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2017年12月28日

環境試料タイムカプセル棟における野生動物の細胞・組織凍結保存

特集 日本の自然共生とグローバルな視点
【研究施設・業務紹介】

大沼 学

 国立環境研究所では2002年より、全国の動物園、大学、NPO法人、動物病院、環境省の野生生物保護センター等の協力を得て、野生動物の細胞や組織の凍結保存事業を開始しました。この事業を実施するための拠点として、2004年に建設されたのが、環境試料タイムカプセル棟です(以下、タイムカプセル棟。図1)。野生動物の中でも、タイムカプセル棟で保存しているのは、環境省レッドリスト(日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に記載されている主に哺乳類と鳥類の細胞や組織です(環境省レッドリスト2017には、哺乳類は63種、鳥類は151種が掲載されています)。

凍結保存の概要図(クリックすると拡大表示されます)
図1 国立環境研究所における野生動物の細胞や組織の凍結保存の概要
環境試料タイムカプセル棟を拠点に全国から保存用試料を集めています。

 このように野生動物の細胞や組織を保存することは、保全生物学的に「生息域外保全」の一手法に分類することができます。生息域外保全の一環で野生動物の細胞や組織の凍結保存を行う場合、最も重要なのは本来の状態・機能を長期間維持して保存することです。そのため、細胞や組織は、必要であれば適切な保護材とともに、液体窒素を使用して超低温で保存するのが現段階の技術では理想的です。野生動物の細胞や組織を液体窒素等で凍結保存する施設は遺伝資源バンクと呼ばれています。このような活動の先駆者はサンディエゴ動物園が実施している“冷凍動物園”です。液体窒素タンクが動物園とほぼ同等の機能を担っているのです。つまり、タイムカプセル棟も国内の野生動物を対象とした“冷凍動物園”であると言えます。

 凍結保存までの手順を紹介すると、死亡個体の全体を受け入れた場合は最初に病理解剖を行っています。同時に、鳥インフルエンザウイルス、ウエストナイルウイルス、野兎病等の病原体について遺伝子検査を行います。生体から採取した組織の一部や血液、死亡個体から摘出した臓器を受け入れた場合も同様に病原体の遺伝子検査を行います。病原体の検査あとで、皮膚組織あるいは筋組織を利用して細胞培養を行います。また、臓器は約5mm角に細切してから凍結保存します。これまでに、鳥類では国内で野生絶滅した日本産トキをはじめ、シマフクロウ、ヤンバルクイナなど、哺乳類ではイリオモテヤマネコ、ツシマヤマネコ、アマミノクロウサギなどについて細胞や組織の凍結保存を実施しました。平成29年4月までに111種3,137個体(鳥類60種2,181個体、哺乳類27種320個体、魚類21種533個体、爬虫類3種5個体)から細胞や組織を採取し、凍結保存を行いました。特に絶滅危惧種の皮膚や筋肉から培養した体細胞の凍結保存数は国内で最多であり、タイムカプセル棟は国内において絶滅危惧種の生息域外保全について重要な役割を担っていることになります。保存中の細胞や組織に関する情報は、「野生動物遺伝資源データベース」として一般に公開しています。

 また、凍結保存と同時に、国立環境研究所では野生動物の細胞や組織を活用した研究も行っています。これまでに、ヤンバルクイナやコウノトリの遺伝的多様性に関する研究や、絶滅危惧種のゲノム解析(対象種:コウノトリ、タンチョウ及びヤンバルクイナ)を、凍結保存していた細胞や組織を活用して実施してきました。今後は、絶滅危惧種の細胞や組織を利用して、感染症に関する研究や個体増殖に関する研究も実施し、絶滅危惧種の保全に役立つ成果を発表していきたいと考えています。

 国内における絶滅危惧種の細胞や組織の保存事業が軌道にのったため、国立環境研究所では、新たに海外の絶滅危惧種の細胞や組織の保存を計画中です。この新しい計画ではIUCNレッドリストに掲載され、且つ、アジア地域に分布している絶滅危惧種の遺伝資源保存を優先して実施する予定です。アジア地域、特に東南アジア地域は、生物多様性が急速に失われているにも関わらず、生息域外保全の一環として野生動物の細胞や組織の凍結保存がほとんど行われていないためです。具体的には、インドサイ、スマトラサイ、ジャワサイ、ボルネオオランウータン、スマトラオランウータン及びスマトラトラ等を優先種にする予定です。これまでに、ネパール、シンガポール、インドネシア、マレーシアの関係機関と共同研究について交渉を行ってきました。このような活動を通じて、国立環境研究所がアジア地域における生息域外保全関連の研究拠点となることを目指しています。

(おおぬま まなぶ、生物・生態系環境研究センター 生態リスク評価・対策研究室 主任研究員)
 

執筆者プロフィール:

筆者の大沼学の写真

国立環境研究所に勤務を始めたとき、日本産トキの細胞が凍結保存されていることを知って大変驚きました。日本産トキは細胞レベルでは絶滅していないわけですが、今後、このような種が増えないことを祈るばかりです。