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2012年10月31日

環境汚染物質の人への曝露評価を行う方法について

【シリーズ先導研究プログラムの紹介 : 「小児・次世代環境保健研究プログラム」 から】

新田 裕史

 人は空気、水、食物など種々の媒体・経路から、多種多様な環境汚染物質を取り込んでいます。これを曝露といいます。環境汚染物質の曝露量は、媒体中の汚染物質濃度と媒体の取り込み量によって決まりますが、両者には個人個人の生活行動、居住環境など多くの要因が関わっているとともに、各要因は空間的にも時間的にも変動します。環境汚染物質の人への曝露評価にはこのような複雑なシステムに関する理解が必要となります。

 環境汚染の問題において曝露評価が必要とされる場面には2つの場合があります。ひとつは環境汚染物質の健康影響との関連性を検討する環境疫学研究における曝露評価で、もうひとつはリスク評価・管理の枠組みにおける曝露評価です。前者の環境疫学研究は人の集団を対象として環境要因と健康影響との関連を調べなければなりません。調査対象者は相当な数の人々(場合によっては、10万人規模)になることは当たり前であり、調査対象者個々の曝露量を評価しなければなりません。リスク評価・管理においては、必ずしも個人個人の曝露量が必要ではなく、対象人口における平均曝露量や曝露レベル別の人口数(割合)を知ることが重要です。そのため、環境疫学研究における曝露評価はリスク評価・管理における曝露評価に比べて、手法の実行上の制約や困難度は大きくなります。どのような手法を採用するとしても、曝露評価に大きな不確実性が入り込むことは避けられませんが、不確実性の大きさを把握できるように、手法を選択する必要があります。

 「小児・次世代環境保健プログラム」のプロジェクト1「環境汚染物質曝露による健康影響評価に係る疫学調査手法の高度化に関わる研究」(下図参照)では、環境疫学の観点から、環境汚染物質の曝露評価に関わる手法上の課題の中から重要なものを選択して、検討を行っています。環境健康研究センターは環境省事業「子どもの健康と環境に関わる全国調査(エコチル調査)」の中核機関となっているため、子どもに重点をおいて研究を進めて、研究成果がエコチル調査に活かせるように目標を設定しています。

環境疫学研究に関連するデータベースの整備 高度化された曝露評価手法、影響評価手法の適用によるエコチル調査の補完。

 第一の課題は乳幼児を対象とした食事経由の環境汚染物質の曝露評価手法を確立するための基礎的な検討です。食事は栄養摂取という子どもの成長に必須な要素を取り入れることであるとともに、環境汚染物質の曝露経路としても重要です。ここでの課題は数万人以上の規模の調査でも適用可能な、乳幼児を対象とした食事調査のツールを開発するための検討です。成人を対象とした疫学研究では、食物摂取頻度調査(FFQ)と呼ばれる質問票を用いた標準的な調査がすでにあります。食品の摂取頻度(例えば、1週間に何回程度)と1回当たりの目安量を質問して、その回答から回答者の平均的な食品摂取量と総カロリーや各種栄養素の推計を行うものです。この方法は食事とがんなどの疾患発症を調べる栄養疫学の分野で確立したものです。FFQの妥当性を検証するためには、実際の食事内容とFFQの結果を照らし合わせる作業が必要であり、乳幼児を対象としたFFQの方法を確立することが目標となります。また、ある種の環境汚染物質は特定の食品や食品群に多く含まれていることが知られており、それらの食品・食品群の摂取量を把握するための手法を検討することも目標としています。摂取される食品には地域差があり、また季節による差もあります。そのために、全国各地で乳幼児がどれくらいの頻度でどのような食品を摂取しているかを把握するために、季節毎に数日から1週間にわたる食事内容の調査を行うことを計画して、季節別の調査を開始しています。調査結果に基づいて、FFQで取り上げるべき食品をリストアップするとともに、食事量に関する調査結果とつき合わせて、乳幼児を対象とした環境汚染物質の曝露評価を含むFFQの妥当性について検討を進める予定です。

 環境汚染物質の曝露評価手法は他に、環境試料や生体試料を直接分析する方法があります。エコチル調査では10万組の母子から血液・尿などの生体試料を採取して、環境汚染物質濃度を測定する予定です。また、環境試料についてもエコチル調査の一部対象者の家庭内でハウスダストや室内空気の採取を行う計画があります。しかしながら、環境汚染物質の種類は数多く、限られた量の試料を用いて分析を行うためには、多成分を一度に分析する方法を開発しなければなりません。そこで、健康影響との関連性を評価するうえで重要な汚染物質を選択したうえで、多成分一斉分析を行う測定手法を検討して、エコチル調査の分析に適用することを考えています。

 一方、生体試料中の濃度測定によって曝露評価ができる環境汚染物質は、生体内に長期にわたり蓄積されるものや、曝露量の時間変動が小さく、かつ代謝速度が比較的遅いなどの特性を持つ物質に限られます。ある時点で採取した環境試料中の分析によって、曝露評価が可能となる環境汚染物質は、対象とする環境媒体中の濃度の時間変動がそれほど大きくないことなどの条件が必要です。例えば、大気汚染のように時間変動が大きいものの場合は、ある一時点の濃度では曝露評価の意味は薄く、長期にわたり連続的に環境中濃度を測定することが必要となります。しかしながら、長期連続測定を、疫学調査の対象者が生活する空間のすべてで実施することは不可能です。

 このようなさまざまな制約のもとで曝露量の推計を行う方法の一つとして、物理モデルや統計モデルを用いた、もしくはそれらを組み合わせた曝露評価モデルに基づくアプローチがあります。大気汚染物質では大気拡散モデルによる空間濃度推計と人の生活時間とを組み合わせた時間加重モデルによる曝露量推計モデルがあります。これまで、環境汚染物質の曝露評価モデルは主として大気経由などの曝露経路毎に検討されてきました。しかしながら、曝露経路が複数にわたる物質に関してのモデル化については十分な検討が行われていませんでした。本プロジェクトでは、このような曝露実態がある汚染物質を選んで、各環境媒体における実測を行いながら、モデルの基本構造に関する検討やシミュレーションによる感度解析などを行いながら、モデル構築を進めています。

(にった ひろし、環境健康研究センター長)

執筆者プロフィール:

新田  裕史

現在、環境健康研究センター長とエコチル調査コアセンター長代行を兼務しています。約30年前に大気汚染物質であるNO2の個人曝露評価に関して博士論文を書きましたが、30年経っても、曝露評価の困難さは克服できていないと感じます。

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