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森田 昌敏

 本年4月1日付で地域環境研究グループ統括研究官を拝命いたしました。前任者の内藤先生は京都大学教授に異動され,前号のこの欄でご退任の挨拶を書かれていますが,本当にご苦労さまでした。今回は私がご挨拶を書かせていただきます。

 地域環境研究グループは,国内のそして発展途上国の主要な環境問題を取り扱う特別研究のグループで,研究所員の1/4の人口をかかえる人材の集団です。“リスク研究”と“対策研究”と“開発途上国研究”の3方向に展開していますが,本グループが有効に機能しうるかどうかは研究所の命運を決めるのでないかと考えています。

 ところで,国内の環境問題に対する各所の研究の状況を見ていると,全般的に元気がないと感じるのは私だけでしょうか?原因としてはいろいろ考えられます。一つには,重厚長大型産業からの公害が一段落したこと,その後を小規模多類型の汚染がひきついでいるが,これに対応した研究の再構築が進んでいないこと。二つには,環境と開発との競り合いの過程で開発側に研究者をとられていること。三つには,環境には境界はないけれど,行政には国境,県境,役所の境 etc.があり,ともすればその中に埋没しがちなこと。四つには,新たな研究者の投入がほとんどなく,研究者の老齢化が進んでいることなどなど。

 新しい環境研究展開は地球環境,開発途上国環境をフロンティアとして進んでいます。国内の環境問題も依然として重要です。たとえば,昨今の都市の大気汚染の改善は遅々として進まず,ある局面では交通,運送量の増加により,悪化に転じはじめています。閉鎖性水域の水質汚濁も流域の人口増に引きずられて改善が進まない。微量化学物質の環境への放出は多品種化しつつ,総量として拡大し続けている。産業活動や生活から出てくる廃棄物は行き場を失いつつあり,一部に不法投棄が後をたたない。貴重な動植物や自然は開発により失われ,またレクリエーションの圧力に押されている。一つ一つの痛みは大きくないが,それらが面的に拡大し,蓄積するとき,環境の悪化は重篤となりうるのではないでしょうか?また一方で,国策としての環境政策は環境保全の観点ばかりでなく,資源政策(エネルギー政策),食糧政策,国土開発,産業育成,国富形成にも目配りする必要があり,問題は複雑です。

 これらに対応するための有効な研究とは何でしょうか?

 一つには理念の再構築があります。世界の先進国家が経済的膨張をはかりつつ政治,経済面での優位を保とうとする一方で,開発途上国が人口増と新たな開発で対抗しているという状況の中で,“Sustainable Development”の概念が今後100年間通じるはずがありません。明らかに新しい理念が必要であり,それに基づく“環境の原則”の研究が必要です。環境基本法の“共生・循環型社会”は一つの提案です。また一方で,個別に具体化してくる環境問題については,地道な基礎及び応用研究の積み重ねが重要です。

 人類の生態系破壊に警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソン女史はその著書“Silent Spring”の冒頭に,アルバート・シュバイツァー博士の次の言葉を引用しています。“Man has lost the capacity to foresee and to forestall. He will end by destroying the earth.”この言葉は今,私たちが直面している問題を鋭く指摘しているといえます。

 地域環境研究グループは現在のリアルな環境問題について研究を展開していますが,深い洞察力を持って研究方向の再確認を行う必要があります。“はるか前方も視野におさめつつ,元気よく研究を”を当面の活動方針としたいと考えています。

(もりた まさとし,地域環境研究グループ統括研究官)