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廃棄物の溶融スラグ化 −将来とその課題は?−

【環境問題基礎知識】

肴倉 宏史

 皆さんは,廃棄物溶融スラグ(以下,溶融スラグと言います)をご存じでしょうか。溶融スラグとは,廃棄物を約1300度以上の高温に保った炉の中で溶融し,これを空気中や水中で冷却固化して得られる生成物を言います(写真1)。炉の形式や熱の与え方の違いにより,様々な溶融方式があり(図1),そのいずれかによって,ほとんどの廃棄物を溶融スラグ化することが可能です。

スラグの写真
写真1 溶融スラグ
溶融方式の解説図(クリックで拡大表示)
図1 様々な溶融方式

 溶融処理技術は,特に,一般廃棄物(自治体が収集する廃棄物で,家庭ごみが中心)の処理において,溶融炉を焼却炉に併設したり(焼却灰溶融の場合),焼却炉に置き換える形で(ガス化・溶融や直接溶融の場合),近年,急速に普及しました。一般廃棄物溶融スラグの発生量は年間約60万トンで,一般廃棄物焼却灰(約600万トン)の10%にも相当します。また,溶融施設の数は,一般廃棄物で158施設,下水汚泥,産業廃棄物を含めると約200施設と見積もられています(数字はいずれも2005年:(社)日本産業機械工業会調べ)。

 何故,焼却処理よりも高度な技術と,より多くのエネルギーの投入を必要とする溶融スラグ化が広まったのでしょうか。また,これからも普及は進むのでしょうか。本稿では,溶融スラグ化の意義を見つめ直し,溶融スラグ化が今後担うべき役割と,そのための課題を整理したいと思います。以下,考え方の部分については筆者個人の意見であることをご了承下さい。

 リサイクルや,焼却,脱水などによる減量が難しい廃棄物(例えば,焼却灰や不燃物)は,最終処分場に埋立処分されますが,地域によっては,最終処分場の建設が反対され,処分に必要な埋立容量の確保が極めて困難となっています。反対される要因には,廃棄物に含まれる有害物質が土壌・地下水などの周辺環境を汚染するのではないかという不安があると思われます。

灰の写真
写真2 溶融飛灰

 廃棄物を焼却すると容積は約20分の1まで減りますが(家庭ごみの場合),溶融スラグ化すれば,さらにその半分近くまで容積を減らせるので,最終処分場の延命化を図ることができます。また,溶融処理は極めて高い温度で行われるので,焼却灰中のダイオキシン類は分解され,鉛やカドミウムなどの低沸点重金属類は揮発して「溶融飛灰」(写真2)と呼ばれるダストとなり,溶融スラグにはほとんど残らないため,その安全性は極めて高いものとなります(溶融飛灰については後述します)。さらに,溶融スラグの性質は石や砂に近いので,土木資材に利用できれば,埋め立てる廃棄物を格段に減らすことが可能となります。

 このような理由から一般廃棄物の溶融スラグ化を行う自治体は少しずつ増えましたが,1979年に一号機が導入されてから1996年までの17年間では,21施設にとどまっていました。ほとんどの自治体にとって,高いお金をかけてまで溶融スラグ化に踏み切る必要は無かったためと思われます。

 そのような中,1997年のダイオキシン類発生防止等ガイドラインの改訂において,焼却灰に含まれるダイオキシン類を分解できる溶融処理が注目されました。さらに,同年のごみ処理広域化計画によって溶融炉建設に国庫補助がなされることとなり,特に,一般廃棄物の溶融スラグ化が急速に広がりました。このような政策上の追い風がやんだ現在は,施設数の増加は一段落しています。そこで,これまでの経緯や蓄積された経験を踏まえて,廃棄物の溶融スラグ化の今後の意義と課題を整理すべき丁度良いタイミングにあると思われます。

 先述したように,高温溶融のためにたくさんのエネルギーを投入すれば,ほとんどの廃棄物を溶融スラグ化することは可能ですが,溶融の本来の意義は,有害な廃棄物の無害化にあると考えます。したがって,費やされるエネルギーと,低減されるリスクとのバランスに基づいて溶融スラグ化が選択されるべきでしょう。

 有害性が高く,他の処理では無害化が困難なものについては,溶融スラグ化のみが選択肢として残されます。実際に大きな環境問題を引き起こしたアスベスト廃棄物,不法投棄廃棄物,自動車シュレッダーダストなどの無害化は,溶融以外の処理方法では難しく,将来も担い続けなければならない役割であると断言できます。

 それでは,現在多く処理が行われている一般廃棄物や,その焼却灰についてはどうでしょうか。基本的には,これまでと同様に,選択肢の一つであることに変わりはないと思います。すなわち,埋立容量が十分に確保されていて,埋め立てられる廃棄物のリスクが十分に管理できているのであれば,焼却による減容化で十分です。一方,最終処分場の確保が極めて困難であきらめざるを得ない自治体にとっては,埋め立てられる廃棄物をゼロにできる可能性から,溶融スラグ化が選択され得ると思われます。ただし,そのためには,溶融スラグと溶融飛灰の,それぞれについての目下の課題にしっかりと取り組まなければなりません。

 まず,溶融飛灰の課題について述べたいと思います。先に述べたように,溶融飛灰には揮発した有害重金属が濃縮されるために,廃棄物の環境に対するリスクが最大化しています。溶融飛灰の多くは,キレートなどの薬剤を混ぜて重金属の溶出を抑制する処理をしてから埋め立てられていますが,この方法は長期的な安全性が懸念されています。しかも,溶融飛灰の発生量は,私たちが今年行った調査では約20万トンと推定され,溶融スラグの発生量約60万トンと比べて少なくありません。一方で,溶融飛灰中の重金属(主に,銅,鉛,亜鉛)を金属精錬技術を利用して回収する動きが徐々に広がっており,30施設が既に金属回収を実施していることが把握されました。回収される金属の量は,わが国の全体から見れば極めて僅かですが,リスクの低減という観点から,推進されるべき方向であると考えます。

 そして最後に,溶融スラグに関する課題です。先述したように,溶融スラグは土木資材として利用が可能です。2006年7月には,アスファルト合材や路盤などの道路用材,および,コンクリート用の骨材としての廃棄物溶融スラグの日本工業規格(JIS)が制定されました。これにより,溶融スラグに求められる品質と環境安全性が明確になり,溶融スラグの利用がスムーズに進むと期待されました。しかし,思うようには進んでいないのが現状のようです。その大きな要因の一つは,有用な製品としての品質の検討・改善が不十分なものがあるためではないかと思われます。溶融スラグの性質が石などに近いといっても,鋭利な形状のために他の材料との混合が難しかったり,長期的な強度や安定性に不安があるなどの指摘を良く耳にするからです。溶融炉の中で生成したスラグは,冷えて固まれば出来上がりではなく,有用な土木資材とするための磨砕や粒度調製,不純物の分離などといった,さらなる加工が必須であり,そのためのノウハウの蓄積と普及が,目下,最も力を注ぐべき課題であると思われます。すなわち,廃棄物の溶融スラグ化は,廃棄物処理の意識に加えて,「溶融スラグ製品」を製造するという意識(覚悟)を持って臨む必要があるでしょう。

(さかなくら ひろふみ,循環型社会・廃棄物
研究センター 物質管理研究室)

執筆者プロフィール

肴倉宏史の顔写真

 溶融スラグの環境安全性に取り組んで以来14年間の気持ちの総まとめとして書きました。溶融炉の数は当時から10倍に,白髪の数も10倍に(たぶん)増えました。