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微生物を用いた汚染土壌・地下水の浄化機構に関する研究

研究プロジェクトの紹介(平成10年度終了特別研究)

矢木 修身

 現在,全国各地の土壌・地下水中からトリクロロエチレン,テトラクロロエチレン等の揮発性有機塩素化合物や六価クロム,ヒ素等の重金属が検出され大きな問題となっている。揮発性有機塩素化合物の中には,肝障害や発がん性を有するものも多く存在するため,浄化対策として,地下水の揚水・ばっ気,汚染土壌ガスの吸引,汚染土壌の風乾等の物理的手法が主に用いられている。一方,水銀等の重金属による土壌・底質汚染の浄化対策として,浚せつや封じ込め処理が行われている。しかしこれらの処理方法は,無害化処理方法でないこと,また土壌の再利用が不可能なこと,さらに低濃度・広範囲な汚染には適応できないこと等の問題点があり,新たな浄化技術の開発が期待されている。現在,これらの問題点を解決できる新しい技術として,バイオテクノロジーを活用したバイオレメディエーション技術が注目されている。

 バイオレメディエーション技術とは,微生物機能を活用して汚染した環境を修復する技術であり,現場に生息する微生物の浄化能を高める自浄機能強化法や外来の微生物を活用する浄化微生物導入法がある。本技術は,分解により汚染物質が根本的に除去されること,省資源・省エネルギー的技術であること,費用が安いこと等の特徴を有しているため,地球にやさしいクリーンな浄化技術として注目されている。

 米国においては,ガソリンや原油による土壌・地下水汚染が深刻であり,これらの浄化にバイオレメディエーション技術が大いに利用されている。また,現在,OECD(経済協力開発機構)においても,バイオレメディエーション技術とそのリスク評価手法の各国間の調整が精力的になされている。また我が国の環境基本計画においても,「生物を活かした環境整備技術」の開発,普及が求められている。しかし,本技術は,新しいがゆえ,その効果と安全性の面で不明の点が多く残されているのが現状である。

 本特別研究は,このような状況を踏まえ,バイオレメディエーション技術の基礎となる浄化微生物の開発と浄化機構の解明ならびに浄化機能の試験法の開発を目的として,平成8~10年度の3年間にわたり研究が遂行された。

 バイオレメディエーションを実施するためには,まず有効な微生物の開発とその安全性の評価が重要となる。私どものグループでは,これまでにトリクロロエチレンを分解できるメタン酸化細菌Methylocystis sp. M株を分離しているが,さらに新たな分解菌を土壌中から探索を行ったところ,汚染土壌から高濃度のトリクロロエチレンとトリクロロエタンを同時に分解できる新種のエタン酸化細菌Mycobacterium sp. TA27株を分離できた。土壌中には,まだまだ多くの未知の微生物が存在していることが明らかとなった。

 次に,これらの微生物が,なぜトリクロロエチレンやトリクロロエタンを分解できるのかを調べてみたところ,分解力はメタンやエタンを酸化する酸素添加酵素によるものであり,この酵素が3種類のタンパク質からなる複雑な構造をしており,それゆえ化学反応では高温,高圧でしか進行しない反応を,常温,常圧でいとも簡単に進行させてしまうというからくりを明らかにすることができた。またM株とTA27株の遺伝子解析を行い,他の細菌と異なる遺伝子配列を活用して,従来,計数に1カ月を要したのに,半日で計数できる手法を開発した。このことにより,安全性の評価で重要な項目である,環境中における微生物の挙動を迅速に評価することが可能となった。

 さらに,カラムを用いた地下水飽和土壌帯のモデル装置並びにライシメータを用いた不飽和土壌帯のモデル装置を構築することができた。この装置を用いて浄化効果実験を行い,微生物を活用したトリクロロエチレン汚染の浄化が有効であることを明らかにするとともに,この結果をもとに,本技術の安全性を評価する手法を提案した。

 本特別研究において,浄化微生物の開発,浄化機構の解明及び安全性に関し,多くの知見を得ることが出来た。本研究から得られた土壌・地下水の生態影響評価手法は,環境庁の地下水浄化のためのバイオレメディエーション技術のガイドラインの作成に大いに寄与したものと考えている。今後は,本研究で開発された微生物浄化技術を,実際の汚染環境の浄化へ活用したいと考えている。

(やぎ おさみ,地域環境研究グループ新生生物評価研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール:

東京大学農学部農芸化学科卒業,農学博士,昭和52年国立公害研に入所,平成8年に現チームに配属,バイオテクノロジーの環境浄化への活用とその安全性の研究に従事,テニスをこよなく愛す。