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輸入昆虫の生態影響評価研究の成果から - セイヨウオオマルハナバチとヒラタクワガタを例として

Summary

 外来生物が日本の生物多様性に及ぼす影響を評価する際に、交雑実験と遺伝子解析による遺伝子データベース作り(その表現としての系統樹作り)は、ユニークな研究手法として評価されています。セイヨウオオマルハナバチとヒラタクワガタに関して、2つの手法を使って得られた研究成果を報告します。

野生化のリスクは大きい

 日本には在来のマルハナバチが22種類生息しています。これらの中にはセイヨウオオマルハナバチと生態的特性(体の構造や生活史、利用する植物種)が類似したものも多く含まれます。そのため、セイヨウオオマルハナバチが日本で野生化した場合には、利用植物や営巣場所をめぐる競合が生じて、在来のマルハナバチが駆逐される危険性もあります(図7)。

 別の生態リスクとして遺伝的かく乱があります。そこで、遺伝的かく乱のリスクを評価するために、交雑実験を行いました。その結果、セイヨウオオマルハナバチと在来種との間に、種間交尾が成立することが確認されました。そして、在来マルハナバチ雌(女王)と外来マルハナバチ雄が交雑すると胚発育のできない雑種卵が生じることが示されました。このことからセイヨウオオマルハナバチは在来マルハナバチの繁殖に悪影響を与える可能性があることがわかりました。

 外来のセイヨウオオマルハナバチが持ち込むダニの問題も重要です。体内寄生性のダニに多量に感染すると、マルハナバチは疲弊し、飛べなくなってしまいます。このリスクを検証するために、セイヨウオオマルハナバチの商品コロニーおよび日本の在来マルハナバチ野外集団におけるダニの感染率を調べ、さらに、ダニの遺伝子解析を行いました(図8)。

 その結果、ダニにはヨーロッパ型と日本型があり、1999年までの調査ではヨーロッパ型のダニは日本国内の在来マルハナバチからは検出されませんでしたが、2000年に在来のエゾオオマルハナバチからヨーロッパ型のダニが見つかり、野外に逃げ出したセイヨウオオマルハナバチから感染したものと考えられました。セイヨウオオマルハナバチの大量流通は寄生生物の世界的な蔓延を引き起こす可能性があります。

図7
図7 国内におけるセイヨウオオマルハナバチの野外目撃、捕獲情報

図8
図8 オオマルハナバチから採取されたダニの遺伝子型と地理的分布

ヒラタクワガタの分布拡大経路が明らかに

 外来のヒラタクワガタが、在来のヒラタクワガタの生態や遺伝子などに与える影響を追跡調査するために、まず日本列島各地から採集されたヒラタクワガタの遺伝子を解析して在来ヒラタクワガタの遺伝子データベースを作りました。また、遺伝子の塩基配列の変異に基づいて遺伝距離を計算し、系統樹を作成しました。さらに、アジア域のヒラタクワガタについても同様の遺伝子解析を行い、データベースを作り、日本を含むアジア域の系統樹を作成しました(図9)。

 詳細を図には示せませんが日本の系統樹からわかるのは、日本在来のヒラタクワガタは島ごとあるいは地域ごとに独自の遺伝子組成を持つ集団に、はっきり分化していることです。こうした系統分化は、その形質と地理的分布によって従来から亜種として区分され、地域名を冠して呼ばれてきたクワガタの分化を、非常によく裏づけています。日本のヒラタクワガタが持つ遺伝子情報の分布は、日本列島の歴史を反映した貴重な遺産だということもできるでしょう。

 一方系統樹全体からは、次のような分化過程が推測できます。ヒラタクワガタの祖先は、500万年以上前の氷期に、現在のインドネシアの島々の位置にあったスンダランドと呼ばれる大陸で誕生しました。その後、北と南の二方向に分化しましたが、南方系統群は島々の成立とともに分断され、島ごとに固有の進化を遂げました。北方系統群は、朝鮮半島経由あるいは南西諸島経由で日本列島までたどりつき、やはり島々の成立とともに分断され、分化して固有の進化を遂げました。したがって、日本列島のヒラタクワガタは、父祖の地からもっとも遠くまで進出した、たいへんユニークな遺伝子組成を持つ地域個体群の集まりだといえます。

図9
図9 アジア域に生息するヒラタクワガタ地域系統(亜種)の分子系統樹
アジア域のヒラタクワガタは移動しながら島ごとに固有の進化を遂げています。日本のものは中でも祖先種からもっとも遠い、ユニークな地域個体群です。

交雑実験によってF2雑種まで子孫確認

 系統樹で見たように、日本のヒラタクワガタとアジア域のヒラタクワガタは、遺伝子の距離からするとはるかに遠い存在でした。それにもかかわらず、交雑実験の結果それらは種間で交雑し、子孫を残すことが確認されました。

 交雑実験では、インドネシア原産で大型のスマトラオオヒラタクワガタのメスに、在来のヒラタクワガタのオスをかけあわせました。すると約30個の卵が得られ、その卵はすべてふ化して、そのうち約7割が成虫まで成長しました。成虫となったF1(初代)雑種のオスは体が大きく、明らかにスマトラオオヒラタクワガタの形質を受け継いでいました。また、大アゴの形状は、スマトラオオヒラタクワガタとも在来のヒラタクワガタとも違っていました。

 さらに、F1雑種の雌雄を交雑し、その妊性を調査しました。その結果、4組の雌雄ペアから平均して約30個の卵が得られ、少なくともF2(2代目)雑種までは増殖可能と判断されています。外来のクワガタが野生化した場合、たとえ野外に定着できない場合でも、交尾によって雑種を残す可能性は否定できません。外来のクワガタによって、在来のヒラタクワガタの遺伝子組成がかく乱されるリスクは決して小さくないことがわかります。