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流域圏環境管理研究プロジェクトの研究成果から

Summary

 「開発」と「自然環境」の調和を見きわめ、あるべき道すじを探るという“環境管理”の理念。そこには広大な地域に生じる変化を見逃さない観測の技術や、次代の変化を予測して備えを固める思考力も求められます。激変する中国において、当研究プロジェクトの成果の一部を紹介します。

APEISに見る総合環境管理の体制

 “流域圏環境管理”を効果的に実践するためには、広大な流域圏が持つ生態系や農業の生産システムを総合的に把握しなくてはなりません。その際の重要な調査項目が土壌の中に含まれる水の量を示す「土壌含水量」や、時間とともに推移する生物の現在量を示す「生物量(バイオマス)」などです。これらを正確に観測するために、APEISプロジェクトは新疆ウイグル自治区の区都ウルムチと北京に衛星データの受信設備を備えた地上受信局を設立しました。シンガポールとオーストラリアも参画するMODIS衛星観測ネットワークを構築し、アジア・太平洋全域でデータ受信を行う体勢を整えました。ここから取得する情報はいずれも研究用に加工された葉面積指数(図4)や地表温度(図5)、地表面の反射率・放射率、土地被覆、植生指数及び光合成速度と純一次生産量などの重要な生態系変化をとらえた画像データです。高度な検証に適応できるよう、中国各地(草原:海北、畑地:禹城、水田:桃源、森林:千煙州、砂漠:阜康)の種々の生態系を対象とする気象・水文・土壌・植生に関する観測システムを完備し、熱・水・炭素の動き(フラックス等)などの生態学的要素の変化をさまざまな角度から追っています。

図4・図5

多角的に環境変化をとらえる

 三峡ダム築造の最大の期待は洪水に対する抑止効果にあります。その性能を見きわめ、さらに将来への課題を明らかにするために実施された手法が、当研究所が流域圏の水量測定のために開発した「大流域水文モデル」を用いたシミュレーションです。これによって大災害となった長江大洪水時の三峡ダムと長江流域の状況が高い精度で再現され、同様の気象条件に直面した時にも対応できる環境管理モデルの作成が可能になりました。まず1998年6~9月の大洪水時に三峡ダムが完成していたとの仮定のもとに、洪水調節の操作を想定してみます。洪水期の放流量を一定に保つことを前提に、既存の観測データから洪水発生時にダム湖の流入水量が限界に達するタイミングを特定します。その際の設定放流量を長江中流域での「雨水流出シミュレーション」という手法で得られる上流からの流入量リミットに合わせ、ケースごとのダムの洪水制御性能を算出しました。

 図6は、三峡ダムの1日あたりの平均放流量を一定にした際の「雨水流出シミュレーション」から得られる洞庭湖の日平均水位をグラフ化したものです。5本の折線グラフが示すとおり、想定したケースは4万m3/s~6万m3/sまでの5段階です。始めに三峡ダムが無いと仮定した場合(従来の観測流量をそのまま入力データとして用いた場合)、洞庭湖の平均水位が図中に示した洪水警戒水位(34.4m)を超過した日数は44日です。それに対してダムの存在を計算に入れた結果は、放流量を「5万m3/s以上」の一定値で制御した場合を筆頭に水位超過日数はいずれも44日を下回る結果となりました。4万5千m3/sに制御した場合では前述の洪水警戒水位を1m以上も超える日がありましたが、超過日数は24日でした。4万m3/sの場合には12日となり、水位超過も最大30cm程度にまで軽減されたことを示しています。以上の結果から洞庭湖周辺での十分な洪水抑止効果を得るためには、洪水期の三峡ダムが維持すべき放流量は4万m3/s程度との結論がもたらされました。

 一方図7は、洞庭湖の洪水抑止には理想的とされた4万m3/s程度の放流を続けた場合に三峡ダム湖が記録する1日の貯水位平均値の推移(貯水位日変動)です。ご覧のとおりこの水量の放流を続けると、8月前後の洪水期にはダム水位を貯水限界(最大貯留高181m)に留めることができません。つまり三峡ダムの放水量の調節だけでは洞庭湖の洪水抑止の目的が果たせないという結果が得られました。

 以上のシミュレーションから、長江流域における水害抑止には広い視点からとらえた総合的な流域管理が不可欠であることが分かります。大規模の洪水発生に際しては水害対策を三峡ダムの操作のみに頼ることは困難であり、たとえば中国が政府レベルで打出した洪水対策などを抜きにしては問題の根本的な改善は実現しません。洞庭湖周縁部の干拓田の湖への復元(退田還湖)や上流域の急斜面耕作地の林地や草地への復元(退耕還林還草)など環境修復の作業を推進し、洞庭湖の遊水地(洪水緩衝)機能の向上や流域内の土壌保水能の回復など土壌浸食の抑制を図る政策も視野に収めなければならないことが明らかになったのです。

図6
図7

食糧生産を支える地下水の管理

 中国・華北平原の北部、河北平原(約10万km2)は穀物、特に冬小麦の生産に重要な役割を果たしている地域です。ここでは大量の地下水利用に依存する潅漑用水網が広がり、4万km2を越える地域が地下水位の急速な低下に悩まされてきました。中でも欒城(Luancheng)県では28年間(1974~2001年)で19.7mという急激な水位低下が確認され、現地の農業の持続的発展にとって大きな脅威となっています。そこで灌漑用水量を軽減し、地下水位低下を抑えつつ最大の収穫をもたらす潅漑計画を立てるために、冬小麦の成長モデルの開発に着手しました。

 図8は2000年秋~2001年春の冬小麦の生産において「降水が無い」という条件下で2回の灌漑実施(1回の潅漑量は毎回50mm)を仮定した際の冬小麦の収穫量等を予測した結果です。グラフに示されたように4月10日と5月1日の2回の灌漑で1ヘクタール当たりの収穫量(kg/ha)が最大となり、1平方メートル当たりの冬小麦の粒数(個/m2)も向上する可能性が提示されました。また水1トンで何キロの小麦を生産できるかを表す指標である、水利用効率:WUE(Water Use Efficiency)もこの灌漑計画で最高値に達することが分かったのです。これは当研究のモデルにもとづく数値実験が科学的な潅漑計画をもたらし、冬小麦の生産を最大限まで引き上げるとともに水利用効率の改善にも有効であることを証明するものです。

 また本モデルにもとづき、灌漑時期、灌漑用水量等を変えて冬小麦耕作の数値実験を行ったところ、生育に影響を及ぼさない70~80mmの灌漑用水節約で作物成長期における約40~50cmの地下水低下防止が可能であることが判明しました。これらの成果は“流域圏環境管理”に関わる農業問題の改善に繋がる研究実績として期待されています。

図8