ユーザー別ナビ |

  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

Biological Effects of Diesel Exhaust Particles. I. In Vitro Production of Super oxide and In Vivo Toxicity in Mouse. Masaru Sagai, Hiroki Saito, Takamichi Ichinose, Masahiko Kodama & Yoki Mori, Free Radical Biol. Med., 14, 37-47 (1993)

論文紹介

嵯峨井 勝

 近年,大都市部の大気汚染は依然として改善が進んでおらず,ヒトの健康に及ぼす影響も深刻と考えられる。健康影響としてあげられる代表的なものには肺がんと気管支ぜん息である。大都市部におけるディーゼル排気ガスによる肺がんは,最大で肺がん死亡全体の4〜8%を占めているという,職業がんより高いリスク評価の報告が出され,その影響の深刻さを警告している。ディーゼル排気ガスで肺がんが起こることは,排気ガス中の黒煙微粒子(diesel exhaust particles, DEP)に含まれるベンゾ(a)ピレンやニトロアレン等の発がん物質がDNAと結合して,遺伝情報をかく乱することによると説明されている。

 一方,気管支ぜん息もディーゼル排気ガスによって起こるとする意見もあるが,何がどのように作用してぜん息になるのかということは全く分かっていない。ディーゼル排気ガスに由来する主な大気汚染物質は二酸化窒素(NO2)とDEPとされているが,NO2が気管支ぜん息を起こすという証明はまだ何もないといわざるを得ない状況にある。私たちは,NO2 が原因ではないなら,DEPが気管支ぜん息の原因ではないかと考え,DEPの肺に対する毒性メカニズムの研究からはじめた。従来,DEPといえば,ベンゾ(a)ピレン,ニトロアレン,発がんという観念が強く,それ以外の作用は全く研究されていなかった。

 私たちは,DEPを懸濁液として,マウスに気管から肺の中に投与すると,1.0mg DEPですべてのマウスが死亡し,この死因は肺水腫という肺の血管の内側をコーティングし,水分が血管外に漏れないように働いている「血管内皮細胞」が損傷を受けることによることを見いだした。この細胞は活性酸素に非常に弱い細胞である。活性酸素とはスーパーオキシドアニオン(O2),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(・OH)などの反応性に富む酸素分子で,細胞に様々な傷害をもたらすものである。

 このような肺水腫による死亡率は,マウスにDEP を投与する前に,そのマウスに活性酸素を消去する作用を持つ酵素(SOD)を投与しておくと,著しく低下することを見いだした(図参照)。そこで,DEPが活性酸素を生成しているのではないかと考え,ESR(電子スピン共鳴)装置や酵素反応手法等を用いて調べたところ,スーパーオキシドアニオン(O2),スーパーオキシドラジカル(H2O2)及びヒドロキシラジカル(・OH)が多量に生成していることが分かった。さらにスーパーオキシドラジカルは DEP の中のキノン系化合物が肺の中で酸化還元反応を起こすことで生じることも分かった。

 このようなことから,DEP の細胞毒性の本体はこのヒドロキシラジカルをはじめとする活性酸素であることが判明し,これまで考えられていたこととは異なる様式で毒性が発現する機序があることを明らかにすることができた。

 その後の研究により,少量のDEPをマウスに1週間に1回ずつ繰り返し気管内に投与すると,ぜん息の3つの基本病態すべてが発現することが分かり,活性酸素消去酵素(SOD)を投与しておくと,上記病態が発現しなくなることも認めた。さらに,DEPから生じるヒドロキシラジカルは DNA 損傷を起こすことや,DEP 投与によるマウスの肺がん発生は活性酸素消去物質の投与で著しく低下する傾向があることも認めた。このように,本論文は,ディーゼル排気ガス中の粒子状物質であるDEPから生じる活性酸素が広く肺疾患の発症に関与していることを示す私達にとって記念すべき論文となった。

(さがい まさる,地域環境研究グループ大気影響評価研究チーム総合研究官)

図  ディーゼル排気微粒子(DEP)の気管内投与によるICR系雄マウスの死亡率曲線