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流域環境の保全とGIS

環境問題基礎知識

亀山 哲

はじめに

 今回は,最近よく耳にする環境キーワード「流域環境の保全」とその分野で利用されるGISの応用例について紹介します。GISとは,「Geographic Information System」の略で,一般に「地理情報システム」と呼ばれています。簡単に言えば,これまで紙の地図に描かれてきた地理情報をコンピュータの中でデジタル情報として扱い,データベースとして整理し,そのデータをもとに分析・解析等を行うものです(たとえば,7頁からの記事参照)。

 はじめに,流域環境を水の循環という見方から説明します。降雨として陸地に降り注いだ水は,様々な経路をたどり,最終的に河口に集まって海に流れ込みます。海に流入した水は,蒸発して雲となり,大気の移動によって他の場所に運ばれ再び雨として降り注ぎます。この水のサイクルを水循環といいます。そしてこの循環のバランスが人間の活動によって崩れ始めたことが,国内だけでなく世界的にも大きな問題となっています。

 一般的に流域(集水域)とは,一つの河口を通じ海に流れ込む(または湖沼に流入する)水が集まってくる陸地の範囲のことです。流域の中を移動する水はその過程でいろいろな形で利用されます。人間社会の中で飲料水や工業・農業用水として利用されるだけではありません。水は生態系のすべての相互作用に深くかかわっており,生物を育んだり気候を安定させたりする最も根本的な物質です。また同時に,水は本来循環型の資源と考えられます。我々は流域を移動していく水を利用する上で,汚濁負荷をより少なくし,節約し,また安全に利用しなければなりません。現在,流域を一つ一つの地域的なまとまりとしてとらえ,水とのかかわりを再認識し,流域本来が持つ健全な水循環を再び取り戻す試みが始まっています。ではその流域の環境を保全するということはどのようなことなのでしょう。河川管理の流れとアメリカのCWA(The Clean Water Act)

 日本の河川史を少しさかのぼって説明します。河川に関する法律(旧河川法)は明治29(1896)年に制定されました。この法律の主目的は治水(洪水を防ぎ人命や財産を守ること)とされていました。具体的に言えば,江戸時代以降,地域住民を主体として利用・管理されてきた川を,国家が管理し,その代わりに治水費を国民が支払うことを決めたものでした。2回目の法律改正が昭和39(1964)年です。治水の他に利水(水資源を開発して利用すること)という考え方が取り入れられ,水系一貫(流域の源頭部から海岸までを一貫して考えていこうという発想)の管理制度のもと,水資源開発を行いやすいように改められました。最後の河川法改正は平成9(1997)年に定まり,既存の「治水」「利水」に加えて「河川環境の整備と保全」が明記されました。この改正には,河川の管理について「地域の意見を反映した河川整備の導入」も義務付けられています。

 流域環境を保全するための具体的な政策についてアメリカの例を取上げます。アメリカでは1972年にCWAが作成されました。CWAでは,水域における生物的・化学的・物理的な要因を統合的にとらえることと,水域保全や修復の目標が提示されています。この中で,特に水質環境の管理について次の様な行動計画が進められました。この計画の主たる目的としては「全ての国民が釣りや水泳を楽しめる水域の実現」が掲げられており,次の4つのポイントが含まれています。

 1.流域ベースでの管理
2.生態系や天然資源保護を意識した対策管理
3.厳しい水質基準による汚濁源対策
4.適切な情報提供

 特に1.の「流域ベースの管理」の部分では,「正常な水は健全な管理が行われている流域において確保できる。」という考え方が基本とされています。言い換えれば,より良い水を必要とするのであれば,流域の管理はより健全でなければならないと言うことを意味しています。

流域環境保全とGIS

 先に述べた4つのポイントを意識しながら我々が使っているものが,流域環境保全のためのGISです。GISとは先に述べましたように,これまで紙の上で扱っていた地理情報(河川や道路,また生物生息情報などの空間的な情報)をデジタル化して,コンピュータ上で空間的な解析を行うシステムのことです。

 GISの持つ大きな特長は,1)データベースと2)インターネットを利用した双方向コミュニケーションと言えます。

 データベースを上手く構築すれば,広い流域全体をカバーする多様なデータを一元的に管理することができます。最近ではGISの中で利用できるデータフォーマットが共通化し,データの互換性が高まる方向にあります。これはとても有り難いことです。データを共有できれば,まったく別の機関によって集められたデータであっても,GISの中で組み合わせることによって,より高度な情報として生まれ変わることが可能です。

 GISのもう1つの特長である双方向コミュニケーションの仕組みは,WebGISまたはインターネットGISと呼ばれています。具体的には,インターネットを通じて一般の人からデータを収集し,集約された結果やそこから得られた解析結果を再度公開するシステムのことです。最近では,研究所・大学などがデータベースとして整理している空間データ基盤や研究成果の公開と共同利用が急速に広まっています。

 上記2つのGISの特長は,流域の保全策を検討する場合(具体的なゾーニングや問題個所の抽出,または調査地点の絞込み等)に非常に有効に活用されます。

流域のネットワーク解析

 流域環境保全のためのGISを用いたのアプローチとして,我々は信頼性の高いデータベースと新しい解析技術(空間解析アルゴリズム)が重要であると考えています。

 最初の流域環境のデータベースとは,たとえば流域内の河川・地形・集水域・河川構造物・土地利用などの基盤データや生物生息情報,気象データなどが含まれます。

 二番目の空間解析アルゴリズムには,特に河川の連続性(上流と下流の相互作用)を切り口とした解析方法に着目しています。流域をさらに細かく小さな流域(サブ流域)に分割すれば,その一つ一つが水の流れで繋がったネットワークを構成しているので,我々はこのアプローチを「流域のネットワーク解析」と読んでいます。流域の保全を考える上で忘れてはならないポイントの1つは,この「ネットワークによって成り立っている多様な相互作用」です。相互作用には川を縦断方向から見た「上流と下流の相互作用」と,横断方向から見た「陸域(森や河畔林)と川の相互作用」があります。流域が健全であるかどうかを考える時は,この相互作用がどの程度自然状態に近いのか,また本来の機能をどれ位保っているのか判断する必要があります(図1)。

図1.森林内河川内における食物連鎖から見た相互作用
図1.森林内河川内における食物連鎖から見た相互作用

 具体的な解析の一例を示します。たとえば,全国各地にある河川構造物(ダムなど)の位置・竣工年代と河川のネットワーク(河川の上流/下流の繋がりを整理したもの)データを組み合わせれば,どの地域がいつから海と分断されたのか(流域の連続性がどこで途切れているのか)地図上に表示することができます(図2)。また同時にこのデータと淡水魚類の多様性データ(特に通し回遊魚(=海と川を行き来して生活史を終える魚類))を重ね合わせると,ダム建設による生態系への影響評価が可能となります。またさらに,現地調査を計画する段階で生息環境の劣化が懸念される場所をあらかじめ抽出することもでき,研究を効率的に進めることができます(ダムによる流域の分断化と淡水魚類への影響の解析は,生物多様性研究プロジェクト福島路生主任研究員主導のもと,北海道環境科学研究センター,酪農学園大学と共同研究を継続しています)。

図2.ダムによって分断化されたサブ流域と二つのグループに分けられた魚類調査地点(北海道沙流川の流域拡大図)

おわりに

 河川は上流から下流までが自然な形で連続的に繋がっている状態が本来の姿です。しかし,現在よく見られる流域の姿はこれと大きく異なるように感じられます。洪水を防ぎ,人間社会が水を利用するという目的を重視するあまり,川本来の景観を大きく損ねているのが現状です。ある区間は水を取り入れるためだけの用水路であり,別の区間は下水の排出を目的とした排水溝として存在しています。流域環境を保全するための基本的なアプローチは,川が本来備えていた「連続性」を取り戻し,水の循環をより自然の健全な状態に近づけることであると思われます。

 流域を保全するということは,個人はもちろん,一機関が行う単独のプロジェクトだけでは実現することができません。河川生態系の中には,太陽放射をインプットとする生産者→動物プランクトン→水生昆虫→魚類→分解微生物といった物質の循環のための機能があります。流域環境を支える人間の社会の中にも何か有機的なネットワークが必要であると考えることがあります。流域内で問題が顕在化し,調査計画を立て,現地調査のデータを整理して結果をまとめ,さらにその結果をもとに一般の人が判断できる材料として地図やシナリオが完成する。この一連の過程では人や組織の繋がりがとても重要です。また同時に,個々の担当者はその連続的な関係の中で,各自の位置付けと流域の未来に対する責任を忘れてならないと思います。

 (かめやま さとし,流域圏環境管理研究プロジェクト)

執筆者プロフィール

  最近休日,個人的に魚類の生息地調査を継続しております。メインフィールドは牛久沼・霞ヶ浦や茨城北部沿岸域です。たまに房総半島・三浦半島まで遠出することもあり,東京湾にヨットを浮かべたこともあります。流域圏の未来と,「それは単に趣味で言うところの釣りじゃないの?」と判断するカミさんへの対応が目下の課題であります。