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2024年5月9日

甲斐沼美紀子・名誉研究員の「KYOTO地球環境の殿堂入り」について

甲斐沼美紀子・国立環境研究所名誉研究員(現・(公財)地球環境戦略研究機関研究顧問)が、「KYOTO地球環境の殿堂」の第15回殿堂入り者として選ばれました。

甲斐沼美紀子名誉研究員の写真

 甲斐沼美紀子先生は、京都大学大学院工学研究科修士課程(数理工学専攻)修了ののち、1977年に国立環境研究所(当時・国立公害研究所)に着任されました。着任後は、大気汚染データの計測・評価環境指標環境評価のための情報システム開発人工知能(AI)のエキスパート・システムの環境分野への応用などの研究に従事されたのち、1990年からは故・森田恒幸先生、松岡譲先生、増田啓子先生らとともに、地球温暖化問題を統合的に評価するコンピューターシミュレーションモデル「アジア太平洋地域における温暖化対策分析モデル」(のちに「アジア太平洋統合評価モデル」)(Asia-Pacific Integrated Model、AIM)の開発とそれを用いた地球温暖化研究を推進されてきました。AIMモデルを用いた研究成果は、数多くの学術論文として発表されてきたほか、書籍「Climate Policy Assessment: Asia-Pacific Integrated Modeling」(甲斐沼・松岡・森田編、Springer Japan)を取りまとめておられます。

 2004年度から開始した環境省の地球環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクト「脱温暖化社会に向けた中長期的政策オプションの多面的かつ総合的な評価・予測・立案手法の確立に関する総合研究プロジェクト(2050年脱温暖化社会プロジェクト、S-3)」(2004年度〜2008年度)では、「温暖化対策評価のための長期シナリオ研究」のチームリーダーとして、AIMモデルを用いたわが国が2050年に低炭素社会を実現するための将来像(ビジョン)やシナリオに関する研究に取り組まれました。2009年度からは、環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクト「アジア低炭素社会に向けた中長期的政策オプションの立案・予測・評価手法の開発とその普及に関する総合的研究(アジアLCS研究プロジェクト、S-6)」(2009年度〜2013年度)の研究代表者として、アジア地域を対象に、低炭素排出、低資源消費へと社会を移行させる方策やそのシナリオ(アジア低炭素社会シナリオ)の研究を率いてこられました。 

 この間、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書にも関わってこられました。2007年の第四次評価報告書(AR4)第3作業部会(WG3)の第3章、2014年の第五次評価報告書(AR5)WG3の第7章に、それぞれ主執筆者(LA)として貢献されるとともに、殿堂入りの理由にもなっている2018年のIPCC1.5℃特別報告書(IPCCSR15)では、第1章の主執筆者のほか、政策決定者向け要約(SPM)と技術要約(TS)にも貢献されています。 

 2022年12月には、長年に渡る研究活動が評価され、IPCCの要請によって設立された統合評価モデリングコンソーシアム(IAMC)の生涯功労賞(Lifetime Achievement Award)を受賞されました。 

 現在は、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)の研究顧問や国立環境研究所の名誉研究員として日本・アジアをはじめとした世界が脱炭素社会へ移行するための研究を推進されているとともに、「気候中立社会実現のための戦略研究ネットワーク」(LCS-RNet)の事務局長として、世界やアジアにおける脱炭素研究の深化と社会実装に向けた取り組みも志向されています。 

 このように、統合評価モデル研究や低炭素社会・脱炭素社会研究に大きな貢献をされてきた甲斐沼美紀子先生が、今般KYOTO地球環境の殿堂入り者として決定されたことは、脱炭素研究も含めた持続的な地球環境への移行に向けた研究の取り組みを進める所員においても大きな励みであり、これからも人びとが健やかに暮らせる環境をまもりはぐくむための研究を推進して参ります。

KYOTO地球環境の殿堂

表彰式は、2024年10月14日(月曜日・祝日)午後に、国立京都国際会館ルームA(京都市左京区宝ヶ池)にて行われます。詳細は、上記Webサイトをご覧ください。

甲斐沼先生より

皆様

 この度、パーサ・ダスグプタ氏、山岸哲氏とともに、2024年度の「KYOTO地球環境の殿堂」入り者に選ばれたことを報告させて頂きます。この殿堂は、1997年に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第3回締約国会議(COP3)で採択された「京都議定書」の開催場所である京都国際会議場に設けられています。当時我が国でどれだけCO2排出量が削減できるかを研究していた私にとって身に余る光栄です。

 選ばれた理由は、「パリ協定で合意された「2℃目標(努力目標1.5℃)」をうけて、IPCCが2018年に発表した1.5℃特別報告書は、2℃と1.5℃の気温上昇による影響の違いが大きい事を示した。その執筆者の一人として、パリ協定の長期目標を2℃から1.5℃に強化する知見を広めた。」とされています。 

 2015年に開催されたCOP21で採択されたパリ協定では、地球温暖化について、「2℃を十分下回る」との目標が合意され、1.5℃については努力目標とされました。しかし、これでは不十分であると、フィジーなどの一部の国から指摘がありました。交渉の結果、UNFCCCはIPCCに対して、2℃目標と1.5℃目標の違い等についての分析を依頼することとなりました。これを受けて、IPCCは2018年10月に発表した「1.5℃特別報告書」で、1.5℃と2℃の温度上昇による影響の違いが大きいことを示しました。

 「1.5℃特別報告書」発表をうけて、多くの国でネットゼロの宣言がなされました。我が国では、2020年10月に当時の菅首相が「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロ」にすることを宣言しました。

 私は1990年に故森田恒幸氏松岡譲氏増田啓子氏らと共に「アジア太平洋統合評価モデル(AIM)」の開発を始めました。温暖化を防止するためには、今後温室効果ガスの排出量が増加すると予想されるアジア地域での対策が重要と考えたためでした。AIMモデルの開発は、その後、中国、インド、タイ、インドネシアなどの研究機関や研究者に参加して頂き、それぞれの国での1.5℃目標達成の道筋を示して頂いています。

 本来なら、環境庁(当時)の地球環境研究総合推進費でAIMモデル開発を立ち上げられ、京都議定書の日本の削減目標策定に貢献された故森田恒幸氏や、AIMモデルを実質的に開発して頂いた松岡譲氏に送られる賞ですが、AIMが認められたという喜ばしいお知らせでしたので、代わりに受賞させて頂くことになりました。

 「地球環境の殿堂」には、殿堂者からの寄贈品を展示して頂けます。この寄贈品として、「Climate Policy Assessment - Asia-Pacific Integrated Modeling」を提供することにしました。2002年にニューデリーで開催されたCOP8の時に、インドのShukla教授がAIMのサイドイベントを開催して下さいました。この本は、このサイドイベントのために、当時のAIM関係者全員で、気候変動政策の評価に焦点をあてて、AIMによる分析結果やマニュアルをまとめたものです。AIMの開発と普及に貢献して下さった方々と一緒に作った本が、COP3の開催場所である京都国際会議場に展示されることは嬉しい限りです。

 AIMプロジェクトは、現在、国立環境研究所の社会システム領域の増井利彦領域長の主導のもとに、さらに新しいメンバーが加わっています。これまでにタイやインドネシアにおいて長期戦略の策定においてAIMが利用され、ベトナムでは脱炭素シナリオの定量化に向けて情報提供を行っています。環境省の国際脱炭素化社会研究調査等委託業務では、気候中立社会実現のための戦略研究ネットワーク(LCS-RNet)を活用して、欧州各国の研究者と一緒に脱炭素戦略を検討しています。

 気候変動の研究に導いて下さった西岡先生を始め、これまで多くの方々のご指導・ご協力を得て研究活動を続けることができました。ありがとうございました。

甲斐沼 美紀子