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環境リスク研究の課題

論評

中杉 修身

 環境汚染を始め,人間活動に伴う様々な環境破壊がもたらすリスク(環境リスク)を適切に管理していくことが,持続的な人類の生存にとって不可欠であることは言うまでもない。一方,環境リスクは個人の生存を脅かす重要な要因の一つになっており,環境リスクの評価・管理は環境研究の重要な課題の一つである。

 環境リスクの研究を行うにあたっては,どのようなリスクが考えられるのか,どのリスクが重要かを同定する必要がある。人間活動に伴う環境インパクトは環境破壊を通して多様なリスクをもたらすと考えられる。人類の生存にとっては最も重要な要件は食糧の確保であろう。環境インパクトは食糧の確保にどのようなリスクをもたらすのか。また,個人の生存にとっては,環境汚染がもたらす健康リスクが重要な要因となる。環境インパクトは様々な都市環境の破壊,例えば大気汚染,地下水汚染,騒音を通じて住民に健康リスクをもたらすが,そのうちどれが大きなリスクをもたらすか。このような環境インパクトと環境リスクの因果関連を明らかにすることが,個々のリスク研究の位置づけを明らかにし,対応すべき課題の優先順位を見極めていく上で重要である。

 人の健康リスクに加えて,最近は生態系リスクの管理が関心を集めているが,生態系の破壊は人類の生存にとってどのようなリスクをもたらすのか。全く農薬を使用せずに,数十億の人類が生存していけるだけの食糧を確保できるのか。食糧確保の大義名分に対抗して生態系保全に社会的なコンセンサスを得るには,生態系リスクが人類の生存にもたらす意味を明らかにする必要がある。

 環境リスクが同定できたら,次にそれをどのように評価するかが課題となる。リスク評価とリスク管理は互いに密接に関連している。リスク管理にあわせたリスク評価が求められる一方で,リスク評価ができなければ,環境リスクを適切に管理することはできない。

 環境保全型技術や製品の評価として,ライフサイクルアセスメントが求められている。様々な評価方法が提案されているが,最終的には人類の生存を脅かす環境リスクの大きさを評価するのが適当である。一方,工業的に生産・使用されているものだけで数万を超える化学物質が人間活動に伴って環境へ排出されており,非意図的に生成するものも含めて数多い有害化学物質が環境を汚染している。それらは,呼吸,飲料水,食品等を通して様々な健康リスクをもたらす。このような多様な有害化学物質による健康リスクは,個別の物質ごとに評価するのか,有機汚濁におけるBODのように総合的に評価するのかも,リスク管理の方法と密接に結びついている。このように,リスク管理を踏まえた評価指標や方法を確立することが,環境リスクを的確に管理していく上で解決すべき課題である。

 環境リスク管理の中でも最も重要な要素は,リスクモニタリングである。適切なモニタリングによってできるだけ早くリスクを見つけだし,適切な対策を実施すれば,リスクを最小限に防ぐことができる。どのような項目をモニタリングすれば,効率よくリスクを検知することができるかも重要であるが,環境インパクトから人間への影響までの因果関連の中でどこをモニタリングするかも重要な検討課題である。また,有害化学物質の健康リスクでは,どの曝露経路をモニタリングすれば効率的かも検討すべき課題の一つである。

 環境リスクの適切な管理は環境行政の重要な柱であり,その実現に向けてこの他にも数多くの研究課題が残されている。限られた人員,資源の中でそれらの中から適切な課題を選定・実施していくことが大切である。環境リスクの因果関連の中で,それぞれの研究の位置づけを明確にしながら,有効な成果をあげていくことが,本研究所に課せられた使命の一つと考える。

(なかすぎ おさみ, 地域環境研究グループ上席研究官)