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社団法人大気環境学会会長 横山 榮二

 PM2.5(直径2.5μm以下の粒子),あるいは微小粒子の健康影響が大気汚染分野での新しい課題となっている。すでに1980年代後半から大気中の粒子状物質,特にPM10(直径10μm以下の粒子)による健康影響,端的にいえば毎日の大気内粒子濃度と死亡率,特に心肺疾患患者の死亡率との変動の相関が米国を中心とする各都市で観察され始め,さらに2,3の調査においてはより微小な粒子,すなわちPM2.5より強い相関が示された。なかでも PM2.5の役割を一層明らかにしたのはHarvard Six Cities Studyである。本調査は本来,1974年から米国東部6都市において開始された成人及び小学校生徒を観察集団とする呼吸器症状と肺機能に関する追跡調査であるが,1979年から8年間にわたり各都市において毎日あるいは隔日に大気中のPM10とPM2.5濃度,及びこれらにおける硫酸塩と水素イオン濃度を測定し,それらと毎日の住民死亡数との相関の中で最も強い相関は PM2.5の間にみられることを示した。これらの疫学結果をうけて,米国では1997年に従来からのPM10の基準値にPM2.5の基準値を加えるという形で粒子状物質の環境基準を改正している。

 内分泌攪乱化学物質やダイオキシン等最近の環境問題に加えPM2.5も外国から発信されたものであることについての研究上の寂しさは別に論じるとして,PM2.5問題でつくづく感じるのは長期継続的な観察の大事さである。Harvard Six Cities Studyも,本来疫学的研究である以上厳密な意味での因果関係を示したものではなく,その結果の解釈に全く異義のないわけではない。しかし調査結果に基づく微小粒子と健康影響の因果関係に関するHarvardの研究者らの推論にともあれ一定の説得性を感じるのは,この調査が8年間にわたる継続調査であるからである。これが1年,2年の調査ではこのような説得性を感じうる程のデータは得られなかったに違いない。我が国においても長期継続調査がない訳ではない。環境庁による「大気汚染健康影響継続観察調査(1986〜1990年)」及び「窒素酸化物等健康影響継続観察調査(1992〜1995年)」においては,同一生徒における呼吸器症状の継続調査が実施されており,両調査の結論にいささか整合性のなさを感じるが,従来主流であった断面的調査による有症率に加え,”新規発症率”という新しい影響指標が得られたことは評価されるべきであろう。

 環境汚染の健康影響の解明に疫学が必須であることは言うまでもないが,上記したような大規模で長期にわたる継続調査は研究者個人の情熱にのみ頼っていては恐らく実施不可能であり,研究分野,さらには社会的な分野のサポートが不可欠である。勿論このことは実験的研究においてもしかりである。

 国立環境研究所はこの種の大規模な長期観察を必要とする疫学及び実験的研究が可能な我が国において数少ない研究施設の一つであり,今後とも本分野における国立環境研究所のリーダーシップを期待するところ大である。

(よこやま えいじ)

執筆者プロフィール:

 前国立公衆衛生院長,中央環境審議会委員(大気部会環境基準専門委員長),昭和62年〜平成元年旧国立公害研究所環境生理部長併任,東京大学医学部卒