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高橋 進

 7月に環境情報センターに異動になり,すぐさま研究所の「独立行政法人化」や九州・沖縄サミットでも話題の「情報技術(IT )革命」といった大きな流れの中に巻き込まれている。

 私はもともと自然保護局の技官として,自然保護行政の経験しかないが,環境情報に関しては,長らく自然環境調査室(3年前に山梨県に作られた生物多様性センターの前身)に勤務し,調査成果をいかに発信し活用していくか(国民や研究者の参加を促すための調査自体の広報も含め)を検討し,また,自然に関する情報センター機能が柱のひとつでもある生物多様性センターの基本構想取りまとめにも携わった。さらに,95年から98年には,JICA インドネシア生物多様性保全プロジェクト(フェーズI )リーダーとして派遣された。プロジェクトでは,研究推進,保護地域計画管理とともに情報整備が活動の3本柱のひとつであった(無償資金協力では,生物多様性情報センター機能を含んだ動物研究標本館などの建設やワークステーション,電子顕微鏡などの機材供与)。このように,環境情報のうちのほんの一面ではあるが,多少のかかわりは持ってきたので,さまざまなメディア(媒体)での情報収集・発信,研究者・国民・企業・行政などとの連携など,独立行政法人化後の環境情報センターを考える上で,これまでの経験も生かせればと思う。

 ところで,先のサミットでは途上国と先進国とのIT 格差が話題になり,格差の解消が宣言にも盛り込まれた。IT 南北格差,確かに全体としては格差は存在するのだが,実感は少々異なる。95年のインドネシア赴任前,パソコンは自前の2台目のものを所有していたが,まだインターネット,E メールにはなじんでいなかった。携帯電話も女子高生や記者さんのポケベル程度の記憶しかない。それが,ジャカルタに到着したとたん,携帯電話を片手に高層ビル街を行き交う多くのビジネスマンを目撃し,抱いていたイメージとの落差に驚いた。また,国際郵便・電話料の節約の上からも,私自身すぐにインターネット,E メールのお世話になった。派遣前研修でJICA 研修所にこもっている間に,日本でも急速に普及していたのかも知れないが,とにかく私にはジャカルタの方が,東京より進んでいるように映った。

 これには,多くの島々を抱え,電話線の敷設にも莫大な費用と時間がかかり,メンテナンスもままならないインドネシアならではの事情もある。しかし,得てして途上国の状況はこんなものではないだろうか。すなわち,援助等により最新の設備が導入され,進化(?)の過程を何段階も飛び越えてしまうのである。環境情報センターで昨年度から(国内でも遅い部類?)取り組んでいる地理情報システム(GIS )も,プロジェクトでは当初から導入し,そのための専門家も増員して派遣してもらった。何しろ,軍事上の理由もあり,まともな地形図さえ手に入らないので,自前で作成するしかないのである。この結果,途上国の大都市では少なくとも表面上は南北格差どころか,逆転現象さえ生じることになる。一方で,電気さえもない生活を送らざるを得ない人々も多数いる。また,最新のコンピュータなどの設備を使用するにも,専門技術者不足(だからこそ援助プロジェクトで技術移転の必要がある)は当然のこと,電圧の変動や落雷などによる停電も日常茶飯事である。こうした国内の地域格差やありとあらゆる事柄でのアンバランスこそが問題である。だが,これらの国内地域格差も,IT が本当に人々の生活を潤すものであれば,時間はかかっても遠からず解消するであろう。どんなに山奥の自家発電しかない部落でも,電灯もつけない真っ暗な室内で,テレビだけが異様に明るかったように。

 翻って,インフラ整備などでも国内格差もなく,流行もあっという間に広まる我が国は,携帯電話やインターネットの普及などで,今や世界でも有数の情報先進国である。しかし,息子に尻をたたかれながらE メールに取り組み始めた妻やPC トラブルが発生するとすぐ息子を頼ってしまう私自身を顧みると,IT 推進には南北格差,地域格差もさることながら,世代間格差の解消や高齢者・障害者対策などアクセスのバリアフリー化もまた大きな問題のように思う。

(たかはし すすむ,環境情報センター長)

執筆者プロフィール:

1972年環境庁入庁。以来,自然保護局企画調整課,計画課,自然環境調査室,南関東地区自然保護事務所などで,身近な自然から地球規模までの自然環境保全政策や環境基本計画などに従事。この間,香川県,JICA (インドネシア)にも勤務。