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化学物質の生態影響評価のためのバイオモニタリング手法の開発に関する研究

研究プロジェクトの紹介

畠山 成久

目的

 近年,生態系の危機を憂慮する国内外の社会情勢に伴い,化学物質の生態影響を配慮した環境基準や規制のあり方が求められている。これまでの調査・研究から,化学物質の潜在的な生態影響が無視できないこと明らかにし,また化学物質の生態影響評価には生物間相互作用を考慮することが重要であることを示した(国立環境研特別研究報告「水環境における化学物質の長期暴露による相乗的生態系影響に関する研究」,SR-19-'95)。

 本研究では,化学物質の潜在的な生態影響をバイオモニタリングにより連続的に評価する手法と,バイオモニタリングに用いた生物の各種反応が化学物質の生態影響を如何に反映し,指標となりうるかに関しての調査・研究を行う。

 対象としては,河川や湖沼などの水界に流入する化学物質,具体的には当面農薬類を対象にするが,調査・研究の成果は言うまでもなく農薬以外の様々な化学物質にも応用が可能であると思われる。新規化学物質の生態影響評価には,OECDなどが設定している様々な生態影響試験法により,藻類,ミジンコ,魚などに対する急性あるいは慢性影響試験が求められる。

 しかし,本研究の目的はこのような評価を受けて使用され,その結果環境中に存在することになった,低濃度ながら様々な化学物質が水生生物やその集合体である生態系にいかなる影響を及ぼすかに関しての調査・研究を行うことである。これらの調査・研究の成果に基づき,化学物質に対する生物反応(あるいは影響)のレベルを以て,化学物質の総合的毒性から生態系を保全するための環境基準や規制のあり方と,その具体的な方法を提起することを目的とする。

全体計画

 以下の二課題に従って調査・研究を行う。

1.高感受性水生生物の選定と生物相互作用系に及ぼす化学物質の影響解析

1)水生生物は食物連鎖系(食う−食われる関係)のほかにも同じ餌資源をめぐる競争関係のバランスの下で共存しているが,化学物質はこれらの関係を乱し,一部の生物の消滅や大発生を引き起こす。本研究では,水界生態系における主要な生物間の競争関係を解析し,それに対する化学物質の影響のメカニズムを調べる。

2)化学物質が様々な水生生物の行動に及ぼす影響を調べ(致死濃度よりもはるかに低い濃度で反応が現れるであろう),食物連鎖系を介した化学物質の生態影響を評価するためのバイオモニタリング手法を検討する(例えば,魚とその餌となる生物を共存させ,餌生物の行動変化により両者のバランスが如何に変化するかなど)。

3)食物連鎖関係にある水生生物間では,生物が作る化学物質を介した生物間相互作用が存在することが近年明らかとなった。本研究ではこのような生物間相互作用に及ぼす化学物質の影響と生態影響との関わりを研究する。

2.生態影響評価のためのバイオモニタリング手法の開発

1)化学物質に高感受性の試験生物を検索し,それを用いたバイオモニタリング手法の開発と,試験生物の反応形態が生態影響を如何に反映し指標となりうるかに関しても調査・研究を行う。低濃度・複合汚染の化学物質に反応する生物はかなり限られるが,幼若期の水生生物の感受性が高いこともあり,このような水生生物の実験生物化の可否がバイオモニタリング手法開発に大きなウエイトを占める。

2)懸濁粒子や底質などを主要な餌とする生物にとっては,餌を介した化学物質の影響が重視されている。餌を介した化学物質の影響を評価できるバイオモニタリング手法を開発する。底泥は各種の化学物質で汚染されるが,その中に生息しそれを食べる底生生物への影響評価をユスリカやエビなどを用いてバイオモニタリングを行う。

3)様々な生物相互作用系の中から,餌を介した競争関係ではカイアシ類とミジンコの競争関係に及ぼす化学物質の影響を,連続培養系を用いたモデル試験で調べる。食物連鎖を介した化学物質の影響評価では,様々な生物(水生昆虫など)を用いたバイオモニタリング手法を検討する。

4)生物は成長に伴ってその感受性が変化する。試験生物の高感受性期を調べ,これをバイオモニタリングに用いる。一方,水生昆虫は幼虫は水中,成虫は空中に留まり繁殖活動を行う。これら,暴露経路が異なる状況下でのバイオモニタリング手法に関しても検討する。

5)バイオモニタリングでは,野外サンプル(河川水など)を定期的に採取してそれに生物を暴露する方法と,河川水などに連続的に生物を暴露させて生物反応をモニターする方法が考えられる。後者に関しては,霞ヶ浦への流入河川である桜川に隣接して,バイオモニタリングステーションを設置し,河川水を水路や水槽に常時流入させて,水生生物に対する各種反応を調べる。

6)有効なバイオモニタリング手法に関しては効率性を高め,汎用性のある試験法に改善してこれを,生態影響評価のためのバイオモニタリング手法,生態影響評価法として提案する。

 これらの調査・研究の成果から,河川や湖沼における化学物質の潜在的な生態影響を迅速に評価する手法を開発し,生態系の永続的な保全に貢献できれば幸いである。

(はたけやま しげひさ,地域環境研究グループ化学物質生態影響評価研究チーム総合研究官)