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森林伐採と多様性

Summary

 東南アジアの熱帯林における商業伐採は,有用木を選択的に抜切りする「択伐」方式が主流です。したがって森林伐採そのものでは森林面積は減少しませんが,伐採路の建設や施業の際の下層植生へのダメージや土壌撹乱,大径木が欠損することによる森林構造の変化,伐採後の維持管理の不備*3などにより生物相や多様性への影響は少なからずあります。われわれが試験地を設置したマレーシア・パソ保護林の一部は1950年代の後半に一度択伐を受けた二次林です。この二次林と伐採などの直接的な人為的影響を受けていない天然林との間で,森林構造,野生生物の種多様性などの違いについて調べてみました。

  • *3 近年これらの点が問題視され,FSCなどの森林認証制度の導入による維持管理手法の基準化,すなわち森林からの林産物が基準を満たしているかどうかによって取引がコントロールされるようになってきた。

二次林と天然林との比較

森林構造

 まず天然林の林冠の高さは二次林よりも有意に高いことがわかりました。さらに林冠高の分散や変動係数も天然林ではるかに高い値を示しました(図4)。これは二次林では伐採によって突出木層*4が欠損し,風倒木による林冠ギャップの発生頻度がきわめて低くなっているためと考えられます。また,二次林の平均樹冠面積や林冠表面積は天然林のそれに比べてそれぞれ半分から2/3程度であることがわかりました。

 林冠ギャップ下では林床へ十分な光量が供給されるため稚樹がよく成長します。また局所的な光環境や温湿度,土壌など微環境の変化により,それらに対応したさまざまな生物種が短い期間ですが共存できる環境ができます。林冠ギャップの発生頻度が低下すれば,天然更新や多様性の維持機構へも少なからず影響が現われてくることが推測されます。

  • *4 林冠層の上に突き出している大経木による層。熱帯林の特徴である。
図4 林冠高の比較

野生生物の種多様性

 同様にパソの天然林,二次林,森林の林縁部およびその周辺のアブラヤシのプランテーションなどで自動撮影装置を用いて野生動物の撮影頻度の比較を行ったところ,撮影数や構成種に大きな違いがあることがわかりました(図5)。

図5 自動撮影装置を用いた野生動物の撮影回数の頻度分布

 天然林ではジムヌラ(ハリネズミの一種),マングース,ヤマアラシ等多数の動物が撮影されたのに対し,二次林ではこれらの野生生物の撮影頻度が少なくなり,林縁部やアブラヤシのプランテーションでは激減ないしはほとんど撮影されないことがわかりました。また二次林ではブタオザルやイノシシが回数そのものは増加しないものの他の動物相が貧弱になるため,その相対的な撮影頻度が高くなることがわかりました。なお,林冠で生活するギボン(テナガザルの一種)の声は天然林では聞こえますが,二次林や林縁地ではほとんど聞こえません。

 さらに,小型ほ乳類(リス類)の捕獲実験では興味深い結果が得られました。ミケリスはほとんど樹上でしか捕獲されない種ですが,天然林に比べ二次林での捕獲頻度は低いものでした。一方,地上で捕獲されることが多いバナナリスは二次林での捕獲頻度が高くなりました。林冠を移動するムササビは天然林でしか捕獲されませんでした。

 また,チョウ類やダニ類,菌類など小型動物や微生物に関しても,ほ乳類と同様に天然林と二次林との間で組成や多様性に違いがみられることがわかりました。とくに担子菌類の組成,頻度の両者での違いは倒木の発生頻度に影響を受けることが示唆されました。二次林では風倒木の発生頻度が低いため,林床性の微生物の生息環境の確保に影響を与えていることが推測されます。菌類は生態系における分解や樹木が短期間に効率的に養分を吸収する上で重要な役割を担っており,こうした倒木の発生頻度の変化が塩類循環を通して森林の生長にフィードバックすることが考えられます。

* * *

 このように森林構造という「容器」の形がほんの少し変化するだけで,多様な生物相が少なからず影響を受けることがわかってきました。生物相が多様な熱帯林では種間の結びつきが非常に特異的であるため,ほんのちょっとしたきっかけが大きな影響となって現われることは,これまでもさまざまな地域で報告されてきたことです。さらに重要なことは択伐後40余年たった現在でも森林構造が完全に回復せず,いまだに生物相に違いが出ている点です(図6)。

図6 パソの天然林と二次林の林冠構造の概念図

熱帯林の特性

 東南アジアの熱帯雨林の多くの構成種は,一斉開花現象と呼ばれる数年に一度起こる開花結実によってのみ次世代を残すといわれています。さらにフタバガキ科の種子は休眠しないため,種子散布後,数日から数週間以内に発芽してしまいます。今のところ効率的に種子を保存する方法は確立されていないため,必要に応じて種子供給ができる体制が整っているわけではありません。伐採の周期が短かすぎたり,開花結実のリズムをはずしたり,親木の伐採下限サイズを誤れば,フタバガキの森林は更新できなくなるのです。また親木の個体数減少によって交配相手が少なくなり,遺伝的多様性の低下を招く可能性があることについてもパソや周辺域の森林の調査で明らかになってきました。

今後の課題

 森林の伐採に当たっては,従来の単なる木材資源の持続的生産から,近年ではより生態系保全をめざした資源管理へとシフトしつつあります。こうした背景には,森林を始めとする天然資源をより持続的に利用していこうという世界的な潮流や,それに合わせた森林認証制度の普及があげられますが,生態的管理をめざすのであれば,森林伐採周期,伐採後の手入れの方法などさまざまな生態学的視点からの管理手法の改良が望まれます。同時にそのための研究支援という点については,精密な野外調査にとどまらず,マクロ的に森林の保全状体が把握できるスケールアップ技術など,多くの課題が研究者には残されています。