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揮発性有機塩素化合物による地下水汚染の浄化

プロジェクト研究の紹介

中杉 修身

 トリクロロエチレン等の揮発性有機塩素化合物によって、我が国でも地下水が広範に汚染されていることが1982年の環境庁調査で明らかにされた。本研究所の特別研究「土壌及び地下水圏における有害化学物質の挙動に関する研究」(1985〜1989年度) を始め、多くの調査・研究によって、汚染実態の把握と汚染機構の解明が行われ、特定された汚染原因に対して、汚染防止のための法制度が整備された。これによって、今後これらの汚染物質による新たな地下水汚染が生ずる可能性は低くなったと考えられる。

 しかし、地下水の動きが遅いため、土壌・地下水中では分解されにくい揮発性有機塩素化合物は、一旦汚染すると、いつまでも土壌・地下水中に残留しつづける。そこで、汚染された土壌・地下水の浄化が求められることになった。汚染土壌・地下水の浄化は米国等では既に多くの対策が実施されているが、一般に多額の経費を必要とするため、効率的な対策の選定・実施が求められる。そこで、地下水汚染の浄化対策マニュアルを作成することを目的とし、1990年度から3か年計画で、特別研究「トリクロロエチレン等の地下水汚染の防止に関する研究」を開始している。この研究では、(1)地下水における汚染物質の挙動解明、(2)汚染物質の存在状況把握手法の確立、(3)土壌・地下水浄化技術の評価を行い、これらの成果を合わせて(4)地下水浄化対策手順を確立することを目指している。

 (1)地下水における汚染物質の挙動解明では、汚染の将来動向を把握するモデル開発を行うことを目的として、長期間にわたり観測が続けられている事例を中心に、地下水中の濃度の経年変化や季節変化のデータを解析している。また、トリクロロエチレン等とともに、地下水から懸念されるレベルで検出されるジクロロエチレン類の起源を明らかにすることを試みている。地下水中のジクロロエチレン類の濃度は、トリクロロエチレンや1,1,1-トリクロロエタン等の濃度と高い相関を示す。特に、地下水から高濃度で検出されるcis-1,2-ジクロロエチレンは、室内実験で確かめられているように、トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンとの相関が高く、それらの微生物分解が起源と考えられる。一方、 1,1-ジクロエチレンは1,1,1-トリクロロエタンとの相関が高く、その化学的分解が起源と考えられるが、毒性の低い1,1,1-トリクロロエタンから毒性の高い1,1-ジクロロエチレンが生成することから、新たな対応が必要となると考えられる。

 (2)汚染物質の存在状況把握手法の確立は、室内実験の結果から揮発性有機塩素化合物が土壌中を横方向にはあまり拡散せず、比較的狭い範囲に分布していると予想されるため、浄化対策を効率的に実施するために、高濃度汚染域を正確に把握する手法を確立しようとするものである。土壌ガス調査によって高濃度汚染域の平面的な絞り込みを行い、次いでボーリング調査により三次元的な汚染分布を把握する手順を考えている。また、その中で用いる土壌ガス調査について、各種手法の特性評価を行い、その適用可能性と限界を明らかにし、それらを組み合わせた効果的な土壌ガス調査システムを検討している。汚染源地区を見つけ出す調査は広範囲が対象となり、高密度で調査できないため、感度の低い方法では見逃す恐れがある。このため、費用が高くても、感度のよい方法を用いる必要がある。一方、比較的狭い範囲に限定される汚染物質の存在場所を確定するには、詳細な調査が必要となる。汚染源地区では一般には感度の低い方法でも汚染を検知することができるので、費用の安い方法で詳細な調査を行うことになる。この手順に沿った調査を現場で実証している。汚染源地区の調査では、感度は低いが、費用のかからない検知管法が多く用いられているが、深層の土壌や地下水に汚染物質がたまっている場合などは検知管法では汚染物質の存在を検知できない。また土壌ガス濃度は地表面の被覆によって大きく影響され、結果の解釈には被覆状況を考慮する必要がある。現状では、安くて感度のよい方法は開発できていない。安い方法で汚染を検知できない場合は、高くても感度のよい方法を用いる必要がある。地表面から60mまで単一の層である汚染事例について、土壌ガス調査とボーリング調査により汚染物質の存在状況を詳細に調査したところ、室内実験の結果と同じように、横方向にはあまり拡散せずに、帯水層の上と底に汚染物質が分布していた。

 (3)地下水浄化技術の評価は、海外で開発されたものも含めて、各種浄化技術について、その費用効果、適用条件、実施上の問題点を明らかにするものである。土壌・地下水中の揮発性有機塩素化合物を除去する主な方法には、汚染土壌の掘削・除去、汚染地下水の揚水及び汚染土壌ガスの抽出が考えられる。このうち、汚染地下水の揚水と汚染土壌ガスの吸引抽出について現場実験を行っている。まだ、短期間の実験の結果であるが、高濃度に汚染物質がたまっている場所を特定して実施すれば、いずれの方法でもかなりの速度で汚染物質が除去できる。さらに長期的な運転実験を行い、最適運転条件等の検討を予定している。また、多額の経費負担のできない小規模事業場における浄化対策システムを考案し、現場実験を行う予定である。さらに、生物処理など、その他の浄化手法も含めて、運転実績データを収集・解析しており、土壌・地下水の汚染状況や汚染源の社会的・経済的条件に応じて最適な浄化対策を選定する。

 (4)地下水浄化対策手順の確立では、以上の成果を踏まえて、汚染物質の存在状況の把握と浄化対策の選定・実施を柱とする地下水浄化対策マニュアルを作成する。

 この浄化対策マニュアルの作成で、揮発性有機塩素化合物による地下水汚染に対して一連の対策システムが整備されることになる。しかし、現在水道水水質基準の見直しが行われており、揮発性有機塩素化合物とは挙動の異なる有害化学物質による、新たな地下水汚染への対応が求められる可能性は大きい。このため、揮発性有機塩素化合物汚染に対する浄化対策マニュアルを策定できたら、新たな汚染の防止に向けて、さらに研究を発展させていくつもりである。

(なかすぎ おさみ、地域環境研究グループ有害廃棄物対策研究チーム総合研究官)