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研究者に聞く

Interview

奥田敏統の写真
奥田敏統
生物圏環境研究領域
熱帯生態系保全研究室長

 熱帯林の減少問題の研究に取り組んでいる奥田敏統さんに,研究拠点であるマレーシアの熱帯林の現状,研究のねらいなどをお聞きしました。

研究の目的

  • Q:熱帯林の減少が問題になっています。まずこの研究を始めたきっかけをお願いします。
    奥田:熱帯林の減少は,他の気候帯の森林減少より深刻な問題をはらんでいると思います。北方林もロシアのように急速に減少しているところもありますが,熱帯林の場合,地上部の現存量がどの森林よりも大きいこと,多様な生物種を抱えている場であるという特徴があります。このまま減少が続くと,地球共有の財産である多くの生物資源が絶滅してしまう恐れがあります。

     この熱帯林減少の要因として指摘されているのが人口増加,貧困,政策の未熟さなどに由来する経済的・社会的な問題です。地域の生活を考えますと,開発をまったく止めることは現実的には無理ですが,開発手法の変更や修復によって,熱帯林の破壊を少しでも抑えることができるのではないかと考えられるようになっています。それと熱帯林の研究は,開発の影響を調べるという面では遅れています。生物の世代を越えた調査を伴いますから長い年月がかかりますが,ちょうど研究を始めた12年前は環境庁(当時)が地球環境研究総合推進費で熱帯林共同研究プロジェクトを行うタイミングもあったものですから,研究を始めるきっかけになりました。

熱帯林とは

  • Q:研究の対象として取り上げた熱帯林とは,どのようなものでしょう?その概要をお願いします。
    奥田:自然地理学的にいえば,熱帯林は最寒月の平均気温が18℃以上の地域の森林ということになりますが,大別すると非常に雨の多い熱帯雨林と乾期が入る熱帯季節林になります。

     とくに熱帯雨林は,非常に高い種多様性が保たれている生態系として知られています。地球上の陸地の約6%の面積しか占めていませんが,全生物種の半数が生息しているといわれています。また,8割近くが生息しているという研究者もいます。植物に限ってみますと25万種類ほどありますが,その6~7割くらいが熱帯に存在しているといわれています。
  • Q:熱帯林の持つ生物の多様性に関してですが,それほどたくさんの生物種を育んでいくことができるのはなぜでしょうか。
    奥田:一つは年中高温多湿な環境,つまり"冬"や"乾期"といったハードルがなく安定した気候であることがあげられます。もう一つは熱帯林構造が非常に複雑なことです。森林の場合は頂上に林冠部(森林の最上部)があり,その下にたくさんの木の層が存在しています。階層自体が複雑ですから,たくさんの異なる微環境が生まれ,その分さまざまな種類の動植物が生きていけるのでしょう。その他にも多くの説があります。たとえば熱帯では種分化が起こりやすかったという説,異種間の相互作用が重要な役割を果たしているという説などです。

熱帯林の減少について

  • Q:熱帯林の減少・劣化は実際どのような形で起きているのですか?
    奥田:私たちが研究しているマレーシアの場合を例に説明しましょう。ここで熱帯林の減少と劣化を区別しておく必要があります。減少の原因の一例として,アブラヤシやゴムなどのプランテーション,つまり農地の開発があげられます。これは一気に伐採して植え替えてしまうもので,まさしく森林面積の減少です。一方,劣化の原因の例としては商業伐採があげられます。これは森林全部を切るわけではなく一部の有用木を伐採(択伐)するので,一応森林の形態は残っています。FAOの基準では,樹冠率が10%以上のものを森林と呼ぶことになっています。ですから森林伐採で疎林になっても,樹冠率が10%以上であれば定義上森林に分類されます。表面には見えてきませんが,実質上は森林の劣化・荒廃です。さらに択伐そのものでは森林の極端な減少は起きませんが,伐採路を利用した違法伐採が行われたり森林の奥深くまで焼畑などが行われる場合もあります。このような森林の劣化の波及効果が熱帯林の減少につながっていると思います。
  • Q:樹冠率が10%あれば森林ということですが,全然人手が入ってない天然林は,樹冠率何%ぐらいですか?
    奥田:樹冠率はほぼ100%です。
  • Q:つまり1/10までは森林として計算されてしまうのですね。
    奥田:統計上では,樹冠率100%のものが50%になっても減少とはいいません。ですから熱帯林の破壊の実態は,統計をかなり上回っている可能性があります。

研究の中から

  • Q:それでは,奥田さんたちが実際行っている研究の中から,いくつかお聞きします。天然林と択伐後の二次林との間で生物の多様性はどのような変化がみられましたか?
    奥田:私たちが調査しているパソ保護林をランドサットの画像(図1)で見ると一目瞭然です。図の濃い緑(天然林)の周辺部で緑が少し薄いところが1950年代後半に択伐,つまり有用木だけを選んで伐採した後の二次林です。先ほどの樹冠率からいうとほとんど変化はありません。つまり,どちらも森林です。でも2つの緑の色はまったく違います。その姿を分かりやすく示したのが図2です。

     これは空中写真をもとに樹冠の大きさを円で代表させ,その分布を示したものです。天然林では非常に大きな樹冠を持っている木がたくさんありますが,二次林では小径木が多くなって樹冠も小さくなり,小さな木が密生している状態です。樹木1本当たりの樹冠は天然林に比べ半分くらいです。

     さらに林冠の高さの頻度分布を比較したところ,天然林では40mを超える木がたくさんある一方で,20m以下の低い木の割合も二次林に比べて高いことがわかりました。老齢木が多くなると,風倒木が発生しやすくなり,林冠ギャップといわれる"空間"ができます。この林冠ギャップの下には光がよく届くために,そこに生えていた稚樹などの若齢木の成長がよくなります。つまり林冠ギャップは周囲がつながって光が入らない「鬱閉」環境に比べると異質な環境ですが,森林が生まれ変わるための大切な場所でもあるのです。私たちの調査は,こうした林冠ギャップの割合が天然林では高くなり,森の更新が正常に行われているのに対し,二次林では林冠ギャップの割合が低くなっていることを示しています。
図1 ランドサットから見た写真
図2 パソの天然林と二次林における樹冠の大きさの比較
  • Q:森林に限ってもかなりの違いがあるんですね。熱帯林としてそれだけ異なった環境ですと,動物などの生態もかなり異なるのでしょうね。
    奥田:カメラを定点に置き,赤外線センサーを使った自動撮影によって,撮影地点を通る動物の種類や出現頻度を調べましたが,天然林の方が圧倒的に多いです。つまり動物相の組成や多様性に違いがあることがわかりました。天然林でも二次林でも林床(森の下層)を歩いているだけでは,その違いはわかりにくいのですが,調査によってさまざまな違いがわかってきました。注目すべきは択伐後40数年以上経っても,森林の構造ばかりでなく生物相も天然林とは違うということです。元に戻らないんです。
  • Q:熱帯林の多様性は一度改変されると元に戻すことは難しいのですね。さて,森林構造の変化により,昆虫などの動物と植物との関係にも問題が起きそうですね。
    奥田:熱帯林地域では,生物同士の相互作用が多様な環境をつくり出しているという報告がたくさんあります。たとえば,ある種の花は,蜜を吸いにくる鳥やチョウ,ハチなどを選別できるといわれています。すなわち,ある特定の植物の繁殖にはある特定の動物が関わっているという関係です。この場合,伐採で木が少なくなってしまうと,媒介する特定の鳥や昆虫も生息環境がなくなって減少し,その後植物がやっと花をつけても,そのときには花粉を媒介する昆虫などが少ないのですから,その植物が繁殖する可能性は減ってしまいます。

熱帯林減少の対応策は

  • Q:熱帯林,二次林,森林の荒廃について研究されて,実際に熱帯林はどのようにあるべきだとお考えですか。またこの特集のメインタイトルでもある「持続可能な森林管理」をどのように考えていけばよいのでしょうか。
    奥田:生物多様性の保全という面から見れば,木を切らないことが一番よい方法ですね。そうは言っても,それで暮らしている人もいるわけですし,森林を切り売りしなければならないそれぞれの国の事情もあります。一方,森林はいろいろな公益機能を持っています。生物資源生産,多様性保全,CO2吸収蓄積などさまざまな機能をあげることができます。CO2吸収蓄積機能というのは,生物資源生産機能とかなりリンクしていますが,CO2吸収だけを重要視するのなら,伐採後の植林ではユーカリやアカシアなど成長の速い木を植えればよいということになります。もちろんこれは極論ですが。ただ現状では,森林の伐採は行われるわけですから,そのやり方やその後のメンテナンスを変えてみるという考えはあります。たとえば林道を建設する際,ただブルドーザーで林道を作り,後は放置するというやり方を改めて,熱帯林地域の生態系に配慮し,排水機能なども考慮した方法に変える。その結果,土砂流亡を最小限に抑えることができます。木材供給量や伐採効率は若干下がるかもしれませんが,生物多様性の保全機能はある程度守ることができます。ただそのためのコストをだれが負担するか,どのようなバランスにするかは,難しい問題ですね。
  • Q:グローバルにみて熱帯林保全のための伐採管理の流れはどのようになっているのでしょうか
    奥田:たとえばFSC*1とかISO14001*2などの基準があります。「森林の伐採基準,森林管理を満たしてない木材等の森林生産物は市場が受けつけない」というシステムです。これらにより,非常に厳格に細かくチェックされた森林経営が可能になるわけです。

    *1 FSC:Forest Stewardship Council(森林管理協議会による森林保証制度)。

    *2 ISO14001:International Organization for Standardizationによる環境マネージメントシステムに関する規格の一つ。
  • Q:商業伐採に関してはわかりました。もう一つ,マレーシアではプランテーションがありますね。そちらの方はどうですか。
    奥田:図3は土壌保全機能から見た土地利用モデルです。エリアの中の赤いネットで示しているところが,現在森林があるところです。ところがこの図では森林として残すべき場所がほとんどありません。なぜかといえば,土壌浸食を防ぐコストを考えても,農地を開拓した方が利益が出るからです。この利益の計算は農地が産する利益から直接的なコストを引いて,それから間接的なコスト,エコロジカルサービスといて,それから間接的なコスト,エコロジカルサービスといわれる公益機能の経済価値を引いて計算します。つまり森林をアブラヤシのプランテーションに交換してもまだ利益が出るのが,図の白で示したところです。ところが炭素貯蔵機能(図3下図)まで考慮すると,先ほどのような利益は出てきません。マイナスになってしまいます。
  • Q:図の緑の部分がそうなのですね。
    奥田:そうです。地球温暖化対策で,炭素の吸収や貯蔵の話題が世界中で行われています。マレーシアはまだCO2排出削減義務の当事者にはなっていませんが,将来CO2排出権取引などという話になったとき,つまり実際に炭素の吸収量や貯蔵量に対して値札がつくようになったときには,話が変わってきます。その場合,こうした土地利用モデルのデータが役に立つと考えています。
図3 パソ周辺域における土地利用モデル構築のための費用便益分析(CBA)
図 熱帯域土地利用モデル構築のための費用便益分析 (CBA)

今後の研究の方向性

  • Q:熱帯林の荒廃の現状,持続可能な森林管理をめざして,できる限り熱帯林が損なわれないような方法を提案していく,というこれまでの研究をうかがいましたが,それを具体化していくためには今後どのようなことを行っていきたいとお考えですか。さらなる継続なのか,あるいは先ほどの熱帯林の持つ経済価値を示していくシミュレーション研究など,どういうものを頭に描いていらっしゃいますか。
    奥田:いくつか考えています。先ほど言いましたがFSCとかISO14001などの認証制度が注目されてます。たぶんそれに合わせた森林管理が今後は行われると思います。そうした世界的な基準によって,森林管理の形態がチェックを受けるようになります。そのときにさまざまな角度からの研究のサポートが必要になります。一度認証を受けた森林も,その後定期的なセンサスが入ります。たとえば多様性を重視した管理基準にはどのような指標があるか,どの程度現状を正確に表わしているのか,わかりやすい指標とは何か--などについて調査・研究していく必要があります。

    もう一つは熱帯林地域の住民にとって,森林とは何かということです。経済的なことを含めて,どのようなインセンティブが与えられれば森林が持続的に管理されるのか,という現実的な研究分野ですね。熱帯林の問題にはさまざまな社会経済的な背景があり,自然科学系だけの研究では対応できません。また,森林の荒廃をくい止める方法として,バーチャルな森林管理プログラムの導入も考えてます。これはデータベースを蓄積し,開発や伐採など熱帯林について何らかの手を加える際,このくらいのリスクがありますよ,ということを示すプログラムです。さらに,先ほど示したマーケットによるコントロールです。これには研究サイドからのサポートが必要になります。

    熱帯林の減少については,社会的背景が大きな原因となっています。抜本的な解決には,住民参加によるプログラムとか社会運動など地域社会と連携した手法の開発がどうしても必要になってきます。これは私自身の研究ではありませんが,こうしたプログラムをプロジェクトの中に呼び込んで,研究を続けたいと思っています。
  • Q:ありがとうございました。熱帯林が非常に緻密な構造で複雑なこと,そして減少についての対応は社会的な要因もあり,長い目で見なければならないことがよくわかりました。

メモ

  • 樹冠とは,
    樹木の枝や葉の茂っている部分をいいます。その形が冠状に見えることからその名が付いたといわれています。
  • 林冠とは,
    森林において樹冠同士が並び,横に相接して森を覆う層のことです。
  • 樹冠率とは,
    単位面積あたりの樹冠の占めている部分がどのくらいあるかを示す割合のことです。