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2001年1月31日

超低周波電磁界による健康リスクの評価に関する研究(特別研究)
平成9〜11年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-35-2001

1.はじめに

表紙
SR-35-2001 [4.1MB]

 電力利用の増加した現代社会では日常的となっているレベルの超低周波電磁界への暴露によって白血病や脳腫瘍などのリスクが上昇している可能性についていくつかの疫学報告が指摘している。これらの報告で示されているレベルは、生理的影響を考慮してこれまで安全とされてきたレベルより極端に低いレベルであり、さらに超低周波電磁界への暴露をうけている人口は非常に大きいことが予想されるため、示唆される健康影響の検証が急務である。本研究では想定される健康影響の妥当性や疫学研究における暴露評価の方法上の問題点を検討するため、3つの研究課題を実施した。
 第1の課題では、日常の生活で実際に経験しうる暴露レベルの範囲内で、精密にコントロールした実験条件下でのヒトへの暴露を行い、生理・生化学的変化の有無を観察した。第2の課題では、電磁界に対して感受性を持つとされているヒト由来培養細胞を用いた暴露実験を行った。第3の課題は定量的リスク評価のために必須である一般集団における暴露レベルに関する調査研究を行った。

2. 研究の概要

(1)ヒトを対象とした低レベル電磁界暴露実験

 本課題では、内部空間に一様な磁界を発生できる実験室を作製し、暴露時間や暴露様式を変えた3種類の実験を実施することにより、以下の生理学的指標の変化を観察した:①心拍数・心拍間隔変動、②認知・反応試験の成績、③夜間における各種ホルモン、特にメラトニンの分泌動態、④血液中の血球検査項目。ヒト用磁界負荷実験室は、2.7m四方の木造の部屋を組み立て、外壁近傍に3軸方向の磁界発生用コイル(メリット式)を装備して作製した。
 実験の概要は以下の通りである(表1)。実験1では強度、極性、持続性の異なる20種類の50ヘルツ磁界(20~100μT)をそれぞれ2分間負荷し、負荷直前と負荷中の心拍数・心拍変動指標を観察した。実験2では、実験1で用いたうちの1種類のみの50ヘルツ磁界(20μT)を55分間負荷し、負荷中に4種類の認知・反応試験を被験者に実施させた。実験3では50Hzの正弦波に高調波成分およびトランジェント波を重畳させた波形の磁界(20~100μT)を用いて、夜8時~朝8時の12時間負荷を試みた。この負荷中に被験者より1時間おきの採血を行なった。
 以上の実験での計測値を用いて統計解析を試みた結果、磁界暴露に関わる因子はいずれも統計学的に有意な大きさではなかった(表2、図1、図2)。これまでに蓄積されているヒト実験の報告内容と考え併せると、本実験の結果は超低周波磁界の人体への効果に関して、①メラトニンの分泌に影響を与える可能性はきわめて低い、②これまで言われてきた心臓自律神経系への効果(心拍数の低下、睡眠中の自律神経系バランスの変化)は否定的、③中枢神経系機能や免疫機能、内分泌機能などに影響を与える可能性は低い、ことを示唆するものである。

表1  課題1のヒト暴露実験に用いた変動磁界の特性
表2  課題1の実験1の結果−心拍変動に係わる生理学的指標に対する影響
図1  認知・反応試験の成績分布
図2  血漿中ホルモン濃度の経時変化

(2)ヒト乳がん細胞を用いた磁界負荷実験

 本課題は、「メラトニン仮説」に関わる研究成果の一つであるLiburdyらの報告(1997)をもとに計画されたものである。第1段階としてLiburdyらの研究の追試を行い、第2段階として、追試の成功を受けてその作用機序解明のための分子生物学的検討を行った。
 その追試実験では、①ヒト乳がん細胞の一種であるMCF-7の増殖に対して、1.2μTもしくは100μTの磁界暴露は影響を与えなかった。②一方、MCF-7の増殖に対して生理的濃度(10-11〜10-9M)のメラトニンは20〜25%の増殖阻害を示した。③このメラトニン添加の培養条件に磁界暴露を組み合わせると、メラトニンの増殖阻害が0〜15%に減少した。これらの結果は、Liburdyらの実験結果とほとんど一致するものであった。
 次に、細胞内cAMPの蓄積を指標として、メラトニンの作用と磁界暴露との関係をみたところ、メラトニンによる抑制作用が50Hz磁界(100μT)負荷により阻害されることが確認された。さらに、その阻害率と暴露日数との関係は極めて良好な直線性を示すことが明らかとなった。そこで、その作用がメラトニン受容体-Gタンパク-アデニレートサイクレース複合体のどの部分を標的としているのかを調べた。メラトニンの受容体への結合親和性の解析を行なった結果では、磁界を負荷した細胞とコントロール細胞との間に差は認められなかった。Gタンパクの活性およびアデニレートサイクレース活性についても両者で有意な差はみとめられなかった。
 以上のことから、磁界は上記の複合体を構成する分子群の各分子単独の活性には影響を及ぼさないことが示され、磁界が同分子群の連結部に作用して刺激のリレーを阻害(アンカップリング)する可能性が示唆された。

(3)ヒト集団における暴露評価

 一般家庭における長期測定と高圧送電線沿線家庭での繰り返し測定の二つの調査を実施した。
 1)長期測定では平成9年10月から平成10年10月まで1年間東京都区内の近接する6世帯(最も近い家で約150mの距離を154kVの送電線が通過している)を対象として実施した。
 1年間の磁界レベルの算術平均値については最も高い家屋で0.08μT、最も低い家屋で0.011μTであり、8倍の差がみとめられた。平均値と標準偏差とは必ずしも相関しておらず、各世帯の特性の違いを示していた。時刻別の算術平均値をみると、昼から夕方が高く、深夜から早朝に低い傾向が見られていた。世帯毎に測定週単位の電力消費量と磁界レベル平均値の相関をみると、相関係数は-0.14〜0.55であり、比較的高い正の相関を示す世帯もあった。磁界レベルは世帯間変動が最も大きかった。この世帯間の差は、使用している電気器具の種類・数、電力消費量、家屋構造などでは説明することは困難であった。
 2)送電線沿線の住民を対象とした暴露レベル測定は千葉県北部の高圧送電線(500kV)周辺で、送電線の中心線から水平距離50m以内と50m〜100mの家屋、計27世帯で実施した。調査は平成11年冬、春、秋、平成12年冬の4回行った。第1回と第2回については各世帯の寝室において、第3回と第4回については各世帯の寝室、居間の2カ所の測定、および対象世帯の成人家族1名に測定器を携帯してもらい個人暴露レベルを測定した。測定はいすせれも30秒間隔で1週間実施した。各測定回での送電線からの距離別の寝室での磁界レベルをみるといずれの調査でも距離が近くなるにつれて寝室の磁界レベルが上昇する傾向がみられた(図3)。50m以内の世帯の算術平均は0.42〜0.70μT、中央値は0.32〜0.61μT、50〜100mの世帯の算術平均は0.17〜0.25μT、中央値は0.15〜0.23μTであり、約2倍の違いがみられた。各調査間での寝室の平均レベルの相関はいずれの調査間でも比較的高い相関を示していた。各世帯の30秒毎の磁界測定値の変動をみると、寝室と居間は非常に類似した傾向を示した。一方、個人暴露レベルの平均値は寝室および居間のレベルよりも低いが、時折、高いレベルを示すことがあった。さらに、異なる世帯でも絶対値には差がみられるが寝室および居間の時間変動パタンは非常に類似していた。高圧送電線に近接する世帯で実施した磁界の測定結果から、対象世帯の家屋内(寝室、ないし居間)の磁界レベルに家庭内の発生源よりも送電線が相対的に大きな寄与をしていることが明らかとなった。しかしながら、寝室、居間および個人暴露レベルの中ではいずれの対象世帯でも個人暴露レベルで最高値が示されており、ピークレベルについては生活行動の影響をうけていることが示唆された。

図3  送電線からの距離別平均磁界レベル

3.まとめ、および今後の課題

 電磁界の生体影響について、動物実験ではがんの発生率や神経学的・行動学的異常の発生率、内分泌機能の変化、生殖・次世代影響(発生異常、奇形など)などがこれまで調べられている。一方ヒトの暴露実験では、倫理上の制約から暴露期間や暴露中の生体試料の採取に強い制限が課せられるため、限られた生理学的指標を短期暴露によって観察する研究にとどまっている。本研究もこのような制約の下に実施されたものである。したがって、環境因子の健康影響に関して最も重要な問題、すなわち慢性暴露によって生体に変化が現れるかどうかについて、ヒト暴露実験で得られた結果はその直接の解答にはなりにくく、急性影響が現れることなく慢性的な暴露によって初めて影響が現れる可能性を本研究が否定するものではない。しかし本研究を含めたこれまでの暴露実験を概括すると、暴露によって明確な生体影響は認められていない。
 細胞を用いた暴露実験
 では、これまで多岐にわたる細胞機能の各側面から電磁界暴露の影響が検証されているが、観察されている影響はほとんどの場合、再現性や一貫性、普遍性を認めにくい。その中で本研究では、ある種のヒト由来がん細胞において、ある培養条件下では磁界暴露が細胞増殖を促進することが明らかとなった。この実験結果は他の研究機関でも再現されており、我々の生活環境レベルに近い強度の電磁界暴露に反応する細胞が存在することを示した点で非常に重要な知見であると考えられる。しかし一方で、現時点では実験に用いた細胞株でのみ影響が見られているという特殊性があり、その生物学的機序が明らかになっていない現状では、超低周波電磁界の健康リスク評価の上で今回得られた知見の持つ意義は限定的であると考えられる。
 一般家庭での磁界測定の結果からみると、日内変動の大きさから考えて初期の疫学研究で採用されてきたような10分程度のスポット測定では磁界レベルの定量評価には不十分であることが明らかとなった。また、多くの研究で暴露の指標として採用されてきた送電線からの距離や距離を主要パラメータとした推計については、本研究でも送電線からの距離による磁界レベルの違いがかなり明確に示されたことから、疫学データの解析における相対的な暴露レベルの比較には耐えうるものと判断された。

 我々は現在、多くの電気製品に囲まれ、電力を利用した生活をしている。言い換えれば、多様な電磁環境の中で生活している。このような電磁界への暴露をうけている人口は非常に多数にのぼり、示唆される健康影響が事実であれば、必要とされる対策が社会・経済に与える影響は計り知れない。本研究では超低周波電磁界の健康リスクに関して肯定的な結果は得られず、またこれまでの疫学研究の暴露評価方法の問題点を指摘する結果も得られた。しかし、電磁界の生体影響を示唆する疫学研究や一部の細胞実験の結果をどう解釈するかの問題は未解決であり、健康リスクの同定のための研究は今後も継続されるべきである。また今後の課題として、このような環境リスクの問題は単に影響のありなしというような単純な見方ではなく、リスクの存在やその大きさをどのように人々に伝え、また人々がどのようにそれを受け入れて行くか、いわゆるリスクコミュニケーションやリスク認知などを含む広く環境リスク管理の問題として取り組む必要があると考えられる。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
PM2.5・DEPプロジェクト
新田 裕史
TEL:0298-50-2497 FAX:0298-50-2588

用語解説

  • 超低周波電磁界
     電磁波のうちで周波数が300Hz以下の領域のものをいう。この領域では波長は数千キロの長さになって、「波」としての性能はほとんど見られないので、電磁界(もしくは電磁場)という用語を用いている。単位はテスラ(T)である。ガウス(G)を用いる場合もあり、1μT=10mGである。
  • 高調波
     基本となるサイン波形が電気器具・電子機器の内部において電子回路によって歪められた場合に、周波数スペクトル上に現れる整数倍の周波数のノイズ成分のこと。
  • トランジェント波
     電気器具・電子機器や通電ユニットなどから過渡的に漏洩する電磁波のノイズ成分のことで、電源スイッチのオン・オフに伴って発生するものや、インバータ・ブラウン管などから発生する規則的な信号などを含む。
  • 心拍変動・心拍変動指標
     心拍の間隔のゆらぎ。時系列解析によって表される周波数成分別のパワー値は、心臓の拍動を調節する自律神経系の活動度を示すよい指標とされる。
  • 認知・反応試験
     大脳での情報処理を必要とする課題(視覚刺激、聴覚刺激などに反応してある操作を行う)をヒトに与えて、その認知・反応の度合いを定量的に調べる試験。
  • メラトニン
     松果体(脳のほぼ中央に位置する小豆大の器官)より分泌されるホルモンで、一日のうちの暗期に一致して分泌されてくる。生体の1日リズムを調節する機能の一端を担っていることが予想されるが、その作用の詳細は不明である。
  • メラトニン仮説
     生体内で発がん抑制的に働くメラトニンの分泌が電磁界暴露によって押さえられ、結果として発がんの確率が高まるとするもの。疫学研究が指摘する電磁界と発がんとの関連性を生理学的に説明する作業仮説として90年代に注目された。
  • Gタンパク、アデニレートサイクレース、cAMP
     ある特定の分子構造を持つ細胞膜受容体が細胞内に情報を伝達するために用いる機能的ユニットのこと。細胞膜に組み込まれた受容体、Gタンパク、アデニレートサイクレースの3種の分子が複合体を形成し、受容体で受けた細胞外部の情報が順次受け渡されて、最終的に細胞内cAMPの濃度変化へと情報が転換される。メラトニンの場合は、主にcAMPの細胞内蓄積に対して抑制をかける方向に機能していると考えられている。