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温室効果ガス安定化レベル検討のための統合評価モデルの開発

研究ノート

肱岡 靖明

1.はじめに

 2005年2月16日に京都議定書が発効され,温室効果ガス削減目標に向けて,締約国は本格的に削減に向けた対策を実施することになりました。京都議定書とは,1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第三回締約国会議で採択された温室効果ガス削減義務などを定める議定書のことです。この議定書では,温室効果ガスに含まれる6種類のガス(二酸化炭素(CO2),メタン(CH4),一酸化窒素(N2O),ハイドロフルオロカーボン(HFC),パーフルオロカーボン(PFC),六フッ化硫黄(SF6))を,先進国全体で2008年から2012年において5.2%削減(1990年比)することが義務づけられています(第一約束期間:2008~2012年)。京都議定書が発効したことで,第一約束期間以降の新たな削減枠組みについても議論が開始されています。

2.統合評価モデルAIM/Impact [Policy] の開発

図1
図1 AIM/Impact [Policy] のモデル構造図

 地球温暖化を防止するために,気候変動枠組条約では「地球の気候系に対し危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準において,大気中の温室効果ガスの濃度を安定させること」が究極的な目標として掲げられています。このような目標を達成するためには,回避すべき温暖化影響の危険な水準を決定し,その危険な水準を超えてしまわないような気候の安定化目標(気温上昇,気温上昇速度,温室効果ガス安定化濃度),温暖化の抑制目標(温室効果ガス削減計画)を統合して考えなくてはなりません。京都大学・国立環境研究所の研究者を中心に構成されるAIM(Asia-Pacific Integrated Model)チームでは,濃度安定化等の気候安定化・温暖化抑制目標とそれを実現するための経済効率的な将来の温室効果ガス排出量,およびその目標下での影響・危険性を総合的に解析・評価するためのモデルである“AIM/Impact [Policy]”を開発しています(図1)。AIM/Impact [Policy]は,(1)分野別の影響研究知見を統合化して,「危険な水準」の検討や,影響の経済的推計および適応策を検討し,(2)気候安定化目標を達成するための,温室効果ガスの排出削減計画を検討することを目的としています。地球環境問題はその原因と影響が様々な分野に複雑に絡み合っており,適切な政策や対策を執り行うことが非常に難しいのですが,このようなモデルを活用することにより,複雑に絡みあう関連因子を総合的に考え,多種多様な政策方針の是非について比較検討することが可能となります。

 AIM/Impact [Policy]では,温室効果ガス排出に関するプロセスと温暖化影響に関するプロセスを表す複数のモデルが連結され構成されています(図1)。温室効果ガス排出に関しては,2つのモデルと2つのスキーム(枠組み)を含んでいます。エネルギー・経済モデルは,世界を一つの地域として取り扱い,様々な制約条件下(気温上昇,気温上昇速度,温室効果ガス濃度)における地球全体の温室効果ガス排出の道筋を推計します。バーデンシェアリングスキームは,エネルギー・経済モデルによって推計された地球全体の温室効果ガス削減量を用いて,国別排出量(温室効果ガス削減量の負担分担)を算定します。バーデンシェアリングスキームは異なる複数のスキームを含み,ユーザーが任意に選択可能です(Contraction and Convergence, Brazilian Proposal, Multi-stageなど)。世界経済モデルは一般均衡型経済モデルであり,バーデンシェアリングスキームから提供される各国・各地域の削減スキームがもたらす経済影響を定量的に評価することが可能です。世界経済モデルでは,世界を複数の地域に分割し,複数の温室効果ガスを取り扱います。フレキシビリティスキームは,世界経済モデルに組み込まれており,排出権取引や炭素税など温室効果ガス削減枠組みを提供します。一方,世界多地域多部門影響評価・適応モデル(データベース型モデル)は,国別の気候変化(降雨量・気温)とデータベースに格納されている国平均で集計した分野別の潜在的な影響を組み合わせ,国別分野別の潜在的な温暖化の影響を推計します。さらに,社会経済シナリオと適用容量を組み合わせて数値化し,分野別に考えられる影響と適応の容量を考慮した,気候変動による分野別被害深刻度を明示的に表し,分野別影響研究知見を総合化することが可能です。

 図2は,AIM/Impact [Policy]の一つであるエネルギー・経済モデルを用いて,温室効果ガス濃度安定化制約下における温室効果ガス削減政策のタイミングについて定量的評価を行った結果の一例です。科学的知見に基づき,回避すべき気温上昇目標を設定した場合,その目標を達成する温室効果ガス濃度が同時に計算されます。例えば,2150年における気温上昇(工業化前比)の制約値を2℃と設定した場合,その目標を達成するような温室効果ガス安定化濃度は約475ppm(二酸化炭素換算)になることがわかります。この時,目標とする温室効果ガス安定化濃度を達成するための温室効果ガス削減量も同時に計算されます。この温室効果ガス排出の道筋(削減の道筋)は,温室効果ガス安定化濃度目標によっても大きく異なり,AIM/Impact [Policy]を用いることで,温室効果ガス安定化濃度の目標別に,温室効果ガスをいつどの程度削減すればよいか具体的に示すことができます。さらに,海面上昇は温暖化影響の一分野ですが,気温上昇に伴い,いつどの程度上昇するかについてその影響を定量的に示すことも可能です。このように,気温上昇・温室効果ガス濃度・温室効果ガス排出の道筋・海面上昇が同時に検討可能であることから,温暖化影響をどの程度に抑えるべきか,その時,抑制政策による温室効果ガス削減量はどの程度必要なのかなど,地球規模の視点から統合して検討することが可能となっています。

図2
図2 安定化濃度制約下における気温上昇,温室効果ガス排出経路,海面上昇の関係提供

3.今後の展開

 AIM/Impact [Policy]は環境省「地球環境研究総合推進費」の研究プロジェクトである“脱温暖化社会に向けた中長期的政策オプションの多面的かつ総合的な評価・予測・立案手法の確立に関する総合研究プロジェクト(2050年脱温暖化社会プロジェクト)”や,“温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安定化レベル検討のための温暖化影響の総合的評価に関する研究”などで活用が期待されています。今後は,最新の経済・科学的知見を拡充し,より信頼性の高いモデル開発に精進していきたいと考えています。

(ひじおか やすあき,社会環境システム研究領域)

執筆者プロフィール:

1971年生まれ。鹿児島県出身。2001年4月1日入所。回避すべき危険な影響(二日酔い)とは?目指すべき濃度安定化(お湯:焼酎=4:6?)とは?目標達成のために必要な削減計画(ダイエット=酒量減?運動?)とは?芋焼酎片手に悩む日々です。