経年変化の検討を行い、長江上流河川および三峡ダムにおける窒素負荷量が急速的に増加していることを明らかにした.長江上流の1980‐2000年の5年毎の農業統計データや気象観測ステーション等の観測データを空間情報システムと結合し,窒素収支に関するデータベースを構築した.これを用いて,長江上流農村地域における人為的活動による反応性窒素(大気沈降,生物固定,化学肥料)や長江上流にある各主支流に輸送された窒素について,量的な及び空間的な変化を解明した.その結果,農業生態系から長江に輸送された窒素の量は総量の約9割を占め,1980年か2000年までに2.8倍に増加した.河川中の損失率が36%と仮定して,長江上流農村生態系から三峡ダムに輸送されたNの総量を計算した結果が図-2であり,河川への窒素輸送総量のうち,人為活動による河川に輸送される窒素の量は1980年から2000年までに4倍以上に増加したことを示している.一方,農村人口の排泄物による河川へ直接輸送された窒素の量は1980-1990年間増加し,1990-2000年減少していた.窒素源は,1980年には主に成都市と重慶市の周辺農村地域に集中していたが,1990年代に四川盆地の全範囲,及び四川盆地周辺の丘陵地に広く拡大し.化学肥料使用量の急増及び効率の減少が長江上流の窒素負荷量を増加させ、水質を悪化させる主な要因であったと推測された.

2.2 長江・黄河流域における水循環変化による自然資源劣化の予測とその影響評価

(1) 三峡ダムの洪水制御効果に関する検討
 長江上流域の主要支流域である嘉陵江流域を対象に,流域水文モデルを用いた水・土砂流出計算の実施とその検証を行った後,急傾斜地にある畑作地を森林域へ還元した場合の,雨水及び土砂流出抑制効果の検討を行った.近年頻発する長江流域における洪水災害の要因の一つに,上流域の森林面積の減少とそれに伴う土砂流出の増大が挙げられる.長江上流域にある四川省での植生被覆率は1949年の20%が,1980年には12%,現在では4%にまで低下している.また,2009年に完成予定の三峡ダムへの膨大な量の土砂流入は,その主な役割の一つである洪水調節に対して悪影響を及ぼすことが懸念される.これに対し中国政府は,雨水および土砂流出の抑制を目的として,流域内の急傾斜地に開発された耕地を森林や草地に戻す退耕環林政策を開始したが,洪水抑制や土砂流出量の低減に関する定量的な効果は確認されていない.本調査の結果,中国政府が推奨する傾斜角25度以上の畑地を森林地に戻す方針の効果が,図-3に示すように還林の閾値を変化させることで,より分かり易くなった.

(2) 華北平原の持続的農業のための水収支分析
 統合型流域モデル(NICEモデル)に農業生産モデルを結合することによって,華北平原及び黄河下流域での潅漑が地下水流動に及ぼす影響についてシミュレーション(NICE-AGRモデル)を行い、過度な灌漑によって地下水位及び水収支が大きく影響を受けていることを明らかにした.本モデルはトウモロコシ及び小麦の生育に必要な潅漑量を従来の統計データ・文献データよりも精度良く再現し,両作物の栽培時期における土壌水分,LAI,蒸発散,作物生産量,地下水位を良好に再現した.シミュレーションによって華北平原における空間的な地下水位分布(図-4)が得られた。

今後の検討課題

 本研究では,流域における気候要因と地形要因に適応した植物生態系を基本構造とする場を循環する『水』に焦点を当てた.特に,長江・黄河流域を対象として,水資源(洪水・水量・水質を含む広義の意味)利用についての検討を行った.しかしながら,流域での人間活動の駆動力であることを考えると,今後は社会・経済からの視点が必要であり,そうした体制での研究の展開が望まれる.

図-1
図-1 長江流域における植生による年間炭素固定量の分布図
図-2 1980,1985,1990,1995年,および2000年に長江上流農村生態系から三峡ダムに輸送された窒素の分布図
図-3 森林地に戻す畑地の角度変化に伴う土砂流出量の変化
図-4 地下水位分布の経年変化数値シミュレーション

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