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2019年10月28日

「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」とプラスチック
~条約発効から15 年が経過、新たな局面へ~

特集 資源循環における随伴物質の環境影響評価と適正管理
【環境問題基礎知識】

梶原 夏子

 残留性有機汚染物質(POPs:Persistent Organic Pollutants)とは、難分解性(環境中で分解しにくい)、高蓄積性(生物の体内に蓄積しやすい)、生物や環境への有害性、長距離移動性(環境に放出されると国境を越えて長距離を移動する)という4つの特性をあわせもつ物質として定義されています。POPsの有害な影響から人の健康および環境を保護することを目的に「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs 条約)」が採択されたのは今から18年前の2001年のことです。日本は19番目の締約国として2002年に条約を締結しました。その後、加盟国数が50 に達した2004年に条約が発効し、2019年8月現在のPOPs条約締約国数は182カ国にのぼります。POPs条約では、(1)POPsの製造・使用の原則禁止および制限、(2)非意図的生成POPsの排出削減、(3)POPsを含有する在庫や廃棄物の適正管理および処理、(4)これらの対策に関する国内実施計画の策定等を各締約国に求めており、化学物質の使用に関する重要な国際規制の一つといえます。

 POPs条約の対象物質は、隔年で開催されるPOPs条約締約国会議(COP)で決定されますが、実はこの10年間、増加の一途をたどっています(表1)。
条約への規制対象物質の追加については、締約国の専門家から構成されるPOPs検討委員会で検討されており、締約国から提案された物質について、「スクリーニング→危険性に関する詳細検討→リスク管理に関する評価の検討」の3段階のプロセスを経て、COPに勧告する流れとなっています。表1に示すように、POPs条約採択当初はポリ塩素化ビフェニル(PCB)や有機塩素系農薬、塩素化ダイオキシン類を含む12物質群が規制対象でした。しかしながら、2009年に開催された第4 回COP(COP4)以降、上記プロセスを経て新規物質が相次いで規制対象に追加されており、今春(2019年)開催されたCOP9でも新たに2物質の追加が決定されるなど、現在までに対象物質は計30物質群にまで膨れ上がっています。

検討委員会資料
表1 POPs 条約対象物質一覧

 対象物質の追加に伴い締約国が対応すべき事項は増加することになりますが、近年条約に追加された対象物質(新規POPs)にはこれまでと異なる新たな傾向があり、対応をより困難にしています。それは、条約採択当初の対象物質がPCBや農薬など「工業製剤の原体」が主流であったのに対し、新規POPsの多くは「プラスチック(合成樹脂)添加剤」であるという点です。プラスチック添加剤とは、プラスチックの劣化を抑制したり、難燃性や可塑性などの付加価値をもたせたりするために通常、プラスチックに重量当たり%のオーダーで加えられるもの(例えば、重量当たり10%の添加量の場合、1 kgのプラスチックに100 g の添加剤が含まれていることになります)で、表1の中では臭素系難燃剤(HBB、POP-BDEs、HBCD、DecaBDE)や塩素系製剤の一部(PCN、SCCP)が該当します。

 では、プラスチック添加剤が条約対象に追加されたことで留意すべきことは何でしょうか。繰り返しになりますが、POPs条約の対象物質は新たな製造や使用は原則禁止されます。つまり、農薬など工業製剤そのものが規制対象物質の場合、製造をストップし、在庫を適切に管理・処理することで、市場や環境への新たな流入はコントロールできるといえます。 一方、プラスチック添加剤の場合、難燃性や可塑性といった同一機能をもつ化学物質には多くの種類があり、POPs条約の規制対象となった添加剤の製造を中止したとしても、すでに市場に出回っているどの製品にPOPs 条約対象物質が添加されているのかを判別すること自体がそもそも難しいという壁にぶつかります。また、プラスチックの場合、廃棄後に再資源化され、リサイクルされることがあります。 POPs 含有プラスチックが資源として再利用された場合、ほかのプラスチックと混ざり、再生品中POPs含有量は元の製品よりも減少するため、含有判別がさらに難しくなります。本来の用途以外の製品へ再資源化されるケースもあります。

 本号「研究プログラムの紹介」で取り上げている臭素系難燃剤デカブロモジフェニルエーテル(DecaBDE)を例に具体的に説明してみたいと思います。DecaBDE はテレビ筐体の難燃剤として多用された化学物質ですが、テレビ筐体にはDecaBDE 以外の難燃剤が使用された製品もあるため、どの製品にDecaBDE が使用されているか一目で判別することはできません。例えば国内では、使用済みのテレビ筐体は回収され、多くの場合、再生樹脂として新たな製品(再生品)へ生まれ変わります。製品に難燃性能をもたせるためには厳しい基準を満たす必要があるため、通常、DecaBDE を含む再生樹脂は難燃性能を期待してではなく、単純に樹脂素材として一般製品に再生利用されることが多いようです。そのため、DecaBDE 含有製品を追跡することはさらに難しくなります。

 POPs条約の基本理念は、POPsを地球上から根絶することにあります。プラスチック添加剤の場合は、含有製品が形を変えて我々の身の回りに存在し続ける可能性があるため、条約採択当初の対象物質の枠組みでは管理しきれない新たな局面を迎えているといえます。POPsを含有する使用済みプラスチックを有害廃棄物として管理対象とするのか、もしくは、貴重なプラスチック資源として循環利用の対象とするのか、その線引きについて国際的にも議論が重ねられています。しかしながら、含有製品が多岐にわたるだけでなく、使用済み製品が材料としてリサイクルされていく中で他のものと混ざり、当初濃度より希釈されて多様な製品に混入していると想定されること、さらに、各締約国のおかれた状況も異なるなど、一筋縄ではいかないのが現状です。資源の有効利用と化学物質管理の両立を目指し、国際的に協調した取り組みが必要なことはもちろんのこと、そのためにまずは各国の実態把握が重要ですが、その点もまだ十分とはいえない状況が続いています。私たちの研究グループでは、この現状を打破する糸口を見つけるべく調査研究に取り組んでいます。

(かじわら なつこ、資源循環・廃棄物研究センター
基盤技術・物質管理研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

POPs条約の歴史とともに、おこがましくも我が15 年間を振り返ってみました。到底一筋縄ではいかないイベントが随時追加され、現状把握と課題の整理が必須と認識しつつも、いったん据え置いて逃げることも一案かなと考えるに至りました。

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