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副所長 大井 玄

大井  玄の写真

 最近まで医療の世界に身を置いていた者として,医療に対する世間の眼の厳しさを感じてきた。たとえば,「三時間待って三分間診療」がその代表的批判である。「よく説明し納得できる医療を」との要望がその後に来る。

 無理もないが,批判する人のどの位が次のことを知っているだろうか。つまり,日本ではGNPの約7%(パチンコ産業に近い)にすぎない医療費で国民すべてがそこそこの医療を受けている。これは他の先進国と比べても評価されてよい。よく引き合いに出されるアメリカでは,医療費がGNP比14%に達するのに,4千万人もが健康保険を持っていない。そればかりではない,両国間には病床100当たりの医療従事者数が350人対80人(EU(European Union)諸国平均185人)という圧倒的な差がある。

 世間の認識と現実との格差が大きいのは医療の世界だけではない。よく日本は官が大きすぎる,行革により小さな政府を目指せという声が伝えられるが本当であろうか。実は日本の人口当たりの公務員数(国家・地方を含む)はOECD諸国でも最低に近い。仕事量に対してその仕事に従事する人の数が少なすぎると何が最初に犠牲になるか。

 何年か前の話である。日本輸出入銀行(輸銀)は当初小規模で発足し外国援助などの取扱量も少なかった。だが日本の経済発展と共に取扱量が拡大し,世界銀行(世銀)の半分ほどまで増えた。仕事量が増えれば民間企業では人も増える。しかし輸銀は半官半民機構であるため定員は遅々として増えない。当時世銀の正規職員が7,000人であるのに輸銀はわずか650人だったという。

 さて,仕事に比べ人数が少ないため最初に犠牲になるのはリサーチと情報蒐集である。同時に情報に基づき決定されるべき判断の自由も失われた。銀行の貸付に際して,当然借り手(国)の経済的将来につき情報が入手されねばならない。それが不可能な輸銀は世銀の与える情報に依存するより他なかった。世銀が貸付をするならばそれに相乗りして貸付けたという。

 国立環境研究所に赴任してまず印象を受けたのは,研究者が忙し過ぎることだった。多くのプロジェクト研究,国際シンポジウムやワークショップの開催,各種委員会への出席など。それはいみじくも吉良龍夫先生が本欄(15巻3号参照)で指摘された通りである。仕事量と研究者数との不均衡が大きすぎよう。当研究所の研究者数は約180人。これに対し,(安直な比較はできないものの)アメリカ EPA(Environmental Protection Agency)の研究者数は約2,000人(1993年)。

 我が国の属するアジア・西太平洋地域は,今後21世紀初頭にかけ,地球で最も大きな経済発展と,最も激しい環境破壊が予測される。「持続的発展」という達成目標の成否は実にこの地域で試されよう。またそれに我々の将来も大きく依存している。ここにこの地域の環境研究と情報蒐集を,(他国の研究者たちと協力しながらも)自前で行わねばならぬ根拠がある。そして社会の良識に訴えるべき必要性もある。

(おおい げん)

執筆者プロフィール:

東京大学名誉教授,東京大学医学部卒。衛生学・国際地域保健学・生命倫理学専攻,医学博士。