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2001年1月31日

湖沼において増大する難分解性有機物の発生原因と影響評価に関する研究(特別研究) 平成9〜11年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-36-2001

1.はじめに

表紙
SR-36-2001 [1.0MB]

 近年、琵琶湖や十和田湖等の多くの湖沼において、流域発生源対策が行われているにもかかわらず、湖水中の有機物濃度(化学的酸素要求量 COD)の増大傾向が観察されている。何らかの難分解性有機物による水質汚濁が進行している。湖沼環境では、近年、植物プランクトン種組成変化を含む生態系の変化が著しい。難分解性有機物の蓄積に示される湖水有機物の質的、量的変化も湖沼生態系の変化に大きな影響を及ぼしていると推測される。また、水道資源としての湖沼水に着目すると、湖水中有機物濃度の上昇は、浄水過程の塩素処理によって生成する発がん物質トリハロメタン等による健康リスクの懸念を増大させている。湖沼環境及び水質保全上、緊急にこの新しい有機汚濁現象を把握する必要がある。
 本研究の目的は、湖沼水中の有機物の特性や起源を適切に把握する手法を確立し、湖沼水中での難分解性有機物濃度上昇の原因を解明し、さらに湖水有機物の質的、量的変化が湖沼生態系や水道水源としての湖水(トリハロメタン生成能等)に及ぼす影響を明らかにすることである。

2.研究の概要

(1)湖水中に蓄積する難分解性有機物の発生原因の解明

1)溶存有機物(DOM)分画手法の開発
 溶存有機物は複雑で不均質な混合体である。この状況で,我々の選択したアプローチは,可能な限り明白な切り口でDOMをマクロ的に分画して,各画分の分布および特性を評価することであった。このマクロ分画の基礎となる物質としてフミン物質を選択した。フミン物質は典型的な難分解性で疎水性の有機酸である。すなわち,DOMを易分解性-難分解性,疎水性-親水性,酸性-塩基性の三つの切り口で分画するDOM分画手法を開発・確立した(図1)。

2)湖水,河川水および起源の明白な流域水の溶存有機物(DOM)特性(DOM分画分布)
 霞ヶ浦湖水,流入する主要河川水,流域内の起源の明白なサンプルを,DOM分画手法によりフミン物質,疎水性中性物質,親水性酸,塩基物質,親水性中性物質の5つに分画した(図2)。フミン物質と親水性酸が全てのサンプルで優占した。DOM分画分布(生分解試験前の)はサンプル起源によって特異的に異なった。森林渓流水や畑地浸透水ではフミン物質が圧倒的に優占し,河川水ではフミン物質と親水性酸が同程度存在し,湖水,生活雑排水,下水処理水では親水性酸が優占した。生活雑排水での疎水性中性物質,アオコを形成するラン藻類の培養後培地での親水性中性物質の高い存在比は特徴的であった。生分解試験後のDOM分画分布においても,全てのサンプルで,生分解試験前と同様にフミン物質と親水性酸が優占した。従って,天然水(陸水)中の代表的な難分解性DOMはフミン物質と親水性酸であることが明らかとなった

3)霞ヶ浦湖水(湖心)における溶存有機物(DOM)の動態
 霞ヶ浦湖心におけるDOM,フミン物質,親水性酸および難分解性DOM,フミン物質,親水性酸の1997年における動態を図3に表す。湖水DOMおよび親水性酸の分解率は夏・秋期に最大で冬期に極めて低くなった。フミン物質は1年を通じて分解率が低かった。フミン物質が難分解性であることは予想通りであったが,親水性酸も極めて難分解性であることは新しい発見であった。1997年に限って言えば,難分解性DOMが夏季から徐々に湖水中に蓄積していることがわかる。1年間で約0.8mgC/L増えている。この期間,難分解性フミン物質は約0.2mgC/L,難分解性親水性酸は約0.8mgC/L上昇した。従って,湖水中の難分解性DOMの増大は,主に難分解性親水性酸の増大によるものと言える

4)霞ヶ浦湖水溶存有機物(DOM),フミン物質,親水性画分の分子量分布
 湖水および河川水のろ過サンプル(DOM),フミン物質,親水性画分(=親水性酸+塩基+親水性中性物質)の分子量を高速液体ゲルクロマトグラフィによって測定した。湖水DOM,フミン物質,親水性画分の平均分子量は各々760,990,600g/moleであった。湖水DOMおよびフミン物質は,従来報告されている数万?数十万の分子量ではなく,分子量1000以下の小さな有機物から成ることが明らかとなった。親水性画分に関しては既報データが存在しないが,極めて分子量の低いものと言える。

5)霞ヶ浦(湖心)における難分解性溶存有機物(DOM)の物質収支生分解試験後の分画データ,河川流量,下水処理場放流水量を用いて,湖心における難分解性DOMに関する物質収支を検討した(図4)。結果,難分解性DOMに関して,河川水の寄与は夏の80%程から冬・春には約40%に激減する,下水処理水の寄与は夏から春にかけて漸増し4月に20%程にも達する,ことがわかった。湖内部由来の難分解性DOMは夏・秋の寄与率20%程から冬・春に40%以上に上昇した。冬・春期における下水処理水の寄与率の大きさは注目に値する

図1  溶存有機物(DOM)分画手法の概略
図2  霞ヶ浦湖水,流入河川水,起源の明白な流水サンプルのDOM分画分布
図3  霞ヶ浦湖心におけるDOM,フミン物質,親水性酸および難分解性DOM,フミン物質,親水性酸の動態(1997年)
図4  霞ヶ浦湖心における難分解性溶存有機物(DOM)の物質収支

(2)湖水中で増大する難分解性有機物が湖沼生態系や水道水源水としての湖沼水質に及ぼす影響の評価

 1)溶存有機物(DOM)の植物プランクトンの増殖・種組成に及ぼす影響
 霞ヶ浦湖水から分離・精製したフミン物質は,アオコを形成する典型的なラン藻類ミクロキスティスの増殖を著しく抑制した(図5)。フルボ酸添加培養実験結果と化学平衡プログラムの計算結果から,現在の霞ヶ浦湖心では,アオコを形成するラン藻ミクロキスティスは,フミン物質と鉄の錯化により過酷な鉄不足状態にあると言える。この知見は,現在,ミクロキスティスが霞ヶ浦で優占種でなくなった事実と符合する。

 2)溶存有機物(DOM)のトリハロメタン生成能
 霞ヶ浦湖水のろ過水(DOM),フミン物質,親水性画分(=親水性酸+塩基+親水性中性物質)のDOC濃度を1mgC・L-1に調整し,トリハロメタン生成能(THMFP)を測定した。典型例として,霞ヶ浦浄水場取水点に近いサンプリング地点における結果を図6に示す。親水性画分のTHMFPはフミン物質よりも有意に大きかった。他のサンプルリング地点でも同様な結果が得られた。霞ヶ浦では親水性画分のほうがフミン物質よりも約2倍DOC濃度が高いことを考えると,トリハロメタン前駆物質として親水性画分のほうがフミン物質よりも重要と結論される。この結果は,代表的なトリハロメタン前駆物質はフミン物質とする既存学説を乗り越えた新しい発見である。

図5  フミン物質がミクロキスティス・エルギノーサ(Microcystis aeruginosa)の増殖に及ぼす影響
図6  霞ヶ浦湖水の溶存有機物(DOM),フミン物質および親水性画分のトリハロメタン生成能(THMFP)

3.今後の検討課題

 本研究において,フミン物質の分離に基づき溶存有機物(DOM)を一定のまとまりとしてマクロ的に分画することにより,湖水中の難分解性DOMに関する興味深い定性的な知見を得ることができた。次のステップは,有機炭素(TOC)等を有機物指標として,湖沼における有機物収支やDOM発生源の定量的算定を行うマクロ的(フレーム構築的)研究を実施することである。
 湖水DOMは不均質な混合体であり,その複雑さの故に依然不明な部分が多い。特に,主要な湖内部生産DOMである底泥由来および藻類由来DOMの特性に関する情報が圧倒的に不足しており,流域発生源対策を不明瞭なものとする原因となっている。湖水DOMの微量金属や栄養塩の生物利用性を介した藻類の増殖・種組成への機能・影響に関する研究も緒に就いたばかりである。これらのミクロ的(知見探索的)研究を進展させる必要がある。再現性のあるデータに基づいた研究成果は施策に大きなインパクトを与えるだろう。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
地域環境研究グループ
今井 章雄
TEL:0298-50-2405 FAX:0298-50-2570

用語解説

  • 難分解性溶存有機物(難分解性DOM [dissolved organic matter])
     文字どおり,分解しにくい溶存態の(水に溶けている)有機物を意味する。一般に「溶存態」とは孔径0.μ2m〜1μmのフィルターでろ過したものをいい。「難分解性」とは十分な溶存酸素,暗所,一定温度の条件下で,一定期間バクテイリアによる分解を経た(生分解試験)後に残存するものを指す。ちなみに,本研究では,暗所,20℃,100日間の分解試験後に残るものを難分解性DOMと定義している。
  • 溶存有機炭素 (DOC [dissolved organic carbon])
     水に溶けている有機物を有機炭素量(例えば,mgC・L-1)として表したもの。本研究では,DOCを有機物指標として採用している。過マンガン酸カリウムCOD(CODMn)は加算性がなく再現性に乏しいため,マクロ分画のパラメータとしては不適である。
  • フミン物質 (aquatic humic substances)
     疎水性の(水を嫌う性質を持つ)有機酸で,天然水中のDOMの30%〜80%を占める典型的な難分解性DOMである。フミン物質は,土壌有機物,陸上・水生植物,プランクトン由来と言われ,湖水に流入する主要な外来性DOMと考えられる。フミン物質は高分子画分のフミン酸と低分子画分のフルボ酸から成る。フミン物質の構造については過去何十年にも渡って研究されてきたが,未だにその構造は確定されていない。
  • 疎水性−親水性およびDOM画分
     疎水性−親水性とは水に溶ける程度等を示す概念である。本研究では,非イオン性の樹脂にある一定条件で吸着されるものを疎水性DOM,吸着しないものを親水性DOMと定義している。
     本研究で定義されたフミン物質以外の4つの画分に対応する考えられる化合物は:疎水性中性物質→炭化水素,農薬,鎖状アルキルスルホン酸エステル(LAS,洗剤);親水性酸→糖酸,脂肪酸,ヒドロキシル酸,アミノ酸,塩基物質→芳香族アミン,タンパク質,アミノ酸;親水性中性物質→オリゴ糖類,多糖類。アミ ノ酸は,その酸−塩基解離の性質により親水性酸と塩基に分かれる可能性があるが,そのほとんどは塩基画分に入ってくると考えられる。
  • トリハロメタンおよびトリハロメタン生成能
     主に溶存有機物(DOM)を前駆(原因)物質として,浄水処理過程の塩素殺菌処理において生成する有害発ガン物質。クロロフォルムを初めとする4種類の化合物の総称:トリハロメタン = [CHCl3] + [CHCl2Br] + [CHClBr2] + [CHBr3]。トリハロメタン生成能とは,サンプルをある一定条件下で塩素酸化して生成されるトリハロメタンの生成量を示す。本研究では,DOC 1mgC・L-1,pH7,24h,遊離(未反応)塩素が1〜2mgCl・L-1残存する条件で塩素処理した後に,ヘッドスペースGC/MS(ガスクロマトグラフィ)によりトリハロメタンを測定した。
     ちなみに,我が国におけるトリハロメタン関係研究は1970年代から1980年代初めに盛んに行われた。その成果として,トリハロメタン生成の主要な原因物質はフミン物質であると報告されている。ところが,本研究でも実施している天然水中からの溶存フミン物質の分離・抽出方法が開発・確立されたのは1980年代中頃である。すなわち,この時間のズレは,我が国でトリハロメタン研究が行われた時期に,溶存フミン物質の分離手法が存在しなかったことを意味する。

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